第九十話 二つのプラン
ホムラの拠点の一階。
普段メンバーが集まって食事する広間に、ケンタとリュウの二人が居た。
広間は警備隊の悪魔に荒らされた名残でまだ散らかっており、砕けた皿やナイフが散乱していた。
リュウは椅子に座り、テーブルに肘を突いていた。
そのテーブルの中央には悪魔王の宝玉が置かれ、広間の中で異彩のオーラを放っていた。
一方、ケンタはキッチンでお湯を沸かし、コーヒーを入れていた。二杯分のコーヒーを準備し、片方をリュウの前のテーブルに置く。
「おう。」
リュウはお礼の代わりに唸った。
ケンタは「さてと……」と前置きしながら、リュウと向かい合う位置に着席した。
「一先ず今回の旅で、急ぎの用は全部済んだな。」
ケンタは椅子に腰を落ち着かせ、ズズッとコーヒーを啜りながら言った。
「ああ。お前らのお仲間は死刑を免れたし、先生の傷も、秘薬が届きさえすりゃ全部元通りだ。」
リュウはケンタに同意しながら、自分もコーヒーを一啜りした。
「だな。……まあ、ルシフェルを失っちまったわけだから、全てが元通りってわけじゃねえけど……。」
ケンタは申し訳なさそうにリュウから目線を逸らした。
リュウはコーヒーを持つ手を止めたまま、ケンタを見つめていた。
リュウが黙ったままだったので、ケンタは話を続けた。
「すまねぇ。あの時ルシフェルを一人にしちまったのは俺だ。俺が付いてればあんな事には――」
「別におめえが原因じゃねえし、もう引きずんな。俺ももうさすがに切り替えた。過去の事をグタグタ言っても仕方ねえ。大事なのは今だ。だろ?」
リュウは少しニヤッとしながら言った。
「……そう……だな。」
ケンタは絞り出すような声で同意した。
煮え切らないケンタに対して、リュウは溜め息をついた。
「とにかく今考えなきゃいけねえのは、これからの事だ。状況を整理すると現状、人間達が襲われてんのは、ベリミットの食料滞納が原因だ。正直、自業自得な気もすっけど、それでも俺達の目的は、人間の世界に平和を取り戻す事、そこはずっと変わらねぇ。んで、その目的達成に向けて、具体的なプランが二つある。一つ目はプラン1、ギアスの野郎に働き掛けながら、ベリミットの国力回復のために活動する事。んで、二つ目のプラン2がこれだ。」
リュウはそう言いながら、目の前に置いてある悪魔王の宝玉をペチペチと叩いた。
ケンタはリュウが叩いている悪魔王の宝玉に視線を落とした。
「悪魔王の加護か……。」
「ああ。あのチビ天使の話が本当なら、コイツはルシフェルの体から出てきたもんだ。てことは逆に言えば、コイツを体に取り込む事が出来れば、きっと加護の力が体に宿るはずだ。そいつは世界を揺るがすほどの力を手に入れた事になる。その力を使えば、人間と悪魔の力関係をひっくり返す事なんて造作もねえ。それで悪魔達に恐怖を植え付ければ、人間を襲うのを止めさせる事だって出来る。どうだ? 俺様のこの完璧な計画は?」
リュウはドヤ顔を見せた。
しかし自信たっぷりなリュウとは反対に、ケンタは難色を示した。
「う~ん……どうかな……。デカすぎる力に手を出すってのは、なんか不安なんだよな……。それに、相手を恐怖で押さえつけるってのも、ちょっとな……。バロアの反感を買うかもしれないし、それこそクロキさんの言ってた、争いの連鎖の引き金になるような気がするんだよな……。」
リュウはケンタの話をイライラしながら聞いていたが、とうとう我慢が出来なくなったのか、テーブルに両手を突いてがっくりと項垂れた。
「はあ……分かってねぇな、おめえは……。確かにな? 中途半端に恐怖を与えるだけじゃ、反抗されるだけで意味ないぜ? でも、だったらな? 反抗する気も起きないくらいのドでかい恐怖を、バロアに与えてやりゃいいんじゃねえか? そうすりゃ、争いは無くせるはずだろ?」
「う~ん……それ、大分過激派の発言だぞ? 俺達が逆に、バロアの平和を乱してるじゃねえか。」
「そんな綺麗事言ってる場合かよ。なにも、バロアを滅ぼそうなんて物騒な事を言ってるわけじゃないぜ? コイツは飽くまでも威嚇に使うんだよ。どうだ?」
そう言いながらリュウは、悪魔王の宝玉をベチベチと叩きまくった。
「う~ん……。」
煮え切らない態度のケンタに対し、リュウは溜め息をつきながら話を続けた。
「それにな、国力を回復させるって簡単に言うけどな? 今日明日で急になんとかなる話じゃねえんだぞ? だったら先に、すぐ試せるもんから試したほうがいいに決まってるだろ? この宝玉を一通り調べて、上手く行かなかったらプラン1に切り替える。それでも別に遅くねえはずだ。ちげえか?」
リュウはケンタを威圧するようにテーブルに身を乗り出した。
「……まあ、それもそうか。分かった。」
ケンタは渋々といった感じで了承した。
「うし。じゃあ、早速やるか。」
そう言うとリュウは立ち上がり、片手で宝玉を掴み上げた。
「ああ。つっても、何をすりゃいいんだ? 宝玉の取り込み方なんて、全然知らねえんだけど……。」
「俺も知らん。とにかく片っ端から色々試すだけだ。まずはベタなところで……祈りでも捧げてみっか。」
そう言うとリュウは宝玉に両手で触れ、「むむむ~!」と唸り声を上げながら祈り始めた。
ケンタはそんなリュウの様子を、「大丈夫か?」と言いたげな顔で見上げる。
「ふんぬぬぬぬぬ~!」
リュウは祈りを捧げ続けた。顔を真っ赤にしながら力を込め、宝玉に視線を集中させる。しかし、やがて集中力に限界が来て一気に脱力。ハアハアと息を荒げながら、がっくりと椅子に座り込んだ。
「特に変化は無いな。」
ケンタは宝玉を覗き込みながら言った。
宝玉は相変わらず不気味なオーラを纏ったまま、テーブルに佇んでいた。
「ああ。でもまだ始まったばっかだ。見とけよ? 絶対に俺様が加護をものにしてやる。この圧倒的才能でもってなぁ!」
リュウは大見得を切ると、宝玉を取り込む実験を再開した。
宝玉を体に押し付ける、宝玉を両手に持って祈る、宝玉を持ったまま胡坐をかき、しばし瞑想する。リュウは様々な事を試した。
しかし、悪魔王の宝玉には全く変化は見られず、リュウ自身にも特に変化は表れなかった。それでもリュウは汗をかきながら、必死に実験を続けた。
それからしばらく経った後。
「宝玉に変化が無いだけでさ、ひょっとしたらもう加護の力を授かってんじゃねえか?」
実験に苦戦し続けるリュウに、ケンタはそんな助言を与えた。
「お! 良い事言うじゃねえか! 確かにな! どれどれ……。」
リュウはケンタの助言を聞き入れると、広間の壁を思い切り殴った。
しかし壁はびくともせず、リュウの拳は返り討ちに遭った。
「ぎゃあああ!」
リュウは絶叫を上げ、痛めた拳を庇った。
「う~ん、駄目みたいだな。」
「てめえ! 人が怪我してんのに、よくそんな冷静でいられるな!」
リュウは飄々(ひょうひょう)とした態度のケンタに対し、半べそをかきながら吼えた。
「悪い悪い。でも、ここまでやって何も起きねえとなると、やっぱり無理なんじゃないか?」
「はあ? な~に泣きごと言ってんだ、てめえは? むしろこっからだぜ! まだまだ試したい事が山ほどあんだからよ!」
リュウは鼻息荒く、実験を再開した。キッチンに向かい、鍋を火にかけ、次の実験の準備を始める。
そんなリュウの背中に、ケンタは声を掛けた。
「ちょっと考えたんだけどさ、実験が上手くいかないのは、なにもやり方の問題だけじゃねえと思うんだよな。」
「あ? どういう事だよ?」
リュウは怪訝な顔でケンタのほうを振り返った。
「いや……例えばやり方は合ってるんだけど、そもそも加護を宿す事が出来るのは、一部の人間に限られてる、とかさ。」
「なん……だと……!? じゃあさっきから上手くいかないのは、俺が加護を持つ資格が無いからって事か!?」
ケンタの言葉にリュウは驚愕し、膝から崩れ落ちた。
「あ! いや! もしかしたらって話だ! そういうパターンも有り得るなっつう……すまん。」
リュウが予想以上に落ち込んだ様子だったため、ケンタは思わず謝った。
リュウはケンタの謝罪には特に何も返さず、しばし俯いていたが、やがてヨロヨロと立ち上がった。
「お前、やってみろ。」
リュウはボソッと呟きながら、宝玉をケンタに手渡した。
「え? 俺が?」
「ああ。もしかしたらなんか起きるかもしんねえ。」
リュウはボソボソと呟くとそっぽを向いた。
「分かった。やってみる。」
ケンタは了解すると、手渡された宝玉に視線を落とした。意識を集中させ、宝玉を持つ手に力を込める。
最初はリュウの時と同様、何も起こらないように見えた。しかし――。