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アナザーズ・ストーリー  作者: 武田悠希
第四章 継承される加護編
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第九十五話 黒に染まる心

 カレンとケンタが殺害された、その日の夜。

 ソウマは自室のベッドでうなされていた。意識は戻らないままだったが、顔中に汗をかき、胸を掻き毟っていた。

 クロキは少し離れた所で椅子に腰掛け、その様子を見守っていた。


(ずっとあの調子だ……。しかし、これはまだ打てない……。注射の数は限られている。)


 クロキは手に持っている注射器を見つめた。

 そうしている間もソウマは意識の無い中で苦しみ続け、ハアハアと息を荒げていた。

 ソウマの頭の中には、これまで自分が目の当たりにしてきた出来事が、まるで悪夢のように映像となって現れていた。


 セントクレア魔法学校で悪魔に殺されたミカ、クースケ、シンゴ。

 ファナド基地で殺されたシドウ、アリサ、カンナの墓標。

 目の前で天使アリスに殺されたルシフェル。


『セントクレアは始まりに過ぎません。バロア国民を救うため、我々バロア国政府はこれから先もベリミットの各地を襲撃し、人間達を狩猟し続ける事になります。』


 ガリアドネの声が頭に響く。


『生きるため、当然の事をしただけだ。弁明など必要ない。』


 グリムロの声が頭に響く。


 血溜まりの中で倒れるカレンとケンタが頭に浮かぶ。

 逃げ去っていく二体の悪魔が頭に浮かぶ。

 そして――。


「うああああああ!」


 ソウマ絶叫しながら飛び起きた。ハアハアと荒い息を吐き、見開いたその目は瞳孔が開き切り、ソウマが正気を失っている事を物語っていた。


「ソウマ君? 大丈夫かい?」


 クロキはすぐに駆け寄り、ソウマに声を掛けた。

 しかしソウマは返事をしない。ただクロキを睨みつけ、「どけ。」とだけ言ってベッドから起き上がった。ヨロヨロと立ち上がり、何かに取り憑かれたかのようにフラフラと歩き出す。

 クロキはソウマの肩を掴み、ソウマを呼び止めた。


「待つんだ、ソウマ君。ベッドに戻るんだ。」


 クロキはいつもより少し強い口調でソウマに命じた。


「離せ。」


 ソウマはクロキのほうを振り向き、命令口調でクロキに言った。その顔は依然として虚ろな表情だったが、目からは血が溢れ始めていた。

 クロキはそんなソウマを真っ直ぐ見つめたままで、肩を離そうとしない。

 ソウマはクロキを睨んでいたが、イラついたように一度こめかみをピクリと動かすと、クロキの手を払って再び出口に向かって歩き出した。


(もう限界か……。)


 クロキは注射器を構え、ソウマに打とうと近付いた。

 その時――。


 ドクンッ。


 クロキの呪いの傷が、一度だけ大きく跳ねた。

 その瞬間クロキの傷に激痛が走り、クロキは床に蹲った。思わず注射器を手から離してしまい、注射器は床に当たって砕け散った。中に入っていた水色の液体、悪魔化治療薬が床に広がる。


「があ……ぐっ……うぅ……!」


 クロキは呻き声を上げるばかりで、痛みでその場から動けない。


(こんな時に……!)


 クロキは心の中で悪態をついたが、最早どうにもならない。

 ソウマはクロキを置いて出口まで歩き、扉を開けて部屋を出ていった。


 ====================================


 夜の暗闇に包まれた、拠点の廊下。

 その廊下を、ソウマはヒタヒタと歩いていた。背中は曲がり、足元は覚束おぼつかず、歩みを進める度に体が左右に揺れる。その姿はさながら亡霊のようだった。

 顔からは完全に生気が失われ、悪魔化以前の面影は何処にもない。目は虚ろで、口からは涎を垂らし、頬はげっそりとこけている。目から溢れる血の涙は顎の辺りまで垂れ、雫となって床に落ちていった。


(憎い……。)


 ソウマの心の中には、激しい憎悪の奔流が渦巻き始めていた。


(悪魔が憎い……。)


 その奔流は言葉となってソウマの頭の中に響いた。


(天使が憎い……。)


 やがてソウマの体に、徐々に次の変化が訪れ始めた。歯は獣のように鋭くなり、犬歯が牙のように発達していく。さらに爪が鋭くなっていき、猛獣のような獰猛さを持ち始める。


(殺す……。)


 爪と歯の変化の次は、今度は背中から翼が生え始めた。ドラゴンのそれのような黒い膜状の翼が、右翼側だけ生える。

 翼が生える時に痛みが走ったのか、ソウマは苦痛で顔を歪ませた。


(殺したい……。)


 それでもソウマは憎悪を続ける。


(悪魔を殺したい……。)


 右翼に続いて左翼も背中から生えてくる。

 翼が生えた時に体のバランスを崩し、ソウマはよろめいた。ゆっくりと態勢を元に戻すが、首だけは傾けたままの状態で、ソウマは再び歩き出した。


(天使を殺したい……。)


 翼の次は、角が頭から出現した。黒い巻き角が二本、額の上辺りから生えてくる。


(全てを滅ぼしたい……。)


 ソウマは廊下を歩き終え、階段の前まで来た。


(力が欲しい……どうすれば手に入る……?)


 ヨロヨロと階段を下りていく。


(力が……欲しい……力が……欲しい……。)


 階段を下りながら、ソウマは同じ言葉を繰り返した。


「ぐ……! うぅ……!」


 ソウマの尾てい骨辺りから鱗状の尻尾が生え、ソウマは思わず呻き声を上げた。


(欲しい……欲しい……!)


 ソウマは心の中で求め続けた。


(全てを……全てを滅ぼす力が!)


 ソウマはカッと目を見開いた。

 そのソウマの目の前には、悪魔王の宝玉が、静かに佇んでいた。


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