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アナザーズ・ストーリー  作者: 武田悠希
第四章 継承される加護編
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第七十五話 掠り傷

ルシフェルがバロア牢獄の中を突き進んでいた丁度その頃、岩山の山頂ではグリムロがソウマを上から覗き込んでいた。

ソウマは地面に仰向けに横たわり、白目を剥いて気絶していた。

グリムロは気絶しているソウマに覆い被さるように屈み込み、ソウマの顔をじっと見つめた。


「お前は……」


グリムロはソウマの顔を見て、セントクレア魔法学校での出来事を思い出した。

あの日セントクレアで、赤髪の少年が自分の右足を掴んできた事を。その少年を、自身の指先一つで気絶させた事を。

グリムロが過去を回想していたその時、横たわったままでいたソウマに動きが見られた。ソウマは気絶しているにも関わらず、本能で、或いは無意識の中で、ゆっくりと起き上がろうとしていた。

グリムロはそんなソウマを観察していたが、やがて右足をソウマの上半身に乗せると強く踏み込んだ。


「がはっ!」


ズンッと言う鈍い音と共にソウマは再び地面に叩き付けられ、声にならない呻き声を漏らした。


「ソウマ君……!」


カレンは両手で口元を覆い、その様子に絶句した。

グリムロはカレンの声には一切構わず、視線をソウマに集中させた。右足をソウマの体に乗せたまま、石像のように無表情な顔をズイッとソウマに寄せ、そして口を開く。


「復讐のために、ここまで辿り着いたか。だがお前の力では、俺に掠り傷一つ付ける事はできん。」


グリムロは無表情な顔で威圧するようにしながら、冷淡な声でソウマに言った。

しかし白目を剥くソウマは反応を示さない。

グリムロはそんなソウマをじっと見下ろし続け、その間ロイドは暇そうに地面を足で蹴っていた。

そのまま時間だけが過ぎていくかに見えたその時――。


ソウマの右手がピクリと動いた。

グリムロは視線だけ動かしてその挙動を見る。

ソウマの右手は弱々しく震えながらも、ゆっくりとグリムロの顔まで上がっていった。手の平がゆっくりと広がり、そして指に力を込め始める。すると手の平からチリチリと火花が出始めた。

ソウマは依然として気絶したままだったが、火花は少しずつ成長して火の粉になり、そして火の玉くらいの大きさになった。そしてその火の玉は一点に凝縮していき、小さな一本の剣のような形になった。

剣は針のように小さく、形もいびつだった。しかしこれまでソウマが放ってきた火の魔法とは明らかに輝きが違っていた。白く輝くその剣はこれまでの火よりも遥かに高温で、恐らく数千度は下らない。クロキが放つ魔法と比較すると威力はゼロに等しいが、その輝きはクロキのそれと何ら遜色は無かった。

ソウマの右手の人差し指がピクリと動き、それを合図に炎の針は指先から放たれた。グリムロの左の頬を掠り、そしてすぐに煙となって消えていく。

グリムロは掠り傷が出来ても一切反応を示さなかった。石像のように固まり、ソウマを見下ろし続ける。

頬の掠り傷からは少しずつ血が滲み始め、傷口に血が溜まっていく。やがて血は表面張力で支えきれなくなり、ゆっくりと垂れてグリムロの顎の辺りまで流れた。

グリムロの顎に血が溜まり始め、やがて顎に溜まった血は一滴の雫となってポタリと落ちた。血はソウマの口元に落ち、そして口の中へ流れ込んでいく。


「グリムロさ~ん、お取込み中のところいいっすかぁ?」


グリムロの背後で暇を持て余していたロイドはとうとう痺れを切らし、砕けた口調でグリムロに話し掛けた。

ロイドの声に反応し、グリムロはゆっくりと振り返った。


「こいつら、どうするよ? 処分していいのか?」


ロイドは足元に倒れているクロキや、遠くで座り込むカレンに視線を向けながら尋ねた。

クロキは激痛に耐えかねてか、気を失っていた。


「まあ俺としてはさぁ、こんな楽しい戦い久しぶりだったからよ。このまま殺しちまうのは勿体ないかな~、なんて――」


「殺せ。」


ロイドの話を遮るようにグリムロは答えた。


「はやっ! 即決だな! 大丈夫なのか? 人間殺すのってなんかこう、申請書とか書いて許可貰わないと駄目なんじゃねえの?」


ロイドはグリムロの即断に驚いた。

グリムロはロイドの質問には答えず、自分の周囲に積もっている黒い砂に目線をやった。

その黒い砂は、クロキに殺された悪魔達の死体が砂に変わったものだった。

グリムロは手を伸ばすとその砂を一掴みし、握った手を額の辺りに持っていった。祈りを捧げるように目を閉じ、たっぷりと間を取る。やがて目を開けると、握っていた手を軽く開いた。指の隙間から砂が零れる。

グリムロは手から零れていく砂を見つめながら口を開いた。


「多くの同胞が殺された。ここに居る人間達は、その報復として処分する。これは規律第八百六十五条に明記されている。問題は無い」


「へ~、そんな法律あんのか。さっき適当に『正当防衛で殺しちまえ』なんて言ったけど、合ってたのか、あれ。……ん?」


ロイドは自分で自分に感心していたが、グリムロがソウマを肩に担いだのに気付き、視線をそちらに向けた。


「そいつも殺すのか?」


ロイドは肩に担がれるソウマを見ながら尋ねた。


「この人間は女王陛下が欲している。この少年は生かして陛下の元まで届ける。他は殺せ。」


グリムロは無機質な口調で答えた。


「あいよ。」


ロイドはグリムロの返事を聞くと、足元のクロキに視線を移した。


「わりぃけど、副団長の命令なんでな。クロキ……とか言ったかな? 楽しかったぜ。」


ロイドはクロキの倒れている場所に屈み込むと、名残り惜しそうにそう言いながら巨大な拳を構えた。


一方グリムロは、地面にへたり込んでいるカレンの元に向かって歩いた。

カレンは気を失っているケンタとリュウを膝に抱え、震えながら両手を構えていた。


「こ、来ないで下さい!」


カレンの声は恐怖に震えていた。顔は青ざめ、目尻には涙が溜まっている。

しかしカレンの懇願には一切聞く耳を持たず、グリムロは容赦無く近付いてきた。

カレンは震える手でなんとか風の魔法を発動させると、風の刃をグリムロに向かって放った。

無数の刃は真っ直ぐ飛んでいき、グリムロに直撃した。しかしグリムロの体は一切傷付かず、グリムロ本人も全く痛がる素振りを見せないまま歩き続けた。


(そんな……全然効かない……! も、もう一度……!)


カレンは再び風の魔法を発動させた。

今度はたっぷり時間を掛け、生み出した風の刃の風速を増大させていく。そして再び刃を発射。

しかしグリムロは翼を一回羽ばたかせ、その刃を消し飛ばした。


(嘘……!? 性質変化が足りてないの……? も、もっと性質変化を高めないと……!)


カレンは目に一杯の涙を溜めながら、三度みたび魔法を発動させた。

カレンは魔法で造り出した風の刃に視線を集中させ、刃を先程より鋭く、より風速を大きくしていく。

風の刃の中を空気が高速で循環していき、周囲に金属音にも似た鋭い音が響く。

カレンは腕を振り被り、その風の刃を飛ばした。

刃は強風を撒き散らし、その強風は地面を抉ってブレード状の傷が出来た。刃は地面を傷付けながら、グリムロに向かって真っ直ぐ飛んでいった。

グリムロは右手を上げて闇の魔法を発動させた。小さな紫の霧を生み出すと、スライムのように蠢いてカレンの刃を飲み込む。

刃はあっという間に消滅し、役目を終えた霧は雲散霧消して消え去った。

カレンはあっさりと刃を防がれた事に愕然とするが、めげずに魔法を繰り出し続けた。しかし魔法を出すカレンの顔には、どんどん焦りと恐怖が色濃く表れ始めていた。

そしてカレンの表情が崩れていくと共に、次第に魔法が出なくなっていった。刃は少しずつ風速を失い、やがて形を失い、ついにはただのそよ風になって消えた。

カレンは激しく動悸し、そして荒い呼吸を繰り返した。魔法が出なくなった両手を前方に構えたまま固まり、その場に佇む事しか出来ない。そしてカレンが成すすべ無くなった、その時――。


「!」


カレンの顔に影が差し、カレンは驚いて顔を上げた。

目の前にグリムロが立っていた。二メートルを優に超える巨体がカレンを冷酷に見下ろす。

カレンは唇を震わせながらグリムロを見上げた。自分に死をもたらそうとする圧倒的恐怖を目の前にして、カレンの涙腺はとうとう決壊し、涙が静かに頬を伝った。

しかしグリムロは容赦無くカレン殺害の準備を始めた。右手の拳を握り、カレンを殴り殺そうと構える。


一方のロイドも自身の巨大な手をグーに握り、クロキを殴り殺すために腰を低く構えた。

グリムロとロイド、両者の拳が振り下ろされ、カレンとクロキに死の拳が迫る。その時――。


「そこまでです!」


遠くで声がした。

その声に反応してグリムロとロイドは拳を止め、声のしたほうを振り返った。

二人が振り返った先、そこには青い雪男のような悪魔、レビアトが立っていた。


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