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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

梟雄、茶器を兵に託す事

作者: kz999

足軽大将が松永弾正のコレクションを持ち帰る話です

思えば、ずいぶん長く生きたものよのう。


今まさに軍勢に包囲されている堅城、その天守にて、男、松永弾正久秀は、眼下に広がる城を包囲する大軍を眺めながらそう思った。


(思えば、儂は天運に振り回された人生を送ったものじゃ。)


瞼を閉じ、己の一生を振り返る。


摂津の土豪の子に生まれ育った彼は、かつては成り上がりを目指す人間であった。


どうせ戦乱の世じゃ。踏みつぶされるよりも、翻弄されるよりも、踏みつぶす側の人間にいたい。


そんなことを思いながら彼が行きついたのは管領、細川京兆家の被官である三好氏の元であった。


そこで出会った人間を、今でも覚えている。いや、覚えざるを得ないほど、強烈な印象を持った存在であった。


三好千熊丸。諱を長慶。彼が出会った中で最も印象に残り、そして今なお記憶の中で光り輝く人物である。


全てにおいて圧倒的であった。子供ながらにあふれ出る才覚、没落した家を取り戻さんとする覇気。その全てが彼にとって新鮮で、そして憧れるに足るものであった。そして彼はそれを、細川家中の実権者として君臨し、畿内に確固たる覇を築き上げたのだ。

儂も長慶さまのような人間になってみたい。そんなことを思いながら歩みを進めたはずなのに。


どうしてこうなってしまったのだろうか。いつの間にか儂は梟雄だの極悪人だのの呼ばれようになってしまった。


(三好三人衆。きゃつらとの争いにかまけていたからよ。)


途端に苦々しい顔になる。


あ奴らが邪魔しなければ余計な悪名は背負わずに済んだのだ!


思えば三人衆は余計なことをしでかしてくれた。バカ息子、久通と手を組み将軍弑逆をやらかすほかに、あの東大寺の大仏殿もその過程で焼き切れることになったのだ。


…過ぎたことは置いておこう。


そのあとに覚慶を担いで上洛した上総介に鞍替えしたのは正解であったと思う。当初儂が三人衆とその神輿である義栄を引きずりおろすため、わざわざ興福寺に幽閉してまでやろうとしていた案をそのままそっくり使われたのが癪に合わなかったが。


しかしそんな信長でさえ窮地に陥ることになった。武田、上杉、本願寺などの諸勢力を、覚慶めが動かしたためであった。


儂はこれに勝機を見出した。うまくいけば天下を制する天下人に、長慶さまのようになれるのではないかと踏んだからだ。

しかし一度目は失敗した。甲斐の武田が途中で引き返したためだ。結局儂は、元のさやに納まらざるをえなあった。


しかし、今回こそは違った。


信長めは石山に思る一向宗に苦戦し、越後からは上杉が上洛を目指して進軍しているではないか。


千載一遇とはこのことよ。わしが築き上げたこの信貴山にこもり、上杉を待てば、勝機はあるはずよ。


そう思ったはずだが…


いつまでたっても上杉は来ぬと来た。


とうとう天運に見放されたかのう、とつぶやきながら、彼は眼下に攻め寄せる織田軍を改めて見やった。


騎馬三百、余勢八千とも号された群も今や烏合の衆。


頼みの綱の森好久の鉄砲衆もついぞ寝返ったという。


「もはやこれまで、か。」


弾正は力なく笑いながら、そうつぶやいた。


ふと彼は部屋の中に目を通した。そこには平たい茶釜が一つ、大切そうに置いてあった。


古天明平蜘蛛。名品の中の名品。


思えば上総介は何度も何度もあの釜を所望してきた。


先ほどだってそうだ。平蜘蛛を差し出せば助命してやると言いだしてきたのだ。


このまま生きながらえても、なにも面白くはないではないか。


せめて上総介に一矢報いてやらねば、この松永弾正の名が廃れるではないか。


(…いいことを思いついた。)


弾正は悪魔のごとき笑みを浮かべながら、妙案を思いついた。


「誰か、誰かいるか。」


弾正はすぐに人を呼んだ。しばらくして、一人の足軽大将が現れた。


「三島五郎兵衛、ただいままかり越しました。」


五郎兵衛と名乗ったその男は、恐らく矢を受けたであろう傷を受けた頬に、籠城戦の影響故か、やせこけた体躯を持った男であった。


「もはや城は持ちません。殿、今すぐ裏道から脱出を…」


「おお、五郎兵衛よ。そちを呼んだのには理由があってな。」


弾正は咳ばらいをすると、言葉をつづけた。


「儂の部屋にある茶器、全部持って行ってもよいぞ。」


「は…?いきなり何を…?」


五郎兵衛はぽかん、とした顔でそう言った。


何が何だか分からないさまだ。


「言葉の通りじゃ。もはやこの信貴山はもう持たん。上総介めは二度も謀反を起こした儂を許さんじゃろう。おそらくこの信貴山を灰燼に帰すつもりじゃ。この平蜘蛛を差し出せば命は長らえようが、それではこの儂の胸糞が悪い。」


弾正はそう言って平蜘蛛に歩み寄ると、ゆっくりとそれを抱きかかえ、いとしそうにそれを撫でた。


「儂はな。この平蜘蛛をあの上総介の息子の前で壊すつもりよ。そうすればこの気持ちも晴れようて。」


弾正はそう言うとかかと笑った。


「…殿、いきなり何を!そのようなことを申していないで、今すぐ脱出を!」


五郎兵衛はいきり立った、まさか、そのような下らないことで呼び出されたのか!?信貴山の、殿のために戦った兵は無駄死になのではないか!?そう思えてならなかったのだ。


「五郎兵衛よ。そちは寺の次男坊であったな。それも、大和の南の方の。」


弾正は傷だらけの顔を五郎兵衛に向けると、言葉をつづけた。


「よく聞け。儂がこれまで集めた茶器は名物の中の名物。この信貴山が焼けたらそれこそ土くれの中に消えるだろう。儂はそれがたまらなく、たまらなく悔しいのだ。だからな、五郎兵衛よ。お主のところで預かってほしいのじゃ。上総介も大和の山奥までは軍を差し向けては来ぬだろう。あれらはいいものばかりじゃ。儂はそれが忘れられるのが、たまらなく惜しい。」


弾正はそう言うと、涙を一筋流した。それは六十年以上もの年を生きた、梟雄と呼ばれる男の、枯れ果てたと思われる涙であった。


「なればこそ、そちにあずかってほしいのだ。この梟雄の生きた証というのを、お主にあずかってもらいたいのだ。わかるか五郎兵衛。数寄に生きたこの松永弾正という男を、せめてお主だけでも覚えてもらいたいのだ。」


五郎兵衛は絶句した。主君は血も涙も枯れ果てた梟雄であると思っていたのだが、まさかここまで情にあふれた男であったとは。


「…分かり申した。この五郎兵衛。殿の最後の願い、かなえさせてもらいまする。」


五郎兵衛はぐっとこらえ、涙をこらえると、次に意を決して立ち上がり、部屋を後にした。

これでよい。これでよいのだ。


弾正は満たされた気持ちで上を見やった。


あれの中には長慶さまが愛用し、儂に下賜された茶入がある。


思い出とともに、憧れの人は生き続けるのだ。


弾正は一息つくと、釜に目をやった。


釜には、あらかじめ詰め込まれた爆薬に満たされていた。


「平蜘蛛よ、お主も派手な散り様を見せられるぞ。」


そうして彼は、ろうそくを手に取って導火線に火をつけると、すぐそばに備えられた小刀を手に取った。


「これがこの松永弾正の散り様よ。このような介錯は古今東西見られぬものだろうて。」

そうして彼は、その小刀をその腹に突き刺した。



天正五年秋、信貴山城はついに落城した。


信貴山の壮大な四層の天守閣はごうごうと燃え上がり、その火の手は城すべてを燃やし尽くすのに十分なほどであった。


奇しくも、その日は十年前に東大寺が焼けた日と同じ日であり、同じくその翌日には雨がしとしとと降り注ぐ中、兵たちは春日明神の神罰が下ったと噂し合った。


焼け跡から見つかった首は安土城に送られ、その胴は大和国において久秀としのぎを削り合った筒井順慶の手により、達磨寺に葬られたという…


そして、その焼ける城から、一人の男が飛び出したという…





現在の奈良県南部にあるとある寺でのことであった。


その寺の住職はおそらく仏具磨きを終えた後だろうか、作業着姿でそれを手に取り、眺めていた。


銘も何もない茶入であった。遠い昔、松永家に足軽大将として仕えていた先祖が、どこぞから持ち帰ったものであるらしい。


住職はそれを手に取り、くるくるとまわしながらそれを眺めていた。


名こそないものの、作りからして相当な名品であろう。


住職には茶の心得こそなかったが、培った歴史的知識からして、そうであることは容易に分かった。


恐らくは博物館に寄贈すべきか、それとも…ふさわしい人に使ってもらうべきか。


そんなことを思案していると、どたどたと二人分の足音が聞こえてきた。


「あーっ!おとーさんなにやってんのー?」


「みせてみせて!きになるー!」


8歳ほどの男児と6歳ほどの女児であった。彼の愛する息子と娘であった。


「ん?ああ、ご先祖様が残したものを点検しているんだよ。」


「えー!!!なになにすごいきになるー!みせてみせてー!!!」


娘はぴょんぴょんと跳ねながらそれを見やった。


「なにこれ?よーき?」


「ははは、これはね、茶入と言って茶道に使う道具だよ。」


「さどー?」


女の子は首をこてんと傾けた。


「おまえってなんにもしらないんだなーっ!さどーってのはまっちゃをたててのむにほんのでんとうのやつなんだぜーっ!」


「んもーっ!おにいちゃんったら!ばかにしないでよぉ!」


「ははは、ケンカしないケンカしない。」


住職は喧嘩をする二人をいさめながらそう言った。


歴史はいまだに息づいている。


私たちの生きている間にも、着実に息づいている。


※本作は実際の歴史をもとにしたフィクションです。実際の歴史とは何ら一切関係ありません

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