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アナザーズ・ストーリー  作者: 武田悠希
第四章 継承される加護編
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第九十七話 災厄は前触れもなく

 バロア悪魔国の王都、ベオグルフ。そこに漂う紫の霧と、廃墟のような街並み。その街並みの中で一際目立つ、ガリアドネの住む王宮。その王宮へのアクセスの為に使われている大きな通りを、沢山の悪魔達が行き交っていた。

 通りを行き交う悪魔達の中に、親子連れの悪魔が居た。女性の悪魔と背の低い男の子の悪魔の二体で、親子は手を繋いで歩いていた。

 女性の悪魔は人間の姿に近く、黒い角と翼、そして尻尾以外は、ほぼ人間と同じ見た目だった。木材を彫って作られた首飾りを掛け、黒い妖艶な衣服の袖からは、美しい白い手が覗く。

 母親の悪魔に手を引かれている男の子の悪魔は、身長は人間でいうと十歳くらいの見た目だった。しかし小さいながらも、その見た目は悪魔の特徴を色濃く反映していた。全身は暗い緑色の肌に覆われ、小さなゴブリンのような出で立ちだった。落ち窪んだ暗い目をしており、体形は下腹がポッコリ出てずんぐりむっくりとしている。首には母親とお揃いの首飾りを掛けている。

 男の子悪魔はキョロキョロしながら、その落ち窪んだ目で辺りの様子を覗っていた。そして男の子悪魔の視線は、大通りを脇に逸れた路地裏に向けられた。


「母さん……あれ……。」


 男の子悪魔は母親悪魔の顔を見上げながら、路地裏を指さした。


「しっ! ゴブタ! 黙って歩きなさい。」


 母親悪魔は小声で一喝し、男の子悪魔を黙らせた。

 一喝された男の子悪魔、ゴブタは急に母親に叱責され、やや面食らった顔をした。


「……はい。」


 ゴブタは俯き気味になりながらポツリと返事をすると、母親悪魔に連れられて黙って大通りを歩いていった。


 ゴブタが指さした先、大通り脇の路地裏には、何体もの悪魔がたむろしていた。

 屯する悪魔達はみな一様に痩せ衰え、あばら骨が浮き出ていた。頬はこけ、翼は力無くしおれ、目は虚ろで光が完全に失われている。ある者は地面に座り込んで俯き、ある者は壁にもたれ掛かり、ある者は動物の骨を懸命にしゃぶっていた。地面に倒れ込んでいる悪魔の体には、ハエがたかっていた。


 先程の親子の悪魔は大通りを歩き続け、瘦せ衰えた悪魔達が居る路地裏を通り過ぎていった。

 路地裏を通り過ぎた後、ゴブタはもう一度だけ振り返り、その路地裏に視線を向けた。


「母さん、さっきのって……」


 ゴブタは母親の顔を見上げながら、遠慮がちに話し掛けた。


「食べ物が足りないこの御時世だからね……仕方ないのよ……。」


 母親悪魔はどこか達観したような静かな口調で言った。


「……。」


 母親の言葉に対してゴブタはそれ以上何も返さず、また俯き気味になりながら黙って歩いた。路地裏の光景は、そのまま少しずつ遠ざかっていった。


 ====================================


 王都を囲む円形の山脈。その山脈の麓の、ベオグルフの外れに位置する場所に、一つの町があった。

 町の一角には建物に囲われた小さな広場があり、そこに二体の悪魔が立っていた。

 二体とも子供の悪魔で、片方はさきほど大通りを歩いていたゴブタ、もう片方は女の子の悪魔だった。

 女の子の悪魔はピンクの衣服を身に着け、服の袖や裾からは薄橙色の肌が覗く。頭に生えた角や背中に生えた翼以外は、見た目は人間の女の子に近かった。


「はい、これ。受け取って。」


 ゴブタは白い袋を女の子悪魔に手渡した。


「なあに、これ?」


 女の子悪魔は不思議そうな顔をしながら白い袋を受け取った。


「人間の肉だよ。さっき中央街まで行った時に、母さんと一緒に買って来たんだ。」


 ゴブタは少し得意気に答えた。


「ふえ!? お肉なんて貴重じゃない! 受け取れないわ。」


 女の子は心底驚き、袋を返そうとする。


「いいんだ。エイドナちゃんのとこも、食べ物が少なくて大変なんでしょ? 僕のとこは大丈夫だから、気にしないで受け取ってよ。」


 ゴブタは首を横に振り、女の子悪魔エイドナに袋を受け取るよう促す。


「そう……。じゃあ、ありがとうね!」


 エイドナは満面の笑顔でお礼を言い、ゴブタは頬を赤らめて頭を掻きながら「うん。」と返事をした。


「それじゃ、またね!」


 ゴブタは手を振りながら、そそくさとその場を後にした。


「うん! またね!」


 エイドナもニコニコしながら手を振ってゴブタを見送る。


 ゴブタは広場を離れ、小道を歩いた。紫の霧が立ち込める道を歩き、目的地を目指す。

 しばらく歩くとゴブタの前方に、一軒の建物が見えてきた。建物は暗い灰色の石で造られた、乱雑な形をした住居だった。

 ゴブタはその建物の玄関を開け、建物の中に入った。


「ただいま、母さん。」


 ゴブタはキッチンで料理をしている母親悪魔に声を掛けた。


「あら、ゴブタ。お帰りなさい。何処どこに行ってたの?」


 母親悪魔は帰宅したゴブタのほうを振り返って息子を迎え、またすぐに料理の作業に戻った。


「ちょっと友達と会ってたんだ。」


「そう。もうすぐ夕飯が出来るから、ちょっと待ってなさい。」


「うん、分かった。何か手伝える事ある?」


 ゴブタは母親の元に歩み寄りながら尋ねた。


「う~ん、そうねぇ。……そしたら地下倉庫に行って、一番地下にある白い箱を取って来てくれるかしら? その箱に入ってる食材が必要なの。」


 母親悪魔は人差し指を口元に当てて考えて込み、やがて思いついた頼み事をゴブタに依頼した。


「うん、分かった。」


「助かるわ。はいこれ、地下倉庫の鍵よ。」


「うん。」


 ゴブタは鍵を受け取ると、キッチンを離れてリビングのほうへ向かった。リビングの奥の、床扉のある所まで来ると、ゴブタはその扉を持ち上げた。そして、傍に置いてあったランタンに火を点ける。そのランタンを手に持ち、ゴブタは地下へと続く階段を下りていった。

 地下倉庫は地面を掘って作られていて、壁や天井は岩と砂が剥き出しだった。

 ゴブタはランタンを掲げ、階段を一段一段下りていった。地下一階に下りると階段を折り返し、地下二階へと向かう。

 地下二階まで来るともう地上の光は届かず、ゴブタが手に持つランタンの明かり以外、辺りは暗闇に包まれていた。

 ゴブタは足元に注意しながら階段を下り続け、一番下の地下五階までやって来た。

 地下五階には沢山の木箱が置かれ、ゴブタが吸う空気には埃っぽさと土臭さが充満していた。

 ゴブタは木箱の山の間の細い通路を通り、奥へ奥へと進んでいった。


「え~っと……あ、あった。」


 ゴブタは左右を見渡しながら歩き、やがて通路の奥にある白い箱を見つけた。白い箱の上にランタンを置き、ゴブタは白い箱を抱え上げる。ゴブタはクルリと方向転換し、来た道を引き返していった。


 ====================================


「あれ? 扉、閉めてきたっけ?」


 地下一階まで戻ったゴブタは、地上に上がるための出入り口を見上げて異変に気付いた。

 開けたままにしていたはずの出入り口から、日の光が全く射し込んでこないのだ。ゴブタが運ぶ白い箱、その箱の上に置いてあるランタンの光以外、地下倉庫は暗闇に包まれていた。

 目を細めても出入り口の様子が分からなかったゴブタは、白い箱を床に置くとランタンを手に取り、出入り口まで続く階段を上っていった。やがて階段を上り切るとゴブタはランタンを掲げ、改めて頭上の出入り口を確認した。

 出入り口は大きな瓦礫で塞がれていた。

 ゴブタは怪訝な顔で瓦礫に触れ、軽く押してみた。が、瓦礫はびくともしない。さらに強く押してみたが、やはりびくともしない。ゴブタは少し焦った表情になり、嫌な汗をかき始めた。

 ゴブタは手に持っていたランタンを床に置くと、瓦礫と階段の間の僅かな隙間に体をねじ込んだ。背中を瓦礫に押し付け、しゃがんだ状態から膝を伸ばし、足の筋力で瓦礫を退かそうとする。

 ゴブタは足元の乾いた土で足が滑ったが、その度に地面を踏みしめ直し、瓦礫をゆっくりと持ち上げていった。ゴブタは顔を歪めながら足に力を込め続け、やっとの思いで瓦礫を退かした。地上まで這い出て「ふ~。」と一息つき、辺りを見回す。


「!!」


 ゴブタの目に飛び込んできたのは、見慣れたいつもの風景ではなく、本来あるはずの無い異様な光景だった。

 ついさっきまであったはずの自宅が無くなっていたのだ。それどころか、自分が住んでいた町そのものが無くなっていた。全てが瓦礫の山に変わっており、町は完璧に破壊されていた。

 瓦礫の中には小さな子供の悪魔達が下敷きになり、身動きが取れない状態になっている。


 空を覆う紫の雲がベオグルフに闇をもたらす。

 その見慣れた風景の中に、突如現れた異常。

 災厄が何の前触れもなく、ゴブタの元へやって来た。


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