異世界人、大正時代に行く
マンダイとロードンと三原を送って行った帰り、誠は車の中で美々に
「なぁ、お姉様、モデルの事務所だけじゃなく芸能事務所も作ってや。多分、ロードンも入ってくるで」
「たぶん、そうやろな」
「作りいや」
シャリアが割って入った。
「ねぇ、やっぱり温泉入りたい。どっか連れてって」
「うーん、こっから近いとこ。いや、へんなとこは嫌や。あっ、難波や。木津市場の上にスーパー銭湯あるやん」
万代池の前の道を走り、チンチン電車の道路に出た。
誠は運転マナーが悪く
「ほらチン電や」
と線路の上を走る。
「もうやめなさいよ」
と、美々が言った瞬間、車の回りが真っ白に。
「えっ、えっ、どないしたん」
とシャリアがまわりを見回す。
「なんか空間移動したかも」
「えーっ」
誠が叫んだ。
目の前に走るチンチン電車。あれは教科書で見た明治時代のものかも知れない。
「えええええ、時間越えたん。明るいし」
「タイムスリップ? 本当かどうか確かめてみよ」
美々の顔が混乱しまくっていた。誠は車を道の端に停める。
「あっ、人が集まってきた。私、かわりに聞くわ」
と、二人の焦りを見兼ねたシャリアが車の外に出ていった。さすが空間移動経験者だ。
シャリアがあれこれ話している。何を話しているのだろうか。車のガソリンはさっき王将の隣のガソリンスタンドで入れた。ちょっと安心だ。
「なぁ誠、今ねー、大正2年やって。ここ、大阪府西成村やって」
「うへーやっぱりタイムスリップ。移動した場所を考えると帝塚山3丁目あたりか」
「誠、どうしよう」
「たぶん、異世界の扉とか時間移動の扉とか、あの辺の時空狂ってるねん。もう一回、あの場所の線路の上を走ってみよ」
誠は車をUターンさせてさっきとは逆の方向に走ってみた。
「きゃぁあ」
上の方で何か聞こえる。
「きゃぁあ? 上に誰か乗った? ええっ」
車はまた光に包まれた。
ボッと数センチ下に降りた。ボスン。ベンツが音を立てた。同時に
「助けてー」
という声が聞こえてくる。
「誠、タイムスリップする前の時間に戻って来たみたいだけど上に」
美々が上を見ながら言った。
「上な」
誠が目を丸めながらそういった。
みんな無表情だ。無表情のシャリアが外に出て屋根を見た。
「やっぱり。あははは。お土産連れて来ちゃった。こっちにおいで」
「どうしよう」
と誠。
「何とかするしかないでしょ」
と下を向く美々。シャリアが代わりに聞いてくれた。
「お嬢ちゃん、いくつ?」
「18」
「まぁまぁ大きいじゃない」
「何でいい年してあんなことしたの」
「だってしたかったから」
「あんた、アホ?」
「よく言われる」
「もう帰れないと思うけど大丈夫? あきらめて」
「えつ、どういう意味」
「ここ、あなたがいた世界からだいぶ明日の明日の世界なの。誠調べて」
「108年」
誠のネット検索はすこぶる早い。
「108年後にあなたは来たの」
「時間旅行?」
「そう時間旅行。あの二人はあなたの知り合いの子孫かも知れない」
「あのおっさんとおばはんが私らの子孫? あの人、私よりおばはんやのに」
車のドアを開けて険しい表情で美々が女の子を睨む。
「なぁ誠、あいつしはいていい」
「やめたれ。時代が違うからしゃあない。あ、とりあえず、車乗って。シャリア、ドア開けたって」
「おばはんの隣」
シャリアは笑いをこらえている。その時、美々が腕を振り下ろした。ピシャ。おでこが殴られたのである。
「痛っ」
「私が世話するんだから従いなさい」
「うぐっ、はぐっ」
女の子が泣き出した。
「何、泣いてるのよ。こっちが泣きたいわよ。わーん」
「涙の輪唱だ」
誠とシャリアは顔を見合わせて笑った。
この女の子は長谷川公子という大正にありそうな名前だった。
住吉大社の裏にある茶碗工場で働いているらしい。
「美々、この子、芸能事務所のアシスタントに」
「そうね、頼むわ」
「生活面は愛にしごいてもらおう」
車がマンションの前を走ると驚き、地下の駐車場に入ると驚き、エレベーターに乗ると驚き、部屋に入って窓の外を見て驚いた。
愛がチュッパチャップスを食べながら来て
「どうしたん。この子。汚い着物」
「言わなあかんことがいっぱいあるねん」
「えっ、どうしたん」
「ポンも呼んで」
「おかえりなさい。どうしたんですか。この子、ウチの世界の子じゃないわね」
「よくわかったわね。100年前の子よ」
「えっ」
「っていうか、私らの車、大正時代にタイムスリップしてん」
「無事に戻って来れたんだ」
「うん。でも、戻る時にこの子が屋根に乗っていて」
「連れてきちゃったんだ」
「続いて第二章。マンダイの娘がこちらに来ました」
「ええええ。うそ、あの子、親だったの」
「66歳の娘のね。本当はこれがトップニュースだったんだけどね」
「娘も年上だー」
「第三章、三原とマンダイが社員になった。第四章、シャリアが女優になった」
「後半駆け足ね」
「しょうがないじゃない」
その夜、愛が自分の服を公子に着せながら遊んだ。