第七十八話 惨劇へと繋がる物語
ソウマ一行、そしてガリアドネ率いる悪魔達は、王宮の応接室に集まって着席していた。
部屋は玉座のあった広間と同じように、明かりは蝋燭だけで薄暗く、寂れた雰囲気が漂っていた。部屋の真ん中には石造りのテーブルが置かれ、そのテーブルの片側にソウマ達六人が座り、反対側に悪魔達が座っていた。
ガリアドネとソウマが向かい合うように座り、その両脇にそれぞれ残りの面子が座っていた。
悪魔達の面子は女王ガリアドネ、グリムロ、ロイド、レビアトの四人。
ガリアドネは両手を膝に置いて背筋を伸ばして座っていた。
グリムロは腕組みをしながら座り、ロイドは両手を頭の後ろで組んでダラダラしながら座り、レビアトは面接中の就活生のように姿勢良く座っていた。
一方人間側は、優雅な笑みを浮かべるルシフェル以外、みな緊張した面持ちで、これからどんな話をされるのかと身構えていた。
部屋の中は静寂に包まれていた。余計な口を挟むまいと誰もが口をつぐみ、ガリアドネが喋り出すのを待つ。
ガリアドネはゆっくりとソウマに視線を移し、そして口を開いた。
「それではお話します。どうして悪魔が人を襲うようになったのか、どうしてソウマ君達の人生を狂わせる事になってしまったのかを。」
ガリアドネはそこで一度言葉を切り、そして再び口を開いた。
「話は今から約八百年前まで遡ります。当時、我が国バロア悪魔国の悪魔達は人間達を食料とみなし、狩猟して生きていました。特に標的とされていたのはあなた方の国、ベリミット人間国の国民達です。ベリミット国はグリティエやガレスと違い、対悪魔用の魔法が存在しません。ですから、悪魔達にとっては格好の標的でした。この状況を食い止めるため、当時のベリミット国の国王はバロア国に対し、ある提案をしました。それはベリミット国がバロア国に毎年食料を送り、その代わりにバロア国はこれ以上ベリミット国の人間を襲わない事を約束しろ、というものでした。これがのちに結ばれる事になるベリミット安全保障条約です。当時の悪魔達にとって、人間を狩猟する事は決して楽な事ではありませんでした。魔法に長けた人間に出くわせば、悪魔が返り討ちに遭う場合もあります。なので、リスク無く食料が手に入るこの条約は、我が国にとっても大きなメリットをもたらすものでした。長い交渉の末、我が国とベリミット国は条約を結ぶ事になり、バロア国はベリミット国の人間を襲わない事を約束しました。さらにバロア軍の警備隊をベリミット国へ派遣し、ベリミット国の平和を守る事を約束しました。一見すると我が国の軍事力を無駄に割いているようにも見えますが、これには明確な狙いがありました。バロア国の軍事力をベリミット国に貸せば、ベリミット国は防衛費にコストを割かなくて済み、農業や畜産業等の一次産業にコストを集中させる事が出来ます。そうすれば毎年安定して食料が手に入り、バロア国への食料供給も安定します。このように多少歪ではありましたが、互いの利害関係は一致し、人間と悪魔双方は条約をきちんと守り、以降八百年間という長きに渡り、両国では平和な時代が続く事になりました。ですが二十年ほど前から、この安保条約に綻びが生じ始めました。ベリミット国が食料供給を滞納するようになったのです。」
食料滞納の話になるとリュウはピクリと反応し、したり顔でケンタのほうをチラリと見た。
ガリアドネはリュウの事は気にせず話を続けた。
「原因は恐らく、ベリミット国の国力が低下したからでしょう。食料供給が滞り始めた事で、我が国は忽ち食料不足に陥りました。国民達は飢餓に苦しむ事になり、そしてとうとう条約を破り、人間達を襲う悪魔が現れ始めました。ベリミット国の人間達を、そして隣国のグリティエ国の人間達を無差別に襲い、空腹を満たすために、その肉を食べたのです。」
「ほれみろ? 俺の言った通りだろ?」
リュウはドヤ顔でケンタに囁いた。
「分かった分かった。」
ケンタは鬱陶しそうにリュウを軽くあしらい、すぐにガリアドネのほうに顔を向けた。
「陛下。一つ聞かせて下さい。エミリの妹やユキオさんの両親は……て、言っても分かんねえか……。とにかく俺の知り合いは皆、家族や友人を悪魔に殺されてるんです。そいつらもその、飢えに苦しむ悪魔達に殺されたって事ですか?」
「恐らくそうだと思います。悪魔が人間を襲う理由は、他に考えられません。」
ガリアドネは申し訳無さそうにしながら答えた。
「そう……ですか……。」
ケンタは何か悟ったように言いながら天井を仰いだ。
そんなケンタに気遣いの視線を送りつつ、ガリアドネは話を再開した。
「人間を襲う悪魔が現れ始めた一方、悪魔の中には人間との共存を第一に考え、人間達に危害を加えてはならないと考える者もいました。悪魔達が人間を襲えば、ベリミット国の国力は増々低下してしまう。今は空腹を耐え凌ぎ、ベリミット国の国力が回復するのを待つべきだ、と。私もそれが最善と考え、人間達を襲わないよう国中の悪魔達に呼び掛けてきました。しかしベリミット国の国力は回復しないまま、バロア国の食料危機だけが進んでいきました。次第に人間を擁護する悪魔はいなくなり、条約を守らないベリミット国の人間など食い殺してしまえばよい、という世論へと変わっていってしまったのです。そして悪魔達の怒りの矛先は、やがて私に向けられるようになりました。いつまでも人間の味方をし、擁護しようとする私へと批判が集中したのです。それでも私はベリミット国を信じ、国の食料問題は見て見ぬふりを続けてきました。その結果、各地で暴動や紛争が起き、国は荒れました。私は荒れ狂う国民達に恐怖し、怯え、そしてとうとう自分の信念を曲げてしまいました。ベリミット国を守る事を止め、逆に政府主体となって人間達を襲い、この食糧危機を乗り切るべきなのだと、国民に流される形で、意見をまるっきり変えてしまったのです。そして私は、ここにいるバロア悪魔軍の第一師団に命じました。ベリミット国の人間達を襲い、食料として持ち帰るようにと。団長であるフェゴールの指揮の元、作戦が立案され、襲撃する場所はなるべく移動距離が短くなるようバロア国との国境に近い町で、目標地点を見失う心配が無いよう周囲に障害物が無く、出来れば小高い丘に建てられている、なるべく大きな建物が理想、という事になりました。そこで選ばれたのが、ソウマ君の通っていたセントクレア魔法学校でした。」