早口言葉に関する考察 1
坊主が屏風に上手に坊主の絵を描いた。
それは真に、見事に描きあげられた坊主であった。
慈愛に満ちた瞳。美しく透き通るような指先。柔らかくどこか官能的な魅力すら感じられる唇。
誰もが息をのみ、その前では唾を飲み込むことすら躊躇われた。
まるで御仏のごときこの坊主は、しかし本当にこの寺に住まうことを彼らは知っていた。
知らぬものなどいなかった。
今は亡き清廉潔白にして頭脳明晰な坊主の姿である。微笑む姿に仏を見出す坊主までいた。
その坊主の生き写しと見まごう程に見事に描きあげられた屏風を前に。
不釣り合いに唯一、悲しげにため息を吐く坊主が一人いた。
この絵を描きあげた坊主だ。
周りの坊主は首を傾げた。これほどまでに上手に描きあげられた屏風になんの不満があるのだろうかと。
曰く、かの坊主はいまだこの屏風に納得がいっていない。
曰く、かの坊主は描いたがゆえに悟りに近づき、この世を儚んでいる。
曰く、曰く、曰く。
様々な憶測が飛び交った。
しかし、終ぞ坊主は語ることはなかった。
否、語ることができなかった。
坊主は慕っていた。件の屏風の坊主をだ。
募る思いは重く募り、それでも叶わぬ思いである。
なぜ坊主は屏風に坊主の絵を描いたのか。それはもう今となっては誰にもわからない。
描きあげた坊主は誰に告げることもなく悟られることもなく寺を離れたのだ。
何も、誰にも語ることなく。
それからというもの奇妙なことが起き始めた。
夜になると屏風が独りでに動き始めるのだ。
周りの坊主は、口々に憶測を飛び交わせた。
曰く、屏風に魂が宿り、この坊主は真の仏となろうとしているのだ。
曰く、未練を残したかの坊主の情念が乗り移り、悪さをしているのだ。
曰く、曰く、曰く。
真実に迫るものはなく、動き始めた屏風は動くことをやめなかった。
文字通り曰く付きとなったその屏風は寺から持ち出され、様々な持ち主のもとへ転々と渡り歩くこととなる。
美術愛好家、自称霊能力者、はたまた時の権力者。
心霊現象など無いと噂を暴こうとする者、何かが憑りついたのだと成仏させようとする者。
はたまた心を掻き立てる坊主の絵に原因があるのだと上から新たに別な絵を描く者。
それでも屏風は動くことをやめなかった。
さまざまな持ち主のもとへ転々と渡り歩きながらも動くことをやめなかった。
姿かたちが変わっても動くことをやめなかった。
まるで何かを探し求めるように。追い求めるように。
時が経ち、曰く付きの屏風はある坊主と相対した瞬間よりパタリと動くことをやめた。
まるで長年探し求めたものを、見つけたかのように。
その生まれ変わりと会えたかのように。
「それでは、トラを屏風から追い出してください」