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アナザーズ・ストーリー  作者: 武田悠希
第四章 継承される加護編
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第七十九話 和解

 ガリアドネが話し終わった瞬間、ソウマは体が底無しの穴に落ちていくような感覚に襲われた。全身の力が一気に抜けていき、椅子からずり落ちそうになる。


「ソウマ? 大丈夫か?」


 ケンタがソウマの様子に気付いて声を掛けた。


「う、うん……。大丈夫……。」


 ソウマは腕で体を支え、なんとか態勢を直した。

 そんなソウマを、ガリアドネは哀れみと贖罪の表情で見つめていた。


「今お話した事が全てです。受け止めきるにはあまりにも重い話ですが……全て真実です。」


 ガリアドネはそう言うと静かに俯いた。


「それじゃあ……僕の友達は……学校の皆は……悪魔達に食べられるために犠牲になった……そういう事ですか……?」


 ソウマは震える声でたどたどしく尋ねた。


「ええ、そうです。」


 ガリアドネは静かに答えた。


「じゃあ……悪魔達は生きるために仕方無くやった……仕方の無い事だった……そうですよね?」


 ソウマは自分に言い聞かせるように言った。


「最初に申し上げた通りです。全ての責任は私にあります。国民からの圧力に屈することなく、ベリミット国との関係を守るのだという毅然とした態度を貫いていれば、このような事にはなっていません。全ての非は、殺戮を命じた私にあります。」


 ガリアドネはソウマの質問に対し、首を横に振りながら答えた。

 ガリアドネの言葉を聞き、ソウマは頭を抱えだした。


「そんな……女王様の所為になんて……だって……陛下は国民の意見を聞いただけ……陛下の事は……責められないです……。」


 ソウマは何かと葛藤するかのように苦しそうに声を絞り出した。頭を抱える腕に力が入り、腕の血管が僅かに浮き出る。

 そんなソウマの様子を見かね、隣に座っていたクロキは、ソウマの背中を優しく撫でた。


(ソウマ君……君の気持ちは痛い程分かるよ……。悪魔に友人達を殺され、その悪魔に指示を出した女王が今、目の前に居る。本来なら女王を叱責したいところだろう。或いは掴み掛かって痛い思いをさせてやりたいとさえ、思っていたかもしれない。しかしその女王の口から、はっきりと謝罪の言葉を受けてしまった。その一言で、これまで抱いていた悪魔への怒りや憎しみ、それら全ての感情を心の奥に仕舞わざるを得なくなってしまった。しかし一方で、そのたった一言の謝罪で、亡くなった友人達の事を、あの悲劇を、無かった事にして良いのかという気持ちもある。十五歳で背負うには、あまりにも重い……。)


 深い哀れみの表情でソウマを見ていたクロキは、やがて女王のほうに向き直り、ゆっくりと手を挙げた。


「女王陛下。私から発言をしても宜しいでしょうか?」


 クロキはかしこまった口調でガリアドネに話し掛けた。


「ええ、なんなりと。」


「ありがとうございます。」


 クロキは礼を言うと手を下ろし、そこで一呼吸置いた。


「私はグリティエ国の出身です。そして、隣に居る彼も。グリティエもベリミット程ではないですが、悪魔達の襲撃によって多くの人間が犠牲となってきました。その中には軍人だった時の私の仲間や、彼の友人も含まれています。しかし、それら悪魔の起こした事件を、一方的に非難するつもりはありません。グリティエ軍も国の防衛のため、そして時には復讐のため、多くの悪魔の命を奪ってきましたから。」


 リュウは時折、眉間に皺を寄せながらクロキの話を聞いていた。

 そんなリュウの様子をクロキはチラッと横目で見て、すぐに視線をガリアドネに戻した。そして再び口を開く。


「つまりはお互い様だ、という事です。誰が悪いという事ではなく。今生きている者同士で、一体誰が悪いのか、誰に責任があるのかと言い合いをしても不毛ですし、亡くなった人々は帰ってきません。陛下は自身に責任があると仰っていましたが、ここで我々が陛下の責任を追及する事に意味はありません、それにそもそも私には、陛下に責任があるとは思えませんでした。王の役割は国民の意見をまとめ、意思決定を下す事であり、陛下は国王として、自身の責務を全うしただけです。根本の原因は、ベリミットの国力が落ちた事にあります。ベリミットの国力の低下がバロア国の食糧難を招き、その結果人間達が襲われるようになった……。つまり今ベリミットとバロアの間で起きている事は誰か個人が悪いという事ではなく、成り行きで起こるべくして起きてしまった事、そう結論付けられるはずです。」


「しかし……」


 クロキにフォローされても、ガリアドネはまだ納得出来ない様子だった。


「陛下の権力を持ってしても、防ぐ事は出来なかったでしょう。ただセントクレア襲撃に関しては、いささか決断が早過ぎたようにも思えるのですが、この点は如何いかがですか?」


 クロキはガリアドネの話で気になった点を指摘した。


「襲撃を決行する前、ギアス国王とは何度か会談をしました。会談の中で私達はギアス殿に対し、このまま食料滞納が続けばセントクレアを襲う事になる、と警告を与えました。当然ギアス殿からは作戦を中止するよう言われ、ベリミットの国力が回復するまで待つよう頼まれました。しかしこの二十年の間にベリミットの国力が回復する兆しは無く、我が国の食糧難は限界に達していました。なので、襲撃を強行したのです。」


「そうだったのですか……。ではやはり、今回の出来事に関して陛下に責任を追及する事は出来ませんね。」


 クロキは軽く首を横に振りながら言った。


「……。」


 ガリアドネは口をキュッと結び、黙り込んでいた。

 その時、今まで頭を抱えていたソウマがゆっくりと顔を上げた。


「クロキさんの……言う通りだと思います……。」


 ソウマの顔は酷くやつれ、声は弱々しかった。


「ソウマ?」


 ケンタはソウマの様子を心配そうに覗き込んだ。

 しかしケンタの気遣いには反応せず、ソウマは話を続けた。


「今ここで誰かを責めてもしょうがないです。事の発端はベリミットの食料滞納ですから、そこをどうすれば改善出来るのかを、考えるべきだと思います。このままだと、悪魔は人間を襲い続ける事になりますから……。」


 ソウマの話を、ガリアドネは静かに聞いていた。

 ソウマは話を続けた。


「どうすれば解決出来るのか、僕には分かりません……。でも、陛下を責めても何も解決しない事だけは分かります……。陛下は自分一人で責任を背負おうとしていますが、どうかこれ以上、自分を責めないで下さい。もしどうしても自分を許せないのでしたら……僕が陛下を許しますから。」


 ソウマの言葉を聞いて、ガリアドネはハッとした。それまでずっと申し訳なさそうに縮こまり、俯きがちだった表情に、初めて微笑が浮かぶ。


「……ありがとうございます。ソウマ君の今の言葉、私の心に深く染み渡りました。少し心が救われた気がします。」


 ガリアドネは深々とお辞儀をした。

 その様子を見て、ソウマもようやく笑顔を見せた。

 しかしガリアドネはすぐにその微笑を引っ込めた。


「ですが、セントクレアは始まりに過ぎません。バロア国民を救うため、我々バロア国政府はこれから先もベリミットの各地を襲撃し、人間達を狩猟し続ける事になります。これはバロア国民全体の意思であり、もう誰にも止められません。私の力を持ってしても……。」


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