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ショートショート9月~3回目

癒し

作者: たかさば

 私と父親には、あまり接点がなかった。


 朝早くに出社する父親。

 帰宅後自分の部屋に篭る父親。

 休みの日は朝からサウナに行く父親。


 学校行事に父親が来たことはほとんどない。

 長期休みに父親と出かけたことはほとんどない。

 困ったことがあっても父親に頼んだことがない。


 毎日晩御飯を一緒に食べるだけの、希薄な関係だった。

 日常において、ほとんど会話をすることがなかった。


 実家を出たのは22の頃だった。

 その日でさえ、言葉一つ、交わさなかった。


 家庭を持つことになったと報告した日も、サウナに行っていた。

 孫が生まれた日も、いつも通り仕事に行っていた。


 ほとんど会話をすることがないまま、父親は老いた。


 定年退職した父親は、自分の部屋でテレビを見る生活をするようになったらしい。

 6:00、11:00、17:00にきっちり食事をとる生活をするようになったらしい。

 二日に一度、30分ほど散歩に出かける生活をするようになったらしい。


 家事は一切しないらしい。

 一度もしたことがないので、できるはずがないと母親が決め付けて、やらせなかったらしい。


 決まった時間になると黙って食卓につき、食事が提供されるのを待つらしい。

 食事を食べ終わると黙って食卓を立ち、自分の部屋に戻るらしい。


 やがて、父親はさらに老いた。


 手足が震え、一人で立つのが難しくなり。

 散歩に行くだけの体力がなくなり。


 ほとんど会話をしてこなかった私が、介護をすることになった。

 私が用意したものを食べ、私が準備した服に着替えるようになった。


 週に三度、デイに通うようになった。

 週に三度、買い物に連れて行くようになった。


 デイに通うようになったからか、父親との会話が増えた。


「今日は囲碁をやったよ」

「今日は近所を散歩したよ」

「今日はエアコンが効いていて寒かったよ」


 買い物に連れて行くようになったからか、父親との会話が増えた。


「こしあんのやつがええなあ」

「これが好きなんだわ」

「どっちがうまいかなあ?」

「ミントの飴がええんだわ」


 父親とほとんど触れ合ってこなかった私には、いろんなことが…新鮮だ。


 父親の人となり。

 父親の遠慮。

 父親のこだわり。

 父親の気遣い。

 父親のユーモア。

 父親の知識。


 人生の終盤にして、勢いよく流れ込んできた、父親像。

 その激流に、…戸惑いながら、見守りながら、受け止めながら。

 どこか他人事で、ただただ淡々と…日常を過ごす。


 父親は、身の回りのことはもちろん、お金の管理もすべて私に任せている。


 私に何かを買い与えるようなことはできない。

 私を労ってお小遣いを渡すようなことはできない。


「肩が痛いと言っていただろう、この薬を塗ると良いんじゃないかい」

「皮膚がかゆいと言っていただろう、この薬を塗ると良いんじゃないかい」

「頭が痛いと言っていただろう、この薬を飲むと良いんじゃないかい」

「お菓子がひとつ余ったから、食べてくれないかい」

「テレビで面白い小説特集をやっていたから、メモをさあ・・・」

「それで充分だよ」

「いいのかい?」

「たすかるなあ」

「ありがとう」


 何も持たない父親が差し出すのは、処方された薬とおやつの残り、読みにくい文字と、穏やかな言葉。


 急速に培われることになった、父娘の、関係性。


 不安はある。

 心配もある。


 ……けれど。


 私が、父親に返す言葉は。


「大丈夫だよ」

「よかったねえ」

「なんとかなるよ」

「ありがとう」


 父親とよく似た、穏やかな言葉。


 …なんだ、お父さんと私、そっくりじゃない?


 父親とのつながりを感じて、不意に頬が緩んだ。


「今日はうまいパンが食べたいなあ」

「じゃあ、焼き立てパンのお店でイートインしようか、おいしいコーヒーも飲めるよ」


「いいのかい」


 父親と過ごすことで、自分が癒されている。

 父親を甘やかすことで、自分を癒している。

 父親に喜んでもらえると、自分が癒されていく。


 あと、何年続くかわからない、父親との穏やかな日々。


 私は、自分を癒すために。


 貪欲であろうと、決めている。


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