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アナザーズ・ストーリー  作者: 武田悠希
第四章 継承される加護編
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第八十四話 愉快な人間達

 ルシフェルは闇の中を彷徨っていた。真っ暗な空間を漂い、出口を求めて藻掻き苦しむ。しかし暗闇の空間は無限に続いており、一向に出口を見つける事が出来ない。


(出口は……どこだ……。)


 ルシフェルは水の中を泳ぐように闇を掻き分け、前へ前へと進んでいった。


(みなはどこだ? 暗い……寂しい……一人にしないでくれ……。)


 ルシフェルは激しい焦燥感に駆られた。周りに誰も居らず、深い孤独感に襲われ、普段の冷静で優雅な振る舞いが出来なくなる。焦りは行動に表れ始めた。ルシフェルはバタバタと暴れるように手足を振り、闇の中を必死に泳いだ。


(怖い……怖い……怖い……。どうして誰も居ない? どうして私を一人にする? どうして暗闇ばかりが続く? どうして? どうして? どうして誰も私の傍に居てくれない?)


 ルシフェルの焦りはピークに達していた。

 精神は完全に追い詰められ、次第に自分を一人にする仲間達に対しての、怒りに似た感情が沸々と湧いてくる。


 ――その時。


 ルシフェルの視線の遥か先に、小さな光の点が出現した。

 ルシフェルは目を細めてその光の点を注視し、やがてその光を目指して進み始めた。

 ルシフェルが少しずつ光の点に近付いていくと、その光の正体がはっきりしてきた。それは光の扉だった。白く輝く縦長の扉で、その扉からは誰かの声が聞こえてきていた。

 ルシフェルは扉に近付き、その声に耳を澄ませた。そしその声の主に気付き、顔をはっとさせる。


「ケンタ……? カレン……? ソウマ……? こんな所に居たのか……。全く……驚かせおって……。さあ、こっちに来たまえ。また共に、旅を続けようではないか。」


 ルシフェルは若干ぎこちない感じの笑顔を浮かべながら、扉の向こうに呼び掛けた。

 扉の向こうには光に包まれたぼんやりとした景色が広がっていて、その中にソウマ達の姿が朧気おぼろげに浮かび上がっていた。

 しかし扉の向こうのソウマ達はルシフェルを睨み、不信感を募らせた表情をしていた。


「ど、どうしたというのだ? お前達……。何をそんなに怒っている?」


 ルシフェルはソウマ達の表情に動揺し、また余裕を失った。

 そうしている間にソウマ達はルシフェルに背を向け、ルシフェルの元を去ろうとした。


「ま、待て! お前達! 何処へ行く!? 戻ってきてくれ! 私を……私を一人にしないでくれ!」


 ルシフェルは切羽詰まったように扉へと近付き、右手を伸ばした。光の扉の向こう側へと、そのまま右手を突っ込んでいく。


 ====================================


 光の矢が全身に突き刺さり、完全に意識を失っていたルシフェル。その右手が、ピクリと動いた。


「ケンタ……今、右手が……!」


 ソウマはルシフェルの右手の動きを見逃さなかった。

 ケンタはソウマの言葉に反応して、ルシフェルの右手に視線を向ける。

 その時、低い呻き声を上げながら、ルシフェルが意識を取り戻した。


「ルシフェル! おい! 大丈夫か!?」


 ケンタはルシフェルの顔を覗き込みながら声を掛けた。

 しかしルシフェルは声にならない呻き声を上げるだけで、まともに話をする事が出来ない。


「喋るのも無理か……。分かった! 俺らが何とかしてやるからな! 絶対死なせねぇぞ! カレン! 再生薬残ってないか!?」


 ケンタはルシフェルを鼓舞し、カレンに再生薬を要求した。


「こ、この小瓶に入ってるのが最後……。」


 カレンはそう言いながら、再生薬の入った小瓶をケンタに手渡した。


「助かる! ルシフェル! 頑張れよ!」


 ケンタはルシフェルに声を掛けながら、小瓶の蓋を開けた。

 ルシフェルの体に矢が刺さった状態のまま、ケンタは血が噴き出ている箇所に再生薬を垂らした。


「うぅ……ぐぅ……。」


 ルシフェルがくぐもった声を上げる中、傷口は煙を上げながら治っていき、血が止まり始めた。

 ケンタが傷を治す作業をする一方、ソウマは光の矢を観察していた。


「これは……もしかして光属性の魔法……? 天使達が使うっていう……。」


「ああ、多分な。でも、今は下手に抜けねぇ。まずはとにかく血を止めねえと!」


 ケンタは額から汗を流しながら受け答えをした。

 その時、力なく項垂れていたルシフェルが僅かに顔を上げ、ケンタ達に視線を向けた。


「ケン……タ……ソウマ……カレン……。」


 ルシフェルは一人一人に視線を向けながら、弱々しい声で名前を呼んだ。


「ルシフェル! 無理に喋らなくていいぞ! 回復に集中しろ!」


 ケンタはルシフェルに力強く声を掛け続けた。


「うぅ……ゲホッ! ゲホッ! ハア……ハア……。」


 ルシフェルは口から血を吐きながら咳き込み、荒い呼吸を繰り返した。その荒い呼吸を少しずつ整え、ルシフェルはゆっくりと口を開いた。


「これは……一体何だ……? まるで体中が……叫び声を……あげているかのようだ……。教えてくれ……これは……何だ……?」


 ルシフェルはケンタに顔を向けながら尋ねた。


「ん? 叫び声? ……ああ、そりゃな、全身にこんだけ矢が刺さってんだ! 痛いに決まってる! 堪えるしかねえぞ! 頑張れよ!」


「痛い……? そうか……今、全身を襲っているこれが……痛みというものなのか……。生まれて初めて……味わった……。」


 ルシフェルは掠れた声で言葉を紡いだ。


「くそっ! 薬が足りねえ! ソウマ! 再生薬、もう無いか!?」


 ケンタは焦りを募らせながらソウマに薬を要求。

 しかしソウマは首を横に振った。


「僕のはもう使い切ってる! あと残ってるのは薬草のエキスくらいだよ! ただ、こんなんじゃ……この傷は……。」


 ソウマは束ねた薬草を握り潰し、エキスを絞り出していた。ルシフェルの傷口に垂らし、なんとか治療を試みる。作業を進めるソウマの顔には、半ばあきらめの表情が浮かんでいた。


「なんでもいい! やれる事は全部やるぞ!」


「うん!」


 ソウマは強く頷き、新しい薬草を手に取って同じ作業を繰り返した。

 しかし、その腕をルシフェルが掴み、作業を止めさせた。

 ソウマは驚いて顔を上げる。


「ルシフェル……さん……?」


 困惑するソウマに対し、ルシフェルは口を開いた。


「もうよい……もうよいのだ……お前達……。」


「……え?」


「自分がもう助からない事は……私が一番よく……分かっている……。」


 ルシフェルは自嘲気味に笑いながら言った。


「な……何言ってんだよ……? 助かるに決まってんだろ? 血だって、ほら? もうほとんど止まってるぜ?」


 ケンタ声は僅かに震えて涙声になっていたが、それでもなんとかルシフェルを励ました。

 しかし実際にはケンタの言った事とは真逆で、ルシフェルの傷はほとんど治っておらず、激しく出血し続けていた。


「もうよいのだ……。この体は手遅れだ……。それより……私の話を聞いてくれ……。」


 ルシフェルは懇願するように言った。


「いいや! 助ける! 話なら、お前を助けた後でたっぷり聞いてやる!」


 ケンタはムキになったような口調で言った。

 ケンタはソウマの元に駆け寄り、薬草のエキスの抽出を手伝い始めた。

 しかしルシフェルはケンタの服を掴み、作業を止めさせた。


「頼む……聞いてくれ……。」


 ルシフェルの顔は真剣だった。

 ケンタは躊躇したが、ルシフェルの眼差しに心が折れ、作業を止めた。

 ソウマ、カレン、ケンタの三人はルシフェルの正面に立ち、その三人に対してルシフェルはゆっくりと語り出した。


「意識を失っている間……夢を見ていた……。夢の中で私は一人きりで……強い孤独に襲われていた……。一人、彷徨い歩く中でようやくお前達を見つけたが……お前達は私に背を向け、立ち去ろうとした……。あれはきっと……私が今、最も恐れている事が……夢となって現れたのだろう……。あの夢のお陰でようやく気付けた……。お前達と旅を続ける中で、いつの間にか……お前達の存在が……私の心の支えになっていた……。」


 ルシフェルはそこで一度言葉を切り、フッと笑った。

 ソウマ達は固唾を飲んでルシフェルを見守り、次の言葉を待った。


「私は……お前達が好きだ。覚えているか? 最初に出会った日、私達は契約を交わしたのだ。私はお前達の計画に協力し、代わりにお前達は私を楽しませるという契約をな。契約を交わしてから今日まで、お前達はあの手この手で私を楽しませてくれた。夕食の最中に突然踊り出してみたり、これは戦いだと言い訳をしながら子犬達とじゃれ合ってみたり、目の前に壁と言う道があるのに立ち止まって談笑を始めたり、私の居ない間に勝手に祭りを開催したり……。まったく……お前達は本当に愉快な者達だ……。諸君の行く末を見届けられないのが少し心残りではあるが、こうなってしまっては仕方あるまい……ここでお別れだ。」


 ソウマ達はルシフェルが言葉を紡ぐ度に表情が崩れていき、やがて目から涙が溢れ出した。

 そんなソウマ達を慰めるように、ルシフェルはいつもの優雅な微笑みを浮かべた。


「さらばだ、愉快な人間達よ。」


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