めまいみたいなものを起こしたらそこは婚約破棄会場でした
れ、恋愛にならないのはなぜ?_| ̄|○
めまい?地震?足元が揺れるのを感じて怖くて一瞬目を閉じて目を開けると真っ白い部屋に立っていた。
「えっ?なにここ?どこ?」
「ごめんなさい」
平坦な感情のこもらない謝罪の言葉だけが聞こえて、また足元が揺れて気がついたらどこか知らない部屋に立っていた。
周りには時代錯誤なドレスを着た女の子たちと、色とりどりな学ランのような騎士服を着た男の子たちが私を取り囲んでいる。
見回す限りこの場にいる人達の視線は私に向いていて、状況が理解できなくて私は何度も瞬きを繰り返しても、状況は変わらなくて一度ギュッと目を瞑ってから目を開けた。
それでも状況は変わらなくて、周囲の女性たちと私も同じようにドレスを着ていることに気がつく。
手のひらを見ると肘より上まであるとても手触りの良い真っ白なオペラグローブをしていた。
一体どうなっているの?
「ドルガーナ!!聞いているのか?!」
ドルガーナと呼ばれて頭の中に色々なことが走馬灯のように流れていく。
ちょ、ちょっと待って!!
これって異世界転生とか異世界転移とかってやつなの?
えっ?今の状況ってこの中で一番きらびやかな格好をした男の子が私の婚約者で、ちょうど今婚約破棄を突きつけられたとこって、使い古されたネタが過ぎるんですけど!!
眼の前に立つきらびやかな男の子、ジュールズ王太子殿下が私の婚約者で、はっきり言って超不仲。
浮気者でドルガーナだけには辛辣で何をしてもいいと勘違いしている次代の王・・・と思われていた男の子。
うわぁ・・・私、公爵令嬢だわ・・・。
頭が痛くなった気がして頭を押さえる。
「ドルガーナ!!私の話を聞けっ!!こちらを見ろっ!!」
「あー・・・何でしたっけ?あーー!婚約破棄でしたね。勿論喜んでお受けいたしますよ。見れば解るとおりにジュールズ殿下の有責ですね」
「何を偉そうに言っているんだ!!なぜ私が有責になるのだっ!!」
「婚約破棄してきたのも殿下ですし、公の場に婚約者以外の女性を連れているだけで不貞を疑われますよ?まぁ、学園の皆様が学園の中での殿下の行いがどのようなものか理解していますし、わたくしは陛下へ毎日の報告書を正しく提出していますので陛下も殿下の行いを知っておられます。わたくしは殿下に思うところが一切ないので今まで関知いたしませんでした。婚約破棄、とても嬉しく思います。書類などの準備はお済みですか?わたくし今直ぐサインをしたいと思うのですが」
ジュールズ殿下はそこまで気が回っていなかったようだ。
ドルガーナの侍女に視線をやると二枚の紙をジュールズ殿下へと渡す。
「殿下にご用意がないようなので、こちらで用意いたしました。そちらにサインしていただけますか?書面はよく読まれたほうがいいですよ。サインは二箇所です」
「うるさいっ!!」
ジュールズ殿下は一枚目の一番上の婚約解消の部分だけを読んで二枚の書類にサインをしてしまった。
「ありがとうございます。ではわたくしはこれにて失礼いたします」
とにかく早急に陛下と父にこの一連の話をしなければならなかった。
殿下がサインしたのは一枚目は婚約解消の書類で間違いない。
ただその中にはこれまでの迷惑料として王家が持つ元フェリシア家の領地を私に一カルで譲渡すると記載されている。
一カルというのは日本円で十円くらいの価値でしかない。
その支払先は陛下とも記載してある。
そしてもう一枚は王太子から退位して、第二王子の立太子の後押しをすると書かれたものだった。
我が家の馬車の前には第二王子のワードラン殿下が立って待っていた。
「ドルガーナ嬢。お一人で矢面に立たせてしまって申し訳ありません」
「いいえ、お気になさらないでくださいませ。それぞれ役に立つ場面というものがございます。とりあえず急いで陛下にお会いしなくてはなりません」
「そうだな。急ごう」
背後のパーティー会場からは人のざわめきだけだったものが、音楽が流れ始めていて人の笑い声が聞こえる。
被害妄想かもしれないけれど、自分が笑われているような気がして胸に苦いものが詰まった気がした。
ワードラン殿下に先導され一直線に陛下の下へと誘われる。
ジュールズ殿下にサインを貰ってからたった三十分で陛下との謁見が叶うのはワードラン殿下のおかげだった。
その場には王宮勤めの父も呼び出されている。
ワードラン殿下やること早いわ・・・。
陛下にご挨拶をしてパーティー会場でジュールズ殿下に婚約破棄を申し出られて、婚約解消で話を収めたことなどを説明する。
ジュールズ殿下がサインした婚約解消の書類を父に渡す。
文面を読んで私の顔を見て満足そうに笑顔を浮かべる。
読み終わった父が陛下へと書類を渡すと、陛下は苦いものを噛んだような顔をしてぽそりとつぶやいた。
「愚かな・・・」
陛下から声がかかるまでこの場にいる者は口を閉ざす。
「ドルガーナ嬢が手にしているその紙には何が書かれているのか?」
私は手にある書類を父に渡し、その文面を読んで父は目を見開いた。
父は震える手で陛下へと渡した。
目を通した陛下はブルブルと体を震わせて、大きな声で笑った。
「ジュールズはこれにサインしたのか?!」
「内容を理解しておられるかどうかは判断つきかねますが、パーティー会場という人目のある場所でサインなさいました」
「そうか。これは儂が持っていてもかまわないかな?」
「勿論でございます。陛下のお心のままに」
私の背後に立つドルガーナの侍女に一カルを受取り、それも父に渡す。
「領地の料金を支払わせていただきたいと思います」
「解った」
父が一カルを陛下の手のひらの上に落とす。
元フェリシア家の領地のすべての譲渡書類がその場で纏められ、私に手渡された。
「陛下の手を煩わせてしまって申し訳ありませんでした」
「ジュールズという不出来な息子を今日まで支えてくれていたことに感謝する」
「もったいないお言葉です」
「この先どうするかはまだ解らぬが、ワードランの婚約者になってやってくれる気はあるか?」
「少しの時間を空けてからのほうがよろしいのではないですか?」
「かまわん!」
私は父を見て陛下を見て、体が膨らまないように小さく深呼吸してワードラン殿下を見て了承することにした。
「ワードラン殿下に望まれるのならば」
ワードラン殿下は大きく息を吸う。
「ドルガーナ嬢と婚約したいと望みます」
直ぐに婚約の書類が用意され、ワードラン殿下と私がサインして陛下がサインして父が最後にサインした。
「ドルガーナ嬢これからもよろしく頼む」
「陛下のお心に添えるよう努めさせていただきます」
陛下が謁見室から出ていってやっと息つくことが出来た。
緊張した〜〜〜!!
何が何か解らない中で私、よく頑張ったよ!!
下準備はドルガーナが全てしていてくれたのだけれど。
父が私の側に来て満面の笑顔で私を褒める。
「よくやった!!」
「ありがとうございます」
元フェリシア家の領地の譲渡書類を父に渡す。
父は満面の笑顔を浮かべている。
謁見室を後にして父はまだ仕事が残っているというので、ワードラン殿下が私を送ってくれることになった。
「わざわざ送っていただくことになって申し訳ありません」
「ドルガーナ嬢を送るのは婚約者の特権ですよ」
「お忙しいでしょうに・・・」
「そうだね。暫くはごたつくかもしれないけど、今までと同様に毎日王宮に后教育を受けに来てくださいね」
既にもう后教育は終わっているので王宮に行く必要はないのだけれど、ワードラン殿下との短い逢瀬だ。都合がつく限り王宮へ足を運ぶ。
ジュールズ殿下との婚約中も后教育の後はワードラン殿下と毎日お茶をしていた。
ジュールズ殿下は私・・・ドルガーナと会いたがらなかったから、一人でぽつんとサロンや東屋で待っているドルガーナに憐れみを抱いたのか、いつの間にかワードラン殿下がお茶の相手をしてくれるようになっていた。
ジュールズ殿下とワードラン殿下は同腹の兄弟なのだけれど、何においても年下のワードラン殿下に勝てないジュールズ殿下は言葉や態度でワードラン殿下を見下す以外、上に立つことができなかった。
ジュールズ殿下は日に日に浅慮になっていき、そしてワードラン殿下は深慮する賢き王子と比較されるようになってしまった。
比較されればされるだけジュールズ殿下の粗は目立ち、ワードラン殿下の思慮深さに光が当たるようになってしまった。
ドルガーナは婚約した頃は光り輝くようなジュールズ殿下に恋をしていたが、年令を重ねる毎に愚かになって落ちていくジュールズ殿下に愛想を尽かしていた。
ただ婚約者として責務を果たそうとだけしていた。
それがジュールズ殿下にも解るのだろう。
学園に通い始めると身分の分け隔てなく女性を侍らすようになり、身分が低いものほどジュールズ殿下に恋い焦がれるようになっていった。
一年遅れて入学したドルガーナとワードラン殿下はジュールズ殿下が学園の中でやりたい放題にしているのを見て本当に驚いた。
本当だとは信じたくなかったけれど保健室のベッドを占領して女子生徒を連れ込んで暫くするとジュールズ殿下だけが出てくるということが度々見受けられた。
ワードラン殿下とドルガーナの報告書で陛下が知ることになり、ジュールズ殿下は陛下にかなりきつい注意を受けた。
けれどジュールズ殿下が保健室のベッドを占領することは収まらなかった。
運良くなのか、それとも学園の食事に何かが混入されていたのか、ジュールズ殿下の子供を妊娠したと申し出てくる者はいなかったが、ジュールズ殿下以外の周りの者は背筋に冷たいものが走っていた。
ジュールズ殿下に注意してから半年経ってもジュールズ殿の行いは改められることはなく、陛下がポツリと「廃嫡にする」と言葉を漏らした。
その陛下の言葉に沿ってワードラン殿下とドルガーナたちは動き出すことになった。
深く物事を考えないジュールズ殿下を誘導するのは容易かった。
ドルガーナへの反発を大きくして、問題が大きくなるように煽っていく。
学年最後の全学年合同の夜会演習の場でジュールズ殿下はワードラン殿下とドルガーナの思惑通りに婚約破棄を言い出した。
ドルガーナこと星奈朱音は四十五歳でつい最近初孫をこの手に抱いたばかりの、地球の日本生まれの日本育ちだった人格が婚約破棄の途中で目覚めた。
正直全く解らないことだらけ。
『ごめんなさい』と謝ったのは一体誰だったのか?
解らないことは考えるのは諦めて眼の前にいるジュールズ殿下へと意識を向けた。
「何もかもお前が仕組んだことなのか?!」
「わたくしが何を仕組んだと?」
ほんの少しだけ首を傾げてみせる。
「私は父上から廃嫡を告げられた!!」
「それは、厳しい処分を受けられることになったのですね」
始めからそうなるように動いていたのだから私に驚きはない。
「お前のせいでっ!!」
「殿下、いえ、ジュールズ様。人のせいにするのはおやめください。陛下から注意を受けていてもそのお言葉に従うこともなく態度を改めなかったのはジュールズ様です」
「うるさい!うるさい!うるさーいっ!!」
よほど腹が立っているのか、足をドンドンと踏み鳴らしている。
ワードラン殿下がジュールズ様の直ぐ後ろで立ち止まった。
「お前とワードランがいらぬ報告をするから私が廃嫡などということになったんだ!!」
「ジュールズ様がワードラン殿下とわたくしのことを報告していたことでわたくしたちは注意をされたことはありませんよ」
ジュールズ様が妄想したドルガーナは学園のすべての女子の敵だという内容の報告書を提出していた。
いくつか見せてもらったが陛下は「ジュールズには創作文の才能はからっきしだな」と大笑いしていらした。
「わたくしたちがあげた報告書の確認も取らずに陛下が鵜呑みにされるとお思いですか?でしたら陛下を侮りすぎですよ」
ジュールズ様は愕然とした顔を私に晒す。
「まさか考えもしなかったのですか?わたくしたちが報告書を提出しているのは書き方や報告すべきことをまとめる力を養いつつ、陛下の目に止まらないようなことをお知らせするためのものです。陛下は子供の報告を真に受けたりはなさいませんよ」
ジュールズ様は腕を垂らしたまま握りこぶしを固めて私をキッと音がなりそうなきつい眼差しを私に向けた。
「ドルガーナ!!婚約破棄を撤回してやる!!私の後押しをしろ!!」
「わたくしの婚約者はワードラン殿下でございます。わたくしの未来は変わらず王妃です」
「うそだろう・・・?」
「陛下からお聞きにならなかったのですか?」
「聞いていない!!」
「そうですか。わたくしは王妃教育の時間なので失礼いたします」
「ま、待てっ!!」
「兄上、そこまでにしていただきましょう」
ジュールズ様は慌てて後ろを振り向く。
ワードラン殿下が私の横に並び立ち私の手を取る。
ワードラン殿下が見下すようにジュールズ様を見て「失礼」と言ってジュールズ様に背を向けた。
ジュールズ様が私に食って掛かったことがその日のうちに陛下の耳に届き、ジュールズ様は卒業を前に断種されて三方を隣国に囲まれた小さな男爵領を下賜され、旅立っていった。
それから二年後、ワードラン殿下と私の結婚に国は賑わっていた。
国を挙げての慶事は久しぶりでお祭り騒ぎになっている。
ワードラン殿下の横に並んで馬車に座り、市民に手を振る。
大きな歓声が上がり、わたしたちの結婚は受け入れられた。
三男二女を産み育て、六人の孫に囲まれて朱音に戻ることなく天に召された。
可愛い孫達に声を掛けられていて意識が保てなくなり、気がついたら真っ白な部屋にいた。
「ごめんなさいね」
聞き覚えのある謝罪の言葉にあたりを見回すけれど真っ白で自分の手すら見えない。
「星奈朱音だった貴方は間違って命を奪われました」
感情のこもらない平坦な言葉。
「間違って?」
「そう、星奈朱音の寿命は八十九歳でした。地球の神が間違えて死なせてしまった貴方の魂を私の世界で生かすように頼まれて引き受けました」
「間違いとはどんな間違いだったのでしょうか?」
「本当なら星奈青葉の命が尽きるはずでした。朱音と青葉の魂の色や形が酷似していて間違えて刈り取ってしまったのです」
「青葉って!!青葉は元気なんですか?!」
「朱音の寿命と青葉の寿命を取り替えることになりました」
よかった!!青葉は私と夫の間にできた子で、二ヶ月後に結婚を控えている私の大切な子供だった。
「ありがとうございます!!私で良かった!!青葉が長生きできたなら、私のことはいいんです」
「そうですか。ならばよかったです。さぁ、今度は前世の記憶を持たない穢れのない魂に返りなさい」
「本当にありがとうございました。ドルガーナとしての人生も悪くありませんでした」
そう告げた後、私の意識は真っ白に塗りつぶされた。