疎水沿いの細い道
転職が決まって、引っ越したばかりの私は新居に友人を呼んで、二人でお酒を飲んでいた。
お酒がなくなってので、コンビニに買いに行くことに。
その帰り道であった出来事。
夜の九時過ぎ、私と友人はお酒を買ってコンビニから出て来た。
風は吹いているが涼しくない。蒸し暑い夜だった。
そう遅い時間でもない。駅前ということもあって、居酒屋や小さな飲み屋などがあるので、人通りはまあまあある。
私と友人はほろ酔い気分で、ふざけ合って歩いていた。
「近道しようか」
私は言った。
マンションまでは、この道を真っ直ぐいけば、七、八分かかる。けれど、近道でいけば五分で帰れる。
「うん、そうしょう」
「あっちや」
私は指さした。
疎水沿いの細い道。舗装もされていなくて、草が道の縁に生えている。昼間は何回か通ったことがあったが、夜に通るのは初めてだ。
「ちょっと、気持ち悪い道やな」
友人は言った。
「ほんまやな。この道こんなに暗いんや」
「大丈夫?」
「大丈夫やろ。この先にお墓があるけど」
「え~、いやや、怖いやん」
「大丈夫、大丈夫」
私は友人の腕をつかんで歩き出した。友人が恐がるのが、肝試しみたいでちょっとおもしろかった。
少し歩くと、前から人が歩いてくるのが見えた。
友人も気づいて、私の後ろにまわった。一列にならないとすれ違えない細い道だ。
前からきたのは、白いシャツを着たおじいさんだった。
おじいさんは、私たちがいるのに、少しもよけようともしないで、道の真ん中をどんどん歩いてくる。
私と友人は道ぎりぎりの端に寄って、おじいさんをよけた。
「なんなん? あのおじいさん。ちょっと横に寄ってくれてもいいのになあ」
「ほんまや」
私と友人はおじいさんの後ろ姿を見ながら言った。
「あっ、また、前からきはったで」
私たちは、また一列になった。
今度は、スーツを着た中年のサラリーマン風の男の人だ。
その人も、さっきのおじいさんと同じように、道の真ん中を歩いてくる。私たちはさっきと同じようによけるしかなかった。
「なんやろう。あたしらが見えへんのかな? 普通やったらよけるやろ」
「うつむいてはったから見えへんかったんかも。でも、二人揃って変な人らやな」
私たちが歩きだすと、また、前から人が歩いてきた。その後ろにも間隔をあけて、人が並んでいるのが見えた。
「いやっ! 何? いっぱい歩いてきたはるで」
「なんやろう。お祭りでもあるんかな」
私たちは道の小さな窪みを見つけて、そこで人をよけることにした。
次に来た人は女の人だった。三十才ぐらいの人で、黒っぽいズボンを履いて、ピンクのトレーナーを着ている。髪は肩ぐらいの長さだ。
私たちに気づいているのかいないのか、こっちを見ることもなく無表情で、目の前を通り過ぎて行った。
次におばあさん。その次は若い男の人、女の人、男の子、おじいさん、おじいさん、おばあさん・・・・・。ずっと、続いている。
「みんな、一言も喋らあらへん」
友人が小声でささやく。
同じ目的に向かって歩いているように見えるけど、知り合い同士ではないのだろうか。ふざけて歩く子供もいないし、みんな無言で前を向いて歩いている。
「なんか、変とちゃう?」
中には一人ぐらい、端によけている私たちに気づいて、すみませんとか言ったっておかしくない。それなのに誰も気づかないで知らん顔なんて。
三十人くらい過ぎたあたりから、私はこの人たちは普通の人間ではないと、思い始めた。
友人も私と同じ考えだったと思う。私たちは目くばせをして、口に手を当てた。
長い時間、何人もの人たちが目の前を通っていった。
それで、やっと最後の一人が通り過ぎようとした。
短髪の四、五才くらいの男の子だった。怪獣の柄がポケットにプリントされた白いシャツを着ていた。
その男の子が、私たちの前を通り過ぎる時、ちらっと友人の方を見た。大きな瞳にふっくらとした頬、あどけないかわいい顔をした男の子だった。
最後ということもあって、友人も気が緩んだらしく、その子に向かって微笑んでいた。
でも、男の子は表情を変えることなく、前を向いて通り過ぎた。
男の子の姿が小さくなると、私たちは静かにその場を離れた。
疎水の道から大きな道に出る。
「怖かった~。あの人ら幽霊や。幽霊やったんやなあ」
「うん、幽霊やった。あんな大勢でぞろぞろ歩いて。あの道は幽霊の通る道やったんや」
「怖い。はよ帰ろ」
私たちは走ってマンションに向かった。
ドアの前で鍵穴に鍵を差し込んだ時、何気なくさっき登ってきた階段の方を見た。そして、ギョッとした。さっきの男の子が立っている。
「いやあーっ!」
私と友人の叫び声が重なって響いた。
慌てて部屋に入りドアを閉める。
「塩ーっ! 塩ーっ!」
友人が叫んだ。
「へっ? 塩?」
「塩をまくんやーっ!」
私がビンに入った塩を友人に渡すと、友人はお経の様なものを唱えながら、塩を玄関に撒き散らかした。
私は横でかたずをのんで見守る。
ビンの塩が無くなり、私たちは汗びっしょりになって、しばらく突っ立っていた。
聞き耳を立てて、外の様子をうかがう。なんの音もしない。
私はドアののぞき穴から、外を見た。
「だれもいいひん」
穴から目を離して私は言った。
「もう、大丈夫やろ」
私は畳みの上にしゃがみ込んだ。
友人はまだ、警戒しているように、そろりそろりと歩いてベランダのカーテンを少し開けて下を見た。
「やっぱり、あかん。まだ、いる」
「えっ?」
友人の横から外を見る。
下のガレージに子供らしき白い影が五、六人、こちらを見上げて笑っていた。
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