異世界人、空港に行く
南港通りを走っている最中、ロンドは語りだした。
「あの、マンダイ、君は何時ごろこっち来た?」
「だいたい朝の10時ごろ」
「そうか。やっぱりな」
「あの、人間は、この時間にあてはまらないんだ。僕らが設定している時間に」
「時間はどうやって設定したの」
「僕とポンピで1週間交代しながら太鼓橋を見続けて、毎晩11時から扉が開いて1時に閉まるからそういうもんだと思っていて。ちなみに何度か扉に飛び込んだけど、あれ、一方通行なんだわ。思いっきりはじかれた」
「えっ、時間ってただ調べただけなの。もしかしたら違う時間に扉ができるかも知れないじゃん」
「そうなんだ。今は大丈夫だけど」
車は橋を何度か超え、海面近くの工場に着いた。森山家の部品工場だ。そこに粉砕機と乾燥機を置かしてもらっている。亡骸を粉砕して、乾燥させ、海に放り込むというやり方だ。多分、法律違反だが、魚にエサをあげるという気持ちで。海に放り込んだ後、マンダイは海を静かに眺めた。
「どこも石で固めてるじゃない。砂浜は」
「わからない。近代文化らしい。眠いから、さぁ帰ろう」
家に着くと森山がまだ起きていた。
「おつかれ。どうだった海。南港の水は冷たいでー」
「わからなかった」
マンダイは素直にこう答えた。
「マンダイさん、明日飛行機見せたろか。関空行くねんけど付いてくる?」
「関空って」
「内緒。伝票持って来いって言われてんねん。交通費払えちゅうねん」
「たぶん、一緒でいいわ。見習いってことで。付いといで」
森山が翌日、関空に誘ってくれた。マンダイは意味が分からず、眠りにつく。
ファビアが眠る2段ベットの下だ。こんなにふんわりした布団で眠るのは初めてだ。
朝、ゆっくりめの9時過ぎに目が覚める。
「あちゃあ。寝すぎた」
と思ったらファビアはまだ寝てる。
「ババアズ、早く起きて。本当にババアは良く寝るなぁ。ファビバア、早よ起きろ」
シャリアは全く気づかいがない。
マンダイは夜中まで仕事していたのに、気をつかおうとする意識が全くないのだ。
「ファビバア、起きろって」
マンダイがそう叫ぶと
「誰がファビバアよ」
とファビアが怒って起きた。
「ごめん、ごめん、シャリアが言ってたから言っただけ。ごめんって」
「あなたもババアなのよ、マンダイ。ここでは若いって思わないで」
「ごめん、ごめん。ファビアも若いよ。まだ、270歳でしょ」
「全然、言い訳になってない」
ちなみにファビアは20代中半ぐらい。エルフの寿命は900年ぐらいなので年齢割る10が適正年齢だ。
二人が話しながらリビングに行くとロンデルが塚西のコンビニまで行って、パンと飲み物を買ってきてくれていた。
この辺りにはコンビニどころか信号がほとんどなく、買い物は粉浜に行くしかない。南海電車の帝塚山駅周辺は英会話塾くらいしかないのである。塚西のコンビニまで行くのも一苦労だ。
「ロンデル、ごめんね。マンダイ、どれ食べる。これ、これがいいかな」
と、クリームパンとカフェオレのパックを渡した。
「な、何これ。凄い甘い。おいしい。え、ピーロなの。中に入ってるのは何?」
ピーロとは向こうの世界でパンみたいなものだ。マンダイはパンの柔らかさとクリームの甘さに感動していた。そして、添えられていた飲み物を飲むと
「うわー、歯が取れそう。むちゃくちゃ甘い。死ぬかもしれない。どうしよう」
カフェオレを飲んでその甘さに感動していた。
「いちいち、うるさいわね、ババア」
春雨ヌードルをすするシャリア。もう完全にこの世界の食べ物に慣れてしまってるようだ。
「なんですかそれ」
「ババアには教えん」
「そんなにババア、ババアって言うなよ。マンダイもファビアもまだ若いんだよ」
と、ロンデル。
「うるさい、ハチミツはだまってろ」
と、大声で笑うシャリア。シャリアはずっと笑っているから、いつも明るく終わるんだとマンダイは思った。
「あ、マンダイさん、歯ブラシ買ってきたから」
ロンデルは歯ブラシを渡す。また、未知との遭遇だ。
「これをこうして、こうやって歯を磨くの、ほれ」
とファビアが歯ブラシに歯磨き粉を付けてマンダイに渡した。
「あうっ。ふぐっつ。すごく冷たい。何、これ」
「口に入れたまましゃべらない。これを磨くの。歯をこうして、ガシャガシャ」
「ふふぁ、はふぁ。ふうひ」
よだれを垂らすマンダイ。シャリアに見られなかっただけまだましだ。
「おっ、用意できた? 着替えまだ。11時には出るよ。向こうでお昼食べよう」
と、森山が入ってきた。
マンダイはファビアと一緒に洋服に着替え、森山のもとに行った。
「うーん。似合ってる。似合ってる。こっちでは服を毎日着替えるんだ。あと寝る時も。そっちの世界はずっと同じなんだろ。パンツとかどうしてるん」
「川に入って身体と一緒に洗う」
「絶対汚いやん」
森山はマンダイと一緒に帝塚山駅まで歩き、天下茶屋駅まで行ってラピートに乗り換えた。
「すごいやろ、これ。すぐ泉佐野やで」
すごいスピードで走って行く。マンダイは怖すぎて言葉が出なかった。
「ほら、もう海だろ、海。橋を渡って関空だ」
恐る恐る海を見ようと窓を見ると
「何だ、これ、海の中を走ってる。どこ行くの。もう、やめて」
電車は地下に入っていく。駅だ。
「じゃあ、降りて。こっちこっち」
森山はそそくさと伝票を持っていくホテルに向かった。仕事だけだと顔を合わすことがないので、伝票を持っていく時に顔を見せろと言われているのだ。
「先にお昼食べよか。ここのカフェでいいか」
と、ホテル手前のカフェに入る。普通、クライアントの前のお店には入らないのだが森山はあまり気にしなかった。
「ここ、カツカレーとナポリタンおいしいで。カツカレーにしとく? カツカレー2つ」
と、森山は注文した。また、未知の食べ物だ。
「なんですか。これ」
「カレー。この白いものと黄色いものを一緒に食べてみ、辛いけどおいしいよ」
と、言われて一口、口に。そこそこ辛い。でも、我慢できるレベルだ。
「おいしいやろ。今度はこのカツも一緒に乗せて食べてみ」
あれ、これ、おいしい。何の肉? わからないけど美味しい。肉にまとわりついているものに黄色いものが染みているのがおいしかった。
「訳わからないけどおいしいです」
「よっしゃ、合格」
何が合格なのかはわからないが、森山はマンダイにアイスティを注文して待っていてもらった。ここのカフェのアイスティはもとからガムシロップが入っている。中国系の客が多かったためそうなったそうである。
「ごめん、30分ほど待ってて」
「30分って何」
「あっ、そうか。ちょっと待ってて」
と、森山は走って行ってしまった。
とりあえず、アイスティを口にする。甘い。おいしい。もしかしたら、この世界は天国の手前なのかも。シャリアがあんなに幸せそうだし。でも、ババアはやめてほしい。
「私、まだ、若いのになぁ」
200歳超えた女性とは思えないセリフだ。ただ、マンダイの世俗ではまだ小娘なのである。
テレビを見て感動しているうちに森山が帰ってきた。お待たせ、展望台行こうか。森山の歩く方向へついていく。
「マンダイさんって何が得意なの」
「わからない。村では薬草を扱ってたわ」
「そうか、そうか。わかった」
森山はニヤリとマンダイの方を笑って見た。
「ほら、こっち。こっち。あっ飛んで行った」
と言われて見ると、大きな物体が空に。
「ええええええ、何の魔法。空に飛ぶの。あんな巨体が」
「飛行機さ。空に飛ぶんだ。ほら、ほら、今度は着陸してきた」
「ふへー。ひふぃー」
マンダイは言葉にならない。
「帰りはバスで帰ろう。難波まで」
マンダイはバスに乗ってもボーッとしたままだった。




