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アナザーズ・ストーリー  作者: 武田悠希
第四章 継承される加護編
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第八十三話 白い翼の少女

 一人の天使(以下、少女天使。)が、空を飛んでいた。少女天使の背中には大きな白い翼が生え、羽毛のようにフカフカしたその翼をはためかせる度に、無数の綺麗な白い羽が舞い散る。

 少女天使は十歳くらいの見た目の、儚げな印象の女の子だった。白い一枚の衣を纏い、左手には黄金の装飾をあしらった弓を携えている。肌は着ている衣よりさらに白く、そして美しい。目は綺麗な青色をしているがハイライトが無く、表情は無感情そのもの。美女の幼少期といった具合の整ったその顔は、一切の感情を失っているようだった。

 少女天使は力強く羽ばたいて天高く飛び上がり、地平線の向こうに目をやった。その眼前には、独特の景色が広がっていた。


 遠くのほうまで森が広がり、その森の向こうには薄紫の霧が立ち込めている。霧の中には草原が広がり、木は一本も生えていなかった。

 霧は遠くにいけばいくほど色が濃く、大地に重く圧し掛かっているようだった。霧の濃い領域では植物の姿は完全に消え去り、荒涼とした大地が広がっていた。

 少女天使は霧が立ち込めるバロア悪魔国の国土を見つめ、やがて視線を眼下の森に向けた。翼をはためかせながら上空数十メートルほどを飛行し、広い森のあちこちに視線を移していく。


「ん……。」


 少女天使は森の中の広けた場所に、一人の人影を見つけた。

 少女天使は翼を畳んで滑空。高度を下げてその人影を注視した。


「あれは……ルシフェル……。悪魔と人間のハーフ……。」


 少女天使は囁いた。その声はとても澄んでいて、フルートの音色のような声色だった。しかし一切の抑揚が無く、感情というものが全く感じられなかった。

 少女天使は左手に弓を持ち、空いている右手を軽く開いた。

 すると無数の小さな光の玉が発生し、少女天使の右手に集まり始めた。光の玉は手の平に集まり、やがて野球ボールほどの大きさの黄色い光の玉となった。光の玉はグニャリと変形して細長くなっていき、矢の形に変わっていった。矢からはバチバチと電流のような音が鳴り始め、矢の周りには小さな稲妻のような光が飛び散り始めた。

 少女天使は左手の弓にその光の矢をつがえ、弓の弦をギリギリと引き絞った。スタスタと歩くルシフェルの背中に狙いを定め、そして矢を放つ。

 矢は淡い黄色の残光を残しながら、一直線にルシフェル目掛けて飛んでいった。そして電撃音のような激しい音を響かせ、ルシフェルに衝突。しかし、矢はルシフェルの後頭部に触れた途端、砕け散って粉々になった。破片はキラキラと輝きながら、光の粒となって消滅していく。

 ルシフェルは攻撃を受けた事に気付かず、スタスタと歩き続けていた。

 攻撃を跳ね返され、少女天使はほんの少しだけ目を見開いた。が、すぐに元の無表情に戻り、また光の矢を生成し始めた。今度は三本の矢を作り出し、弓にそれらを番えると、一気に全ての矢を発射した。

 三本の矢は全てルシフェルの背中を捉え、雷撃のような衝撃音が三度響き渡った。

 しかし、またも矢は全て砕け散り、ルシフェルにダメージを負わせる事は出来なかった。

 少女天使は矢による攻撃を諦め、弓を肩に掛けた。翼を畳んで滑空し、地面スレスレまで下りる。地面にぶつかる寸前で一度大きく羽ばたいて落下の勢いを殺すと、少女天使はふわりと着地した。ルシフェルのすぐ背後に着地した少女天使は、ルシフェルの後ろ姿に視線を送った。


「待って下さい、ルシフェルさん。」


 少女天使に呼び止められ、ルシフェルは立ち止まって振り返った。


「ん……その姿……お前は……天使だな?」


 ルシフェルは少女天使の姿を上から下まで眺め、天使だと言い当てた。


「はい、そうです。」


 少女天使は淡々と返事をした。


「それは丁度良かった。我々は秘薬を求めていてな。天使がそれを持っていると聞いてやって来たのだが、一つ貰えないだろうか?」


 ルシフェルは少女天使のほうに歩み寄りながら尋ねた。


「私は持っていません。秘薬は天使の女王ガブリエラ様だけが持っています。」


「ほう、天使の女王か……なるほど……。教えてくれて感謝するぞ。」


 ルシフェルは優雅に微笑むと、背を向けて立ち去ろうとした。


「待って下さい。私もあなたに尋ねたい事があります。」


 少女天使は再びルシフェルを呼び止めた。

 振り返ったルシフェルに対して、少女天使は話を続けた。


「あなたは先程、私の光属性の魔法を全て弾き返しました。魔法を一切使わずに。」


「何!? そうなのか? 全く気付かなかった。すまない。」


 ルシフェルは、自分は悪くないのに何故か謝った。


「生身の体で光の矢を跳ね返す事など出来ません。しかし、あなたはそれが出来た。」


 少女天使は淡々と話を進めるが、ルシフェルは少女天使の言っている事がよく分からず、首を捻って頭にハテナを浮かべていた。

 話に付いて行けないルシフェルをほったらかしにして、少女天使は話を続ける。


「考えられる可能性はただ一つ……あなたはその身に……悪魔王の加護を宿しているのでは?」


「悪魔王の加護? 何のことだ?」


 ルシフェルは若干困惑した様子で聞き返した。


とぼけても無駄です。他に考えられません。」


 少女天使はその青い目でルシフェルを見つめながら圧を掛けた。

 ルシフェルは顎に手を当て、しばし考え込んでいたが、やがて何かを思い出したような顔をすると、


「ああ、これの事か?」


 そう言って胸の辺りに右手をかざした。

 するとルシフェルの鳩尾みぞおちの辺りが淡く光り出し、その光の中から一つの玉が出現した。

 その玉は濃い紫色をしていて、大きさはボーリングの玉より一回り小さい。玉の内部には黒と紫の禍々しい瘴気が渦巻き、蛇のように蜷局とぐろを巻いている。

 ルシフェルはその紫の玉を片手で持ち、少女天使が見やすいように手を突き出した。

 少女天使は目を細めて紫の玉を注視し、


「その玉を……少し借りてもよいですか?」


 と、ルシフェルに頼んだ。


「勿論だとも。受け取るがよい。」


 ルシフェルは偉そうな口調で快諾し、少女天使に玉を渡した。


「使い終わったら返してくれたまえ。」


 そう言ってルシフェルは、少女天使に背を向けて歩き出した。

 少女天使は遠ざかっていくルシフェルを見つめていたが、やがてゆっくりと視線を落とし、両手に持つ紫の玉を観察し始めた。玉を頭上まで持ち上げ、空で光る月のような衛星、オリジンの明かりで照らす。玉の中の瘴気を見つめ、少女天使は目を見開いた。


「これは……紛れも無く悪魔王の宝玉……。」


 少女天使は独り言を呟いた。そして悪魔王の宝玉を服の裾のポケットに入れると、肩に掛けていた弓を準備した。右手を構えて光の矢を三本準備し、弓に番える。ギュッときつく弦を絞り、そして矢を放った。

 三本の矢は全てルシフェルに命中した。矢は、今度は砕ける事無くルシフェルの体に突き刺さり、そして貫通した。


「がっ……はっ……!?」


 ルシフェルは突然の出来事に驚き、叫び声を上げる間もなく口から吐血した。

 倒れ込もうとするルシフェルに対して少女天使はさらに三本の矢を放ち、追い打ちを掛けた。


「ぐぅ……うぅ……!」


 想像を絶する苦痛で、ルシフェルは呻き声しか出せない。やがてその声すら出せなくなり、ルシフェルは完全に沈黙した。頭も腕もダラリと力なく垂れ、ピクリとも動かない。

 ルシフェルが沈黙したのを確認すると、少女天使は背中の翼を大きく広げ、強く羽ばたいて夜空へと飛び去って行った。


 美しい白い羽が、季節外れの雪のように舞い散っていく。


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