好きな人の好きな人
私の好きな人は好きな人がいる。
想っていてもどうにもならないこともある。
みんな切ない気持ちを抱えているのかな。
運命や貴族というしがらみもまたついて回る。
自由恋愛をして婚姻を結べるなんてきっと数えるほどなのかもしれない。
ただ長い年月婚約者という立場の中でそういった感情が芽生えてくることもあるかもしれない。
私の好きな人。
婚約者であるアルファ公爵家の長男のカイト様。
そしてカイト様の好きな人はメルベス伯爵家次女のミラ様。
私はマークス侯爵家次女リリア。
優しい笑顔。
気遣い。
スマートなエスコート。
全てにおいて完璧なカイト様。
カイト様のその完璧な様子が崩れるのがミラ様の前だけだった。
可愛らしい容姿で落ち着き無くヒョコヒョコ歩き回ってると思うとつまずいたり、書類ぶちまけたり、挙げ句の果てに水たまりに気づかずに足を水たまりに入れたと思うと慌てたのかそのままこけそうになったり。
はじめはたまたま通りかかって助けてあげただけだと思う。
きっとそそっかしい人なんだと思う。
たびたびそういうのを目撃するし。
一生懸命な子で本当に笑顔が可愛らしい純粋な子。
そんな子にカイト様は
「いつもいつもなぜ君はそんなにそそっかしいんだ。もっと落ち着いて行動しないといつか大怪我をするぞ。」
「はい。申し訳ありません。」
しゅんとした顔をするミラ様にカイト様は
「わかればいい。ただこれ何回目だ!?」
「わーすみません。」
なんて楽しげな2人を幾度となく見かけてしまった。
私にはあんな姿、見せてくれた事はなかった。
「リリア。今日は魔法学の授業でシリウス先生にリリアは素晴らしいって褒めていたよ。」
「そうですか。もっと頑張ります。」
「リリアは頑張り過ぎだから少しは休むことも覚えないとね。」
優しい笑顔で私の頭をなでながらそういうカイト様。
「はい。」
兄と妹みたい…。
確かに年は1歳違うけど…。
「そういえばリリアが行ってみたいと言っていた新しくできたお店言ってみないか?次の休みにでも。」
新しくできたお店…?
キョトンとしている私に
「あ、リリアが好きそうなお店の話を聞いたから連れていきたいと思ったんだよ。リリアいちごのお菓子好きだろ?」
誰にそのお店の話を聞いたんだろ…。
しゅんとなってくる心。
本当は誰と行きたいんだろう?
でも、私が婚約者だから…。
「カイト様が連れていきたいと思ってくださるなんて楽しみです。楽しみにしてますね。」
必死に笑顔を作ってそう答えるとホッとしたような顔をした。
本当はミラ様と行きたかったのかな…。
私は邪魔者なんじゃないのかな…。
「リリア?」
カイト様の声に顔を上げると心配そうな顔をしていた。
「リリア、何かあるなら言って?」
優しい声でそう言う。
なぜか涙が出そうになる。
「カイト様。もし私より気になる方がいるようでしたら言ってください。邪魔者にはなりたくないので。」
私はそう言うと頭を下げてその場を後にした。
言ってしまった…。
もう婚約も解消されてしまうかも。
でもそれでカイト様が幸せになれるなら。
カイト様と別れてから私はとある場所に来ていた。
カイト様にはじめて結婚しようと言われた場所。
何かあるたびにここに来ている。
公爵家と侯爵家の結びつきを強めるために両家で決めた縁談だった。
昔からカイト様の事が大好きだった私は嬉しかったけどでも家の言いなりで婚約者になるのは嫌だった。
カイト様の気持ちだってあるから。
そんな縁談やだってここに来たらカイト様が追いかけてきてくれて、
「家のためだけでなく僕はリリアと結婚したいよ。だから僕と結婚しよう。」
そう言ってくれた。
私は嬉しくてカイト様に抱きついてわんわん泣いた。
「あの時本当に嬉しかったな…。」
「私も嬉しかったよ。」
え?
顔を上げるとそこには額に汗を滲ませているカイト様。
私の隣に座る。
「リリア。ちゃんと話して。気になる方って何?」
ちょっといつもと言い方が違う。
少し怒ってる?
顔をあげるとまっすぐに私を見つめるカイト様。
「リリア。ちゃんとこっち見て。最近様子がおかしいのはそれが原因?気になる方っていうのが原因?」
様子おかしかったかな?
ちゃんとしてようと頑張ってたのにな。
「カイト様には他に好きな方ができましたよね?いつもその方といると楽しげで私が見たことのない顔をされていて。私は…カイト様の邪魔者になりたくないです。」
「誰の事言ってるの?」
「メルベス伯爵家のミラ様です。」
「はぁ。」
大きなため息が聞こえてきた。
「俺の気持ちリリアには何も届いてないんだな。大事にしすぎてるとは言われてたけど…。」
俺…?
恐る恐るカイト様のほうを見ると
「俺が好きなのはずっとリリアだけだよ。大事にしたいのもリリアだけだ。ちなみに優しいのがリリアだけなんだよ。楽しげにリリアは見えてたかもしれないけど。どうすればリリアの不安は拭える?」
まっすぐに少し傷ついた顔をして私を見つめるカイト様。
そして私の肩を引き寄せて抱きしめる。
「こんな事リリアにしかしない。俺が好きなのはリリアだけだよ。」
「カイト様…。」
私はカイト様の胸でわんわんと泣いてしまった。
頭を撫でながら
「久しぶりにこんなリリアの姿みたな。」
私はハッとして涙を拭って
「申し訳ありません。淑女としてはしたない事を…。」
「私はどんなリリアも見たいよ。それに我慢しないで何でも言ってほしい。ずっと不安だったんだろ?」
私…に戻った。
私は頷いて
「ずっと不安で…。でもそれがカイト様の幸せなら私は身を引かなければと。」
「リリアは相変わらず優しいね。」
私の頬を触れるカイト様の温かい手。
カイト様のほうを見ると柔らかく微笑んでチュッと音を立てて唇に温かいものが触れた。
「リリアが不安なら私の気持ち我慢せずに君に伝えるよ。私の気持ちは重いかもしれないからリリアに嫌われないか不安でセーブしていたんだ。」
私の頬を髪を撫でながらそう言うカイト様。
頬が熱い。
「真っ赤になって照れてるリリアも可愛い。なんでも一生懸命で誰にでも気遣いできるリリアが愛しい。」
チュッとおでこにキスをされる。
ドキドキして身体中が熱くなる。
「リリアの全部が可愛いよ。ヤキモチ妬いてくれたのもすごく嬉しい。」
今度は頬にキスをする。
恥ずかしくなってカイト様の胸に顔を埋めると耳元で
「愛してるよ。俺だけのリリア。」
真っ赤になった私は顔を上げられずに
「私も愛してます。カイト様だけを。」
そして私達は見つめ合いキスをしたんだ。
甘く優しいキスとカイト様の言葉に不安だった気持ちは和らいでいった。
それからカイト様は他の女性と二人きりにはならないように気をつけているようだった。
ミラ様は元々カイト様狙いだったようだけど、カイト様が学園内でも私を溺愛しているのを目の当たりにして諦めたようにそそっかしさを目にする機会もなくなった。
あれはカイト様に近づくための手段だったのだと誰かが言っていた。
私達はあと2年後に結婚をする。
まだ2年もあるのにカイト様はウェディングドレスを一緒に決めようと張り切っている。
私に甘々な婚約者の気持ちを一瞬でも不安に思ったのが恥ずかしい。
私もカイト様が不安にならないように気持ちをちゃんと伝えていきたい。
私の好きな人の好きな人は私でした。
それがわかって本当に幸せです。