友達の弟が男に見えた日
「セレスト様!婚約者がいる身で他の女性を侍らせているのは外聞が悪いのでおやめになってくださいませ!」
「レイニーか。お前との婚約が嫌だから他の女を連れ歩いているのだと知れ!」
「言われなくても解っています。私との婚約が嫌なのならばご両親に話して解消してもらうように言うのが先ではありませんか!順番を間違えては愚か者と誹りを受けることになります」
「うるさい!!両親には何度も頼んだ!それでもお前との婚約は破棄できないというのだ!!ならば結婚するしかあるまい!私はお前など決して抱きはしない!!」
学園の渡り廊下でするような話しではないと思うけれど興奮したセレスト様は状況判断が出来ていない。
話を切り出した自分が悪かったのだと内心で溜息を吐いてセレスト様の前を辞した。
屋敷に帰って父に今日セレスト様との会話を伝える。
「そんな男となんで婚約したんだ!!」
「お父様に強制されたからです」
「私の言う事など相手にせず嫌なものは嫌だとなぜ言わん!!」
「わたくしは嫌だと何度も言いました。証人はたくさんいますが?」
父の目が泳ぎ、溜息を吐く。
「今我が家があの家から手を引いたら破産するのはあの家なんだが・・・愚かなことよな」
「わたくしももう我慢の限界です。別に好きでもなんでもない人なので何をしていようが気にはなりませんが、わたくしの評判も下がってしまいます」
「そうだな」
「婚約解消をお願いします」
婚約解消は驚くほどあっさりと済んだ。
それはわたくし的にはということであって、お父様は大変苦労されたようだった。
セレスト様の家はわたくしとの婚約解消後たった一ヶ月で破産した。
セレスト様はたった一ヶ月で見る影もなくなっていた。
いつも周りにいた人たちは誰もいなくなっていて一人で私の前に立ちふさがった。
「レイニー・・・助けてくれ!!私はもう学校に通うこともできなくなってしまう。今までのことは本当に私が悪かった。これからはレイニーを大事にすると約束する!だから私を我が家を助けてくれ!!」
「婚約している時にご自分の家の状況を理解されていなかったのですか?」
「両親は私に苦労させたくないからと私には何も話してはくれていなかったんだ」
「おじさまもおばさまも愚かとしか言いようがありませんね」
「なぁ、助けてくれるよな?レイニーは婚約者だろう?」
「セレスト様にとっては残念ながらと言えば良いのでしょうか?わたくしたちはもう婚約者ではありません。私達の婚約は元々セレスト様たちを救済する目的以外の理由はありませんでした。それを勘違いしたのはセレスト様です。セレスト様の婚約者でありたいと思ったことはありません」
「そんなことを言わずに助けてくれ」
膝をつき私に懇願する姿には貴族の矜持というものはなかった。
「セレスト様といて不快な思い以外感じたことはありませんでしたが、元婚約者だったのでこの言葉を贈ります。お元気でお過ごしください」
「さて、レイニーお前の婚約者を探さねばなるまい」
「お父様は探さないでくださいませ。ろくでもない男を押し付けられるのはお断りです」
「なら自分で探してくるか?」
「そういたします」
「えっと冗談だったんだけど・・・」
「わたくしは冗談ではありません!」
わたくしの目がつり上がっていくのが自分でも解る。
「そ、そうか。わ、解った」
わたくしの本気を感じ取ってくれたようで何よりだった。
婚約者を自分で探すと考え始めて気がついた。
わたくしはなぜああもセレスト様に嫌われていたのか?
わたくしって人に嫌われるような容姿だったのかしら?
鏡に映る自分を見てそれほど醜い容姿をしているわけではないと思うのだけれど・・・。
それから会う人会う人に私の欠点を聞いて回ったけれど、身分差があって本当のことを答えてくれる人は殆どいなかった。
侯爵令嬢に『お前はブスだ』と言えないわよね・・・。
わたくしは思い立ってセレスト様の側に侍っていた人たちの元を訪れた。
「申し訳ないのですが、セレスト様がわたくしのことをなんと言っていたのか教えてほしいのです」
訪ねる人みな真っ青になって震え上がるばかりで回答をもたらしてくれる人はいなかった。
どうしたら教えてもらえるのかしら?
「レイニー!人を脅して回るのは止めなさい」
友人のココットが私の腕を引っ張った。
「失礼ですわ。人を脅したりなどしていません」
「レイニーがどう思っているかじゃなくて、相手がどう思うかが大事だと思うわよ」
「ちょっとセレスト様が私のことをなんて言っていたのか知りたかっただけなのよ。他意はないわ」
ココットがわたくし以外の人たちに解散していいと告げて残ったのはわたくしとココットだけだった。
「またどうして過去の男がレイニーのことをどう思っていたかなんてことを気にするの?」
「わたくしの婚約者を探すことになったのですけど、考えてみたらわたくし初対面からセレスト様には嫌われていたことを思い出したのよ。ってことはわたくしの見た目や他に嫌う理由があるわけでしょう?欠点は把握しておくべきだと思って・・・」
「どうせセレスト様は親に押し付けられた婚約者が嫌だとかが理由だと思うわよ」
「そうなのかしら?」
「初対面から嫌われているならそんなところだと思うわよ」
「言われてみればそうかもしれないわね」
「納得できたなら下位の子たちを脅して回るのは止めて上げなさい」
「脅してなんていないけれど解ったわ」
頰を少し膨らませて頷いた。
「ところで婚約者を探しているの?」
「そうなの。そろそろ同世代で探すのは難しくなってくる頃でしょう?だから急いでいるの」
「そうなのね。・・・一人紹介したい人がいるんだけど?」
「お断りしても怒らないのならかまわないけど・・・」
「なら今度の休日に我が家へとご招待してもいいかしら?」
「喜んでお受けいたしますわ」
ココットと二人で見合ってくすりと笑い合った。
ココットに招待されて屋敷を訪れる。
春の心地いい風が気持ちいい。
「今日は気持ちいい天気だから東屋に準備させているのだけど、いいかしら?」
「嬉しいわ。いろんな花が見頃でしょう?」
ココットの家の庭園はちょっと有名なので心が弾む。
遠目からでも淡い色合いの花が咲き乱れているのが見て取れる。
「わぁー・・・きれい・・・」
色とりどりの芝桜が咲き誇っている。
「後で花を愛でましょう」
「ええ。楽しみだわ」
準備されている東屋に腰を下ろす。
ココットと話していても、色とりどりの花が目に入る。
なんて贅沢なんだろうと思いながら美味しいお茶とお菓子をいただく。
他愛もない話をしながら一杯のお茶を飲み終わる頃、ココットの一つ年下の弟、クワンシュがゆっくりと歩いてくるのが目に映った。
わたくしは小さく手を降る。
少し強い風が吹いて花の香と共にクワンシュが席についた。
その現れ方がなにか特別なものを運んできたかのような錯覚をしてしまった。
「レイニー嬢、お久しぶりでございます。お元気でしたか?」
「クワンシュ様、もうお姉様とは呼んでくださらないのですか?」
「はい。弟分はもう辞めることにしましたので」
わたくしは目を数度瞬いて、ココットが誰を紹介したかったのか理解した。
「少し寂しいような、嬉しいような複雑な気分だわ」
「嬉しいと思ってもらえるのなら私も嬉しいです」
「男の子って暫く見ない間に凄く成長するのね。背も私より高くなってしまっているわ」
「レイニー嬢を抱き上げられるように頑張っています」
いつの間にかココットはいなくなっていてわたくしとクワンシュの二人だけになっていた。
とはいっても、会話が聞こえない程度の距離を開けて使用人たちがいるのだけれど。
「私を友人の弟から格上げしていただけますか?」
「少し減点。聞かずに感じてくれたほうが嬉しいわ」
「ですが、私は嬉しくないですよ。言葉にして教えて欲しい」
クワンシュ様が立ち上がったわたくしに手を差し出す。
「花を見に行きましょう」
わたくしの手をクワンシュ様にあずける。
「手を繋ぐのは早いでしょうか?」
「ええ。早いわ」
クワンシュ様に『早い』と言ったのに指を絡めて手を繋がれる。
クワンシュ様はゆっくりと歩く。
一本の薄いピンクの花びらが幾重にも集まった花をつける大きな木の下でクワンシュ様が私の前で跪いた。
「クワンシュ様!!」
「昔のようにクワンシュと呼んでください」
「嫌ではないの?」
「レイニー嬢に名を呼んでいただけるのなら私はとても嬉しい」
「クワンシュ・・・」
なぜだか胸がドキドキする。
クワンシュが私の手を取り指先にリップ音を立てて口づける。
「クワンシュ・・・胸が苦しいわ」
「レイニー嬢、初めて出会った瞬間から好きでした。レイニー嬢が婚約していたので一度は諦めましたが好きだという思いは消せませんでした。この先続く未来、側に居ることを許してください。愛しています」
顔に熱が集中してきて心臓が早鐘のように脈打っている。
言われなくても解る。耳まで真っ赤になっている。
「わたくしを選んで後悔しませんか?」
「後悔などすることはありえません」
握られたままの手に力を入れてクワンシュの手を強く握り返した。
その後、東屋に戻って一杯のお茶を一緒に飲んでクワンシュは私を送ると言って屋敷まで付いてきた。
我が家の執事に一通の封書を渡しその返事待ちなのか執事がお茶を振る舞う。
わたくしも一緒にお茶をいただいているとお父様が直ぐに現れた。
わたくしは部屋から追い出されてしまってその後のことは解らないのだけれど、翌日学園から帰るとクワンシュとわたくしの婚約が整ったと聞かされた。
クワンシュは当然のように学園の昼の休憩時間になると現れてわたくしと一緒に昼食を食べる。
そのためにココットと一緒にいる時間が減ってしまった。
「なんだかココットと一緒にいる時間が短くなってしまったわ」
「そうね・・・でも、弟が友人に愛を囁いている現場なんか見たくはないわ」
「ココット・・・からかわないで」
すこし品のないニヤニヤした笑顔を浮かべたココットを睨むと今度はニチャニチャした笑顔を浮かべた。
「でももうすぐ卒業ね。レイニーに毎日会えなくなるのが寂しくなるわ」
「わたくしもだわ。セレスト様のことがあったときは学園に来ることが嫌だと思うこともあったけれど、今は学園に来るのが毎日楽しいわ」
「クワンシュにも会えるしね」
「もう!・・・そうね。それもあるわ」
「まぁ、いやだ。とうとう開き直ったわね?!」
「いつまでもココットのおもちゃではいられませんもの」
時が経つのは早くて学園に来るのが最後の日。
卒業証書を手渡されて別れに涙を堪えているとクワンシュがわざわざ迎えに来てくれた。
今日は特別と言ってココットとココットの婚約者のバーバルト様とクワンシュとわたくしの四人で街へ降りた。
美味しいお菓子とお茶を堪能して、ココットと次に合う約束をする。
「次の次に会うときはココットの結婚式ね」
「お先に嫁入りするわね」
「バーバルト様のお屋敷だと近くなるからいつでも遊びに来てね」
「あらレイニーは遊びに来てくれないのかしら?」
「新婚のお邪魔はしたくないわ」
「仲の良いところを見せつけてあげるのに」
「ごちそうさま。もうお腹いっぱいだわ」
ココットはバーバルト様に、わたくしはクワンシュに送ってもらうことになって二手に分かれた。
馬車に乗りゆっくりと動き出すかと思った時に馬車のドアをドンドンと叩かれた。
クワンシュがわたくしをかばい、御者が声を荒らげる。
御者と扉を叩いた者の声がとぎれとぎれに聞こえる。
耳を澄ましているとどこかで聞き覚えのある声で、その内容も「レイニー助けてくれ」だった。
「クワンシュ。多分ドアを叩いたのはわたくしの前の婚約者だと思うわ」
「私が出る!!」
「いいえ、相手にしては行けないと思うわ。御者の方が危険ならば出た方がいいかもしれないけれど、相手にしないことが一番だと思うの」
クワンシュはわたくしの言い分に納得してくれて騒ぎが収まるまでクワンシュと他愛のない話をして時を過ごした。
今まで直接尋ねたことのないような、本当に些細なことを互いに話した。
また少しクワンシュと距離が縮まったような気がした。
御者から声がかかり、今度は馬車がゆっくり動き出した。
景色が流れて行く。
「明日からは毎日クワンシュに会えないと思うと学園を卒業したことが悲しいわ」
「本当だよ」
クワンシュはわたくしのほうが年下のように感じるというけれど、少し子供っぽく唇を尖らせる姿にやはりひとつ年下なのだと思う。
なんとなく視線が合って視線を外せなくなった。
どうしてそんなことをしてしまったのか後から考えても解らない。
わたくしはクワンシュと見つめ合ってゆっくりと目を閉じた。
西日が窓から差し込んで私の顔を照らしていたのが陰って、二度と離したくないと思う柔らかなものを唇で感じた。
「クワンシュ・・・」
「レイニー。愛している」
「わたくしも愛しています」
書き終わってもしかして同じような話を書いたこと?読んだこと?がある気がして不安で一杯です。