結婚式当日に現れなかった花婿
サムシングフォーって知ってる?
サムシングオールド:代々女性が受け継いだ古い物。
サムシングニュー:未来への希望や新しい生活を象徴した新しい物。
サムシングボロー:幸せな結婚生活を送っている人に借りた物。
サムシングブルー:青い色の物。
この4つのアイテムを身に着けて結婚すると幸せな結婚生活を送れるって言われているの。
今日、デリアノ・クライアスは4つのアイテムを身に着けてユストリア・マコーミックへ嫁ぐ。
祖母から母へ。母から私へと渡された少し古くさいダイヤのネックレスをドレスの下に着けて。
この結婚のためにユストリア様に買っていただいたダイヤのイヤリングを身に着けて。
去年結婚した友人から借りた銀のブレスレットを手首に着けて。
下着に青いリボンを付けて。
そしてヒールの中には6ペンス銀貨を1枚忍ばせて。
今日、ユストリア様の元に嫁ぐ。
父親の腕に手を添えて扉の前で暫く待つように言われる。
左のヒールの中の6ペンスが存在が少し気になるけど、結婚式が始まるのを今や遅しと待っていた。
1分が経ち、5分が経ち、10分が経っても扉が開けられない。
扉を開ける人に父が「どうしたんだ?」と聞いても首を傾げられ「少々お待ちください」と言われる。
そのうち聖堂の横側にある通路から進行係の人がやってきた。
「花婿様がまだ来られません」
「えっ?どうして?お義父様やお義母様は?」
「お伺いしましたが、解らないと仰っていて・・・」
「もしかして事故か何かに?!」
一気に血の気が引いていく。少しふらりとしたところを力強い父の腕に支えられる。
「花婿様が来られるまで一度休憩を取られたほうがいいかもしれません」
「お義父様たちを呼んでいただけるかしら?」
「ただいまお呼びしてまいります」
「お願いします」
お義父様たちが現れてユストリア様の行方を尋ねるが解らないという返事で、結婚式は休憩に入ることになった。
私たちは控室へと戻り、お客様にはお茶と軽食が振る舞われた。
屋敷の者たちにここまで来る道を辿ってもらって、病院や警邏の人たちに訪ねてもらうことにした。
屋敷に戻った者が青い顔をして一枚の紙を持って戻った。
お義父様がその紙に目を通すとお義父様も顔色を悪くした。
「お義父様。どうされましたか?」
「デリアノ・・・」
紙がお父様に渡され読み進める事にお父様の顔色も悪くなった。
「お父様?!怖いですわ!!何が書かれているんですか?」
父に紙を渡される。
『すまない。
デリアノと結婚はできない。
好きな人がいるんだ。
許してほしい・・・。
ユストリア』
「どうして?」
「デリアノ・・・ユストリアが・・すまない」
お義父様に謝られても頭に、心に響いてこない。
どうして?なぜ、もっと早く言ってくれなかったのか!あまりにも酷すぎる!!
そんな言葉ばかりが頭の中をぐるぐる回る。
進行係の人が「お式をどうしましょうか?」と尋ねてくるが、どうするもこうするもない。新郎に逃げられたのだから結婚式なんかできない。
「お義父様。来ていただいた人に結婚式は取りやめになったと説明をして帰ってもらってください」
「わ、解った」
私は呼吸をしているのに酸素が頭に回っていかないような気がしてその場に崩れ落ちる。
「デリアノ!!」
母の叫び声が聞こえて正気を取り戻す。このまま気を失ってしまいたかった。
「大丈夫よお母様。ドレスを脱ぎたいわ」
「そうね。早く脱いでしまいましょう」
母と侍女のアンリに手伝ってもらってウエディングドレスを脱いでマコーミックに着ていくはずだったドレスに着替えた。
ヒールを履き替える時、左のヒールから6ペンス銀貨がチャリンと音をたててコロコロと転がっていった。
サムシングフォーを用意しても結婚式までこぎつけられなかったら幸せになりようもないと涙が零れそうになった。
「わたくしたちも帰りましょう」
「おまえたちは先に帰ってくれ。私はまだせねばならないことがある」
「お任せいたします。お父様」
父は私を抱きしめて頭に一つキスを落として式場から送り出してくれた。
屋敷の者たちは私がお母様と戻ったことに驚いていたが口は開かずいてくれた。
私は自室でお湯に浸かり一人にしてもらって泣いた。
後から後から涙が溢れてきて、ユストリアがもっと早い段階で婚約解消を申し出ていてくれたらこんなに惨めな思いはしなくて済んだのにと恨みを募らせた。
どの段階で婚約解消や破棄されても傷つくことは間違いなかっただろうけど、結婚式でドタキャンされることに比べたらずっとマシだったろう。
何度か外から声を掛けられたが「一人にさせて」と断り続けた。
しびれをきらした乳母のセリナが入ってきて、お風呂に熱いお湯を足してちょうどいい湯加減にしてから出ていった。
私はあっけにとられて涙が止まり、湯から上がることにした。
アンリとセリナが湯上がりの私にゆったりとした服を着せ付けてくれた。
その日父の帰りは遅く、私は父に会うことはなかった。
翌日父に執務室に呼ばれ、昨夜遅くにユストリアが見つかったと報告を受けた。
「デリアノはユストリアと会って話し合いをしたいか?」
「聞きたいことは山程ありますが会うだけの勇気もありません・・・」
「デリアノはどうしたい?」
「私の望みが叶うのですか?」
「内容による」
「・・・どうして結婚式当日に逃げるようなことをしたのか聞きたいです。もっと早く婚約解消もできたでしょう?」
「そうだな」
「もう、婚約解消?破棄?以外はありませんが、すべての責をユストリアにあるとしていただきたいです。それと二度と私の目の前には現れない約束を」
「二度とユストリアはデリアノの目の前には現れない。それは私が約束しよう」
「はい。お父様にお任せいたします」
「デリアノは大丈夫か?」
「大丈夫なわけあるはずもないでしょう?私はこの先どうなってしまうのかも怖くて仕方ありません」
「そうだな・・・」
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ユストリアは結婚式の前日になっても自分が取るべき態度を決めかねていた。
デリアノのことは大好きだ。小さい頃からずっと一緒で、年頃になった時婚約者になったこともすごく嬉しかった。
デリアノとの未来を思い描くことができて、結婚する日が待ち遠しかった。
サーシャという女に出会ったのはデリアノとの結婚式の日取りが決まって準備に取り掛かった頃だった。
身分の低い家の子で私に恐れ多いといつも跪いて顔を伏せているような子だった。
その姿がなんだか哀れに思えて私は膝を突く必要はないこと、友人になろうと声を掛けた。
その瞬間に浮かべた笑顔が忘れられないほどのインパクトが有って私はその笑顔に恋をしてしまった。
普通にしていれば接触するはずがないのにサーシャとは偶然によく出会った。
それもまた運命のような気がしてサーシャに会うと無性にドキドキした。
それでもデリアノと会うとやはり未来を思い描けることができて、サーシャのようにドキドキはしないが安心して一緒にいられた。
デリアノのことを愛していると思い、サーシャのことを恋しく思った。
こんな気持で結婚していいものかと思ったが、友人たちは貴族の結婚などそんなものだというので私は川の流れに身を任せるように流されるまま時が過ぎていった。
結婚式の前日になってもデリアノとサーシャのどちらかを選べず、夜は一睡もできずに結婚式当日を迎えた。
ここまで来たらデリアノと向かい合うべきだと覚悟を決めて準備を済ませて家を出て少ししたところでサーシャが胸の前で手を組んで私の乗る馬車を見上げていた。
御者に馬車を止めるように伝え馬車から降りるとサーシャは私に抱きついてきて「行かないで」と言われて、サーシャを強く抱きしめてしまった。
両親や使用人が乗った馬車を隠れてやり過ごし、サーシャを屋敷へと引き入れた。
その場でサーシャを押し倒そうとしたら「ここに探しに来るわ。結婚式に行けないことを手紙に書いて今すぐここを出ましょう!!」そう言われてサーシャの言う通りに手紙を書いて、サーシャの手を取って馬車に乗り込んでサーシャが言う通りに馬車を進めた。
どこかの安宿の前で止まってベッドと机しかない部屋に入った。
物珍しくてキョロキョロしていると「ここにくれば安心です」そう言って差し出された水をガブガブ飲んだ。
自分でも気が付かなかったが緊張の連続でのどがカラカラに干上がっていた。
水のおかわりを頼んで2杯目のコップの半分くらいを飲んでやっと落ち着いた。
コップをサーシャに渡して落ち着いたらやっぱり結婚式に行かなかったのはまずかったのではないかと思い始めた。
今なら間に合う。やはりデリアノのところに向かうべきだと立ち上がると足元がふらついてそのままベッドに仰向けに倒れ込んだ。
サーシャがにっこり笑っていると思ったら瞼が重くなって目を開けていられなくて目を閉じた頃サーシャが高笑いしている声が聞こえたような気がした。
声を掛けられ、頬に痛みを何度か感じるけれど体は思うように動かなくて声も出せない。
瞼を押し上げるだけでもひどく労力がいって、掴まれた胸ぐらの手を離させようと手を持ち上げるだけで精一杯だった。
私が気がついたことに気づいたのか、頬の痛みが増していく。
「ユストリア!!いい加減に起きろ!!」
強烈な一撃をもらってやっと瞼が持ち上がって目を開けることができた。
焦点が合わなくてぼんやりしているとまた殴られて「痛い」といったつもりが「ひりゃい」としか言えてなかった。
胸ぐらをつかんでいるのは父だと気がついて「ひひふへ・・・」と父を呼んだが父は私から手を離して「医者を呼べ」と言っているのが聞こえた。
そしてまた私は意識を手放した。
次に目が覚めたら見慣れた私の部屋で、起き上がろうとしても体が言うことを聞かなかった。
そばに付いていた侍女が「お水を飲まれますか?」と聞くので頷く。
口元に水が運ばれてコクコクと飲んだつもりが喉を通るのは半分ほどで他は口から溢れ出ていた。
侍女が布で押さえていてくれたので気持ち悪い思いをせずに済んだけれど自分の体が動かないことに恐怖を覚えた。
腕が持ち上がらない。体を起こすこともできない。
首を少し振って水はもう要らないと態度で示すと吸い飲みが口元から離れた。
体が思うように動かないと伝えようとしたら、ろれつが回らなくて言葉にはならなかった。
「旦那様を呼んでまいりますので今しばらくお待ち下さい」
侍女がベルを鳴らすと別の侍女が部屋に入ってきて私が目覚めたことを伝え父を呼びに行かせた。
父が入ってきて話す内容を聞いて私はひたすら驚いた。
私は寝ては目を開けてを何度も繰り返していたが意識が戻らないままデリアノの結婚式から既に半年が経っていると伝えられた。
何らかの毒を飲まされたと思われるが、この国や周辺国にはないものでそれがどんな毒なのか解らなかったらしい。
サーシャとその背後にいた者たちは全員捕らえられていて、第2王子派の結束が強くなる私とデリアノを結婚させないために王家が動いたのだと父は言った。
私とデリアノの結婚は互いが好きだったからだけで、第2王子派の結束を固めるためのものでもなんでもなかった。
王妃の早とちりである。
両家共、第2王子派と言われているが今の第1王子は第2王子派を抑え込めるほどにできた人で、第2王子派などというものはあってないも同然のものだった。
王家と言っても王が動いたのではなく、王妃が王家の者を使っていた事まで判明していて、既に王妃は北の最果ての塔に閉じ込められていると聞かされた。
私は毒の後遺症でこの先どうなるのかわからないが、リハビリで少しずつでもマシにはなるだろうと説明された。
「レリラノ・・・ふぁ?」
「デリアノか?」
小さく頷く。
「デリアノは遠方にあるラガウス国の公爵家に嫁ぐことが決まった。ある意味王妃の望み通りになったわけだ」
一筋涙がこぼれた。
「もうお前はデリアノには会えん」
目覚めてから何がなんだか解らなかったが自分が王妃に嵌められてデリアノとの結婚を邪魔されたことは理解した。
愚かにもデリアノがいるのにサーシャなんかに目を向けてしまった自分の責任とはいえ、自分のこれから先のことを思って同じ毒を王妃に飲んで欲しいと思った。