魔王、クレープ修行する
中華屋の帽子をかぶった店員がカキを見て叫びだした。
「魔王、私を殺しに来たの」
「ええっ」
と愛が驚く。
「あなたも向こうの人? 大丈夫よ。魔王ちゃんは可愛いから。おいでカキちゃん」
と愛が手を出すとカキがごろにゃーんと近づいて行った。
「だから逆に怖いのよ。30前の女が。甘えすぎ」
後ろから店員がやって来て
「すみません。あ、バレちゃった。この子は私が拾ってきた子なんです」
と言って叫んだ女の子の帽子を取った。
「あ、狸耳だ」
「この裏に神農さんって神社があるんですが、そこで落ちて来たんです」
「ふーん。北浜の神社でか」
「バレちゃいけないと思ってたんですが」
「別にいいんだよ。猫耳もうさぎ耳もいっぱい働いてるよ。みんな気にしないって」
と愛が言うと狸耳の女の子が
「この魔王、私を食べないわよね」
と震えながら言った。
「食べない。食べない。食べるのはチャーハンだけ」
と愛がなだめるように言った。
「とりあえず、これからは姿に気にしないで街を両手を振って歩きなさい」
「ありがとうございます。あなたは何者ですか」
「何者でもありません。神を信じなさい」
「何バカなこと言ってるんですか。警視正。あの僕たちは警察です」
と西川警部が割って入った。
「こんなユニークな警察の人がいるんだ。ははは」
店員は笑いながら料理を取りに行った。
「森山警視正は何で警視正なんですか」
西川が聞いた。
「だって頭がいいから。試験も逮捕歴も完璧よ」
愛が自信満々に言った。
「あ、そうだ。今日、オグリが来るんだ。西川警部、食べたら新大阪行くよ。ここからなら新御堂乘ってすぐよ」
昼食のお金は全て愛が出した。ノット領収書だ。
「ごちそうさまです」
と西川が言うと
「今度、足をおなめなさい」
と愛が言った。もう西川にはどこまでがギャグなのかわからない。
新大阪に着くと愛が改札に向けて走って行った。
「あ、オグリ。こっちこっち」
「愛ちゃん、久しぶり」
東京に住んでたオグリが大阪に引っ越してきた。粉浜の三原がやっていた店をもらったのだ。
「松本さんにはよろしく言ってきた?」
「うん。餞別ももらったよ」
「何かおごれ」
「えーっ。何おごろうかな。あっ有名な551食べたい」
「じゃあ、難波で買ったろ。お姉ちゃんが」
「お姉ちゃん? おばちゃんやろ」
「何をー」
ケラケラ笑いながら車に向かっていると、笑っていたオグリの表情が固まった。
「ま、魔王。こ、殺さないで」
泣き叫んでうずくまった。
「あ、魔王見てビビってるんだ。オグリ、この魔王、可愛いよ。30前のイタイ女だよ」
と愛がなだめたが
「ダメだな。カキ、助手席に座って。私はこっちでここオグリ」
「な、何で、魔王がいるのよ」
「知らないわよ。こっち来た理由って。でも、力を失くしてるし、可愛いし」
「まぁ、愛ちゃんがそう言うのなら。ま、本当に大丈夫ならそれでいいんだけど」
「カキちゃんと仲良くしてあげて。ほらカキちゃん、オグリちゃんですよ。アババババー」
「愛ちゃん、これバカにしすぎ」
「いいのよ。カキちゃんも喜んでる」
「アババババ」
とカキが言った。
「アホの子なの」
とオグリが言うと
「アホじゃないもん」
とカキが泣き出した。
「あわわわ、アホじゃないよ。カキは偉い偉い」
とオグリが言うと
「本当に? オグリ大好き」
と言ってカキはオグリに抱きついた。
「ほんと、魔王じゃないわ。でも、私より年上なのよね」
「29」
「ギリギリ世代じゃん」
「そうなの。もう完全に大人の女よ。でも、昔甘えられなかったから今甘えてるの。ある意味、かわいそうな女よ」
「魔王もつらかったのね」
「ウチの姉の会社で働くわ」
「アババで大丈夫なの。良かったら最初は私が面倒みるよ」
「うーん、その方がいいかな。美々に電話しよ」
愛は美々にしばらくカキはオグリが面倒を見ると伝えた。
「じゃあ、よろしくって」
「わかった。よろしくね、カキちゃん。一緒に住むんだよ」
「やったぁ」
とカキはオグリに抱きついた。
粉浜に行く前に三休橋に寄って三原を拾う。
「すごいお店ね。あの熊耳の子、モデルみたい」
「そうでしょ。足も長いし、身長もあるし」
「ウチのバレーチームにちょうだいよ」
「いやよ。そもそもあなたのチームなの」
「パパの会社は私の会社」
「あなたのそのゴーイングマイウェイすごいわ」
「で、あれがオグリちゃん?」
「こんにちわ。オグリです」
「オグリちゃんは何がしたいの」
「粉浜ってどんな街なんですか」
「普通の街。何もない街。んー、あっ、南海粉浜駅、まぁまぁ街の真ん中なのに無人だわ」
「それが特徴? 渋谷みたいにスクランブル交差点とかないんですか」
「あるわけないでしょう。ん、三井住友銀行の前にあまり人が交差しないスクランブル交差点があるわ」
「特徴なしか」
「いや、コクミン薬局が粉浜商店街で誕生した。これはすごいでしょう」
「そうかな」
「スターバックスの社長をしていた人が社長になって変わる、と思ったけど変わらなかったわ」
「何もなしか」
「あと、水木しげるが粉浜生まれよ。でも、妖怪のイメージが付かないので、境港育ちにされたわ」
「誰、水木しげるって」
「まだあるサザエさんのマスオさんが住吉大社出身よ。サザエさんも来たわ」
「もういいですよ。何もないってわかりました。普通にクレープ屋をします」
「クレープ焼けるの?」
「松本さんに教えてもらいました」
「おお、松本さんやるな」
「じゃあカキちゃんを利用して魔王クレープにしましょう」
「魔王。すごい火が出そう」
「でも、実は可愛い。ツンデレクレープよ」
「じゃあ、機材手配して粉浜に行きましょう。奥の部屋は住めるわ。台所もお風呂もテレビもある」
「ほな先に551連れて行って」
「うーん、今混んでるから嫌だなぁ。あ、ほな串カツは」
「いいよ。串カツで我慢する」
「ほな私が連れて行くから。愛ありがとうね」
「うんにゃ。二人をよろしく。どこの串カツ行くの」
「天下茶屋の平山のとこ」
「よろしく言っといてね」
「うん」
と三原は車を出して、助手席にロードンを乗せ、二人を後ろに乗せた。
カキはずっとオグリにくっ付いている。
「オグリ、うっとうしくない?」
「ううん。でも、カキ、よく見たらやっぱり29の大人だ」
「あははは。大人の女ね」
三原は天下茶屋駅のロータリーにあるコイン駐車場に車を停め、串カツ平山ののれんをくぐった。
平山と三原と愛は玉出のスイミングスクール・イトマンで一緒だったのである。
「こんにちわ。平山、元気?」
「おう、三原。相変わらず、独身街道を泳いでるか」
「いちいちうるさいな」
「森山も相変わらず警察か」
「適当に働いてるよ」
「あいつ、どっちかって言ったら捕まる方やからな」
「ホントや。あはははは」
と笑いながらカウンターを見ると角の生えた和服の美女が。
「あ、あれ誰」
「ああ、半年前かな。南海の天下茶屋駅にマクドあるやろ」
「うん。角っこに」
「そこから落ちて来てん。異世界やで。マンガやで」
「ウチもみんな異世界人」
と三原が三人を見せると
「うわ、魔王」
とカウンターの女性がおびえた。
「大丈夫やって。この子らも最初ビビったけど、甘えたの女の人や」
「ほんとに」
「本当」
かなりの数の異世界人が来ているようである。愛の考えが正しければそれだけこの世の人が消えていることになる。向こうに行った人は楽しくやっているだろうか。寝たきりのおばあちゃんが行ったらどうなるだろうか。三原は悩み続けた。
「ま、私が考えてもどうにもならないんだけど」
三原は串カツをくわえながら三人を見た。笑いながら食べている三人。
「ま、これでいいか」
と三原は思った。
粉浜の三原の店だった場所に二人を連れて行く。
「ここでクレープ屋ね。頑張って」
「うん。何とか頑張る。若い人いないけど」
「まぁまぁ遅い時間に若い子通るけどね」
「じゃあ遅い時間に始めよう」
オグリはその前に商店街を歩き始めた。
「本当だ。何もない。でも、人口だけは多いのね。ようし、やるぞ。カキ」
「はぁい」
とカキが返事をした。
「何、その力のない返事。本当に魔王なの」
「魔王だよ」
「とりあえず、あなたもクレープの作り方覚えて」
「はいなー」
「やる気なさそうだなぁ」
オグリはカキにクレープの焼き方を一生懸命教えた。




