第八十一話 いつか改める日
「そんな……! 半年……?」
ソウマは既に絶句しっ放しだったが、まさかの余命宣告にさらに絶句した。
「マジかよ……。あの……ガリアドネ様? この傷ってもう治す事は出来ないんですか?」
ケンタはおずおずと尋ねた。
「我々悪魔にはどうする事も出来ません。悪魔の魔法は他者を傷付ける事は出来ても、その傷を癒す技術は持ち合わせていません。」
「そんな……。」
ケンタは悲痛な表情を浮かべた。
「ですが御安心下さい。手はあります。」
「え!?」
ガリアドネの言葉に、思わずケンタは顔を上げた。
「天使だけが作る事の出来る、秘薬というものが存在します。その秘薬を使えば、この呪いの傷を治す事が出来ます。」
「本当ですか!? なるほど……秘薬か……。」
ケンタは希望が出てきて笑顔を浮かべた。
「グリティエの教則本に普通に書いてある事だからな? お前、勉強さぼり過ぎだぞ?」
リュウは咎めるような視線を送りながらケンタに言ったが、すぐに表情を切り替えた。
「ま、そんなこたぁ今はどうでもいいや。とにかく俺達がやるべき事は、今すぐアルロアに行く事だ。」
リュウは腕組みしながらケンタに言った。
話を聞いていたガリアドネも頷いた。
「リュウ君の仰る通りです。アルロア天使国はここベオグルフを南西に進んだ先、このライオラ大陸の最南端にあります。馬を走らせれば、半日ほどでバロアとアルロアの国境に辿り着くはずです。馬はこちらからお貸ししましょう。」
「了解っす。そうと決まりゃ、さっさと行こうぜ。ベリミットとバロアの国際問題を考えるのはその後だ。」
言うが早いか、リュウはさっさと荷物を纏め、勢いよく部屋を出ていった。
「アイツの行動力だけは見習わないとな。」
ケンタはしみじみとしながら言った。
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バロア悪魔国の王都、ベオグルフ。
その都を囲う山々の山頂で、ソウマ達一行はガリアドネ達と向かい合うように立っていた。
クロキは胸の辺りを押さえ、ケンタの肩を借りてなんとか立っていた。
「アルロア天使国には、天使達によって組織された国境警備隊という部隊が存在します。警備隊は常にバロアとの国境を監視しており、我々悪魔達の侵入を一切許しません。ですが、彼らは人間達には友好的ですから、あなた方に危害を加えてくる事はないでしょう。旅の御武運を祈ります。」
ガリアドネはソウマにお辞儀しながら言った。
「分かりました。ありがとうございます。」
ソウマは礼を言った。
「ホムラの皆の事は頼みますよ。アイツらの無事が約束されないと、俺らがここまで来た意味、無くなっちまうんで。」
ケンタは横から話に割って入った。
「ええ、勿論です。すぐにという訳にはいきませんが、いずれ必ず釈放させます。」
ガリアドネはケンタのほうを見ながら言った。
「宜しくお願いします。俺らは今日聞いた事を話して、ホムラ皆の考えを改めさせます。」
ケンタは頭を下げた。
「おい、ちょっと待て。」
リュウは納得いかないといった表情で口を挟んだ。
ケンタは「ん?」とリュウに顔を向けたが、リュウはケンタを無視し、ガリアドネに対して話し始めた。
「俺らの事はあっさり見逃す訳っすよね? なのになんでアイツらは釈放出来ないんすか?」
「申し訳ありません。ですが彼らの事は、既に国内に情報を広めてしまっています。突然釈放してしまっては、裏で何か取引があったと勘付かれてしまいます。時間は掛かってしまいますが、必ず皆さんの友人方は釈放するので、どうかお許し下さい。」
ガリアドネは深々と頭を下げた。
「本当っすか? その言葉、信じていいんすね?」
リュウは元々きつい目つきをさらにきつくしながらガリアドネを見た。
「はい、勿論です。」
ガリアドネは真剣な眼差しで頷いた。
「それが本心で言ってる言葉なのか、俺達には確かめる術がねぇ。今の言葉が本心だっていう根拠、ここで示せますか?」
リュウは尚も詰め寄った。
「それは……」
ガリアドネは口ごもった。
「おい、よせリュウ。俺達だって本来なら死刑の所を、こうやって見逃してもらってんだ。信用する理由なんて、それで十分だろ。」
ケンタはきつめにリュウを咎めた。
しかしリュウは一歩も引かない。
「ここは一番大事なトコだ。それに相手は悪魔だぞ? ちょっと優しくされたからって、簡単に心を許してんじゃねえ。こいつらとのいざこざで、これまで何人死んだと思ってやがる?」
リュウの顔は鬼気迫るものだった。
その気迫に、ケンタは思わず怯んだ。
「う……そりゃ、そうだけど……。」
ケンタは口ごもった。
「!」
それまで腕組みをして、黙って話を聞いていたグリムロが突如ガリアドネの前に進み出たので、ケンタ達は驚いて振り返った。
「お前達は一方的な思い込みで女王陛下の暗殺を企て、さらにその仲間を助けるためにこの国に不法入国し、そして警備に当たった多くの同胞を手に掛けた。お前達人間こそ、信用ならない危険な種族だ。」
グリムロは二.四メートル近い圧倒的な体格でリュウを威圧した。
リュウはその威圧にも負けず、グリムロを見上げて激しい睨み合いをした。
(一方的な思い込み……? はっ! そうだ!)
ケンタは何かを思い出し、再びガリアドネに話し掛けた。
「あの……女王陛下……。失礼を承知で聞きたい事があるんですけど、いいですか?」
ケンタはおずおずと聞いた。
「ええ、なんなりと。」
ガリアドネは快諾した。
「ありがとうございます。それじゃあ、あの……陛下は何か……その……人間に恨みとかって、持ってたりしますか? それか昔、恨みを持っていたとか……。」
ケンタはかなり言い辛そうにしながらも、なんとか言い切った。
ガリアドネは不思議そうな顔をした。
「恨み? ……いいえ、人間に恨みなど持った事はありません。私は昔も今も、悪魔と人間が友好関係であり続ける事を願っています。」
ガリアドネはニコリと微笑を浮かべながら言った。
「そうっすか……分かりました……。」
ケンタはどこか納得したような顔をすると、リュウのほうを見た。
「それが聞ければ俺は十分だ。ほらリュウ。お前ももうその辺にしとけって。」
ケンタはリュウの肩を叩いた。
「待て。俺も最後に言っとく事がある。」
「手短にしてくれよ……。」
ケンタは祈るように呟きながらリュウの後ろに下がった。
リュウはグリムロを真っ直ぐ睨んだ。
「てめぇ、グリムロとか言ったな? それからロイドにレビアト。」
「んお?」
ロイドは鼻をほじっていたが、不意に名前を呼ばれて変な声を出した。
「女王陛下が謝ったんだから、てめえらもソウマに謝れよ。ソウマの友達を殺したんだからよ。」
リュウの声には静かな怒りが込められていた。
「陛下の命令に従ったまでだ。お前達に許しを乞う必要などない。」
グリムロは低い声で淡々と反論した。
リュウのこめかみがピクリと動く。
「なんだ? 悪いのは女王様で、俺達は何も悪くありませんってか? 女王様の命令がそんなに大事かよ? おい?」
「陛下の命令は絶対だ。規律で定められている。」
グリムロは尚も淡々と反論する。
「規律だぁ? 命よりも優先して守る決まりなんてある訳ねえだろ? 下らねえ。」
リュウは吐き捨てるように言った。
「黙れ。規律以上に守るべきものなどない。」
グリムロはここで初めて、言葉に静かな怒りを込めた。
「大勢死んだんだぞ? 少しは申し訳ない気持ちとかねえのかよ!?」
「生きるため、当然の事をしただけだ。弁明など必要ない。」
「てめえ……!」
リュウはグリムロに殴り掛かろうとした。
その手をソウマが掴んで止める。
ソウマに止められ、リュウは黙ってソウマの後ろに引き下がった。
代わりにソウマがグリムロの前に出る。
「グリムロ。僕は女王陛下の事を許したし、グリムロの事も許すよ。生きるために命を奪う事は、僕も仕方の無い犠牲だと思ってるから。でも、一つだけ言っておく。命を奪う事に対して、何も感じなくて良いと思っているのなら、その考えはいつか改めなきゃいけなくなる日が来るよ。」
ソウマはグリムロを真っ直ぐに見つめながら、はっきりとした口調で言った。
「たかが十五年しか生きてねぇクソガキが生意気言うな。こちとら三百年以上生きてんだぞ――」
ロイドはグリムロの後ろから顔を覗かせ、ソウマに食って掛かった。が、グリムロに腕で制され、ロイドはすぐに黙った。
「これ以上話す事は無い。消えろ。次にバロアの領土を侵す事があれば、その時は容赦しない。」
グリムロは浴びせるように言うと、レビアトのほうに顔を向けた。
「俺は都の警備に戻る。陛下、では。」
グリムロはガリアドネに軽くお辞儀をすると、翼を広げて飛び去って行った。
「あ! ちょっと待て、グリムロ! 俺を置いてくな! 俺飛べねえんだぞ!?」
ロイドは慌てて走り出し、グリムロを追いかけていった。
山を下山していくロイドから視線を外し、ソウマはガリアドネと顔を見合わせた。
「人間と悪魔が分かり合えるようになるには、まだ時間が掛かりそうですね……。」
ソウマは達観したような口調で言った。
「ええ、そのようですね。でも私とソウマ君は、なんだか分かり合えそうな気がしますね。ソウマ君は本当に優しい男の子です。」
ガリアドネはそう言うと、優しくソウマの頭を撫でた。
突然撫でられてソウマは驚いたが、すぐに受け入れ、顔を赤らめた。
やがてガリアドネとレビアトも飛び去って居なくなり、残されたソウマ達六人は秘薬を手に入れるため、アルロア天使国への移動を開始した。