第七十二話 ロイドの信念
「な……!?」
ケンタはロイドの言葉に思わず息を呑んだ。
カレンはリュウを膝に抱いたまま、どうする事も出来ずただ戦況を見守るしかなかった。
クロキは飽くまでも冷静なまま静かにロイドを見つめ、そして口を開いた。
「どういう事です?」
「何度も言わせんな。死ね。今ここで。」
ロイドは握りしめているソウマをクロキに見せつけるようにしながら言った。
「私が死んだ後、その子達をどうするつもりです?」
「牢獄に入ってもらう。バロアに勝手に入った罪があるからな。でも刑期が終わりゃ、無事に釈放だ。」
ロイドはクロキの質問に答えた。
「クロキさん! こんな見え見えの嘘、信じちゃ駄目っすよ! さっきだって俺達の事を平気で殺そうとしたんだ! どうせ俺達の事を始末する事しか考えてない! クロキさんが無駄死にするだけっす!」
ケンタは声の限り叫び、クロキに警告を発した。
「意地きたねぇ人間共と一緒にすんな。俺は一度言った事は曲げねぇ。」
ロイドの言葉を静かに聞いていたクロキは、やがてゆっくりと右手を構えて炎の剣を生み出した。自身の首元にゆっくりと剣を持っていく。
ロイドはその様子を見てニヤリと笑った。
「クロキさん……。」
ケンタはクロキの行動をただ見守るしかなかった。
クロキはロイドの死角になっている所で別の作業を始めていた。左の手の平をロイドに見えないようにし、その手の平から細い紐のような形の炎を伸ばしていった。ロイドにバレないよう自分の体で隠しながら、紐状の炎をスルスルと地面に向かって伸ばしく。やがて炎は地面に到達し、音もなく地面を溶解させながら、地中へ潜っていった。
クロキは紐状の炎を伸ばす時間を稼ぐためか、ゆっくりと炎の剣を首に近付けていた。
「おせぇ! さっさとしろ!」
ロイドはクロキの行動が遅い事に苛立ち、右手で掴んでいるソウマを乱暴に振り回しながら怒鳴った。
「ぐっ……!」
ソウマを握るロイドの手に力が増し、ソウマは思わず呻いた。
ソウマは自身を掴むロイドの腕に爪を立て、必死に藻掻いてロイドの手の平からなんとか顔を出した。
「はあ……はあ……お前……いい加減にしろ……!」
ソウマは必死の形相で右手を構え、
(悪いイメージを振り払え……! 集中するんだ! 頼む! 出てくれ!)
と、心の中で叫びながら右手を振りかざした。
すると先程まで出なかった火属性の魔法がようやく手の平から発動した。
手の平からサッカーボールほどの大きさの火の玉を出し、それがロイドを覆う闇の鎧を舐める。
しかしロイドは熱がりも痛がりもせず、無表情でソウマを見ていた。
「おめぇ……よくそんなんでこの国に入ったな。」
ロイドは驚きとも呆れともとれる口調で呟いた。
ソウマはロイドの言葉に何も返さず、ただ歯を食いしばりながら火を当て続けた。
「そんな火力じゃ熱くもなんともねぇぞ?」
ロイドの口調は冷淡だった。
ソウマはロイドの言葉により一層表情を険しくし、今度は炎を短剣の形にした。腕を振り下ろし、その炎の短剣をロイドの腕に突き立てる。
しかし短剣は容易く弾かれた。ロイドの腕は傷一つ付かない。
「いやだから……形を変えりゃいいとかそういう問題じゃなくてよぉ……。」
ロイドは弾き飛ばされた炎の短剣をキャッチし、自身の胸にそれを突き立てた。
「火力が足んねぇって言ってんだ! か! りょ! く! が!」
ロイドは言葉を一文字ずつ切りながら怒鳴り、言葉のリズムに合わせて短剣を何度も胸に突き立てた。
ロイドの皮膚は短剣を突き立てられても少しもダメージを負わず、傷一つ、そして火傷一つ負っていなかった。
「たく……。」
ロイドは呆れながら呟き、短剣を握り潰した。
「ぐっ……!」
ソウマは悔しさから声にならない呻き声を上げた。
(そんな事……言われなくても……分かってる……! クロキさんみたいに性質変化が出来れば……僕だって……!)
ソウマは心の中で自分に言い聞かせながら、頭の中でなんとかイメージを固めようとした。
ソウマの心の中でフラッシュバックのように流れる映像、トラウマの記憶。
(振り払え……! 余計なイメージを……!)
それら過去の記憶を振り払い、一本の剣を想像する。
(イメージ……! 熱が集まっていくイメージ……!)
炎の剣に周囲から熱が集まり、剣の熱が高まっていく様子をイメージする。
やがて――。
「ん?」
ロイドは異変に気付いた。
ソウマが構えている右手から、炎の短剣が再び現れた。短剣は少しずつ輝きを増し、温度が上がっていく。
先程ロイドに握り潰された短剣とは明らかに質が違う。
「てめぇ……。」
ロイドはソウマを睨み、ロイドと目が合ったソウマはニヤリと笑った。
「ふん……。」
ロイドは鼻で笑うと、腕を振り被ってソウマを投げ飛ばした。
「ソウマ!」
ケンタが名前を叫ぶ中、ソウマは地面を何度か跳ねて転がった。
「うっ! がっ! ぐっ!」
地面を跳ねる度にソウマは苦痛の声を上げ、右手で生成した短剣は砕け散った。
ソウマは地面に横たわったまま動かなくなり、ロイドはその様子を眺めていた。
「ロイド、てめぇ……よくも!」
ソウマを傷付けられ、ケンタは激昂した。背中の大剣を抜き、ロイドに切りかかる。
「んん?」
ロイドは呑気な声を上げながらケンタの動きに反応。片足を上げると足裏でケンタの斬撃を受け止めた。
(くそ……! かてぇ……! ……はっ!)
斬撃を押し通そうとするケンタは、自身の危機に気付いた。
ロイドが握り拳を固め、ケンタにその巨大な拳を振るおうと構えていた。
「ちょいと気絶してろよ? ……ん?」
ロイドはターゲットのケンタを見据えていたが、ケンタの背後の様子に気付いて視線を移した。
ケンタの後方ではカレンが魔法を発動させ、風の刃を造り出していた。
(あいつは風か……。性質変化は一応出来るみてぇだが……)
ロイドが見つめる中、カレンは風の刃を研ぎ澄ましていき、その刃をロイドに飛ばした。
刃は真っ直ぐロイドの顔面に飛んだが、ロイドは手で払ってその刃を弾いた。
「威力がまだまだなんだよ……な!」
ロイドは斬撃を受け止めていた足を思い切り振り抜き、ケンタを吹っ飛ばした。
ケンタはカレンの居るほうに飛ばされ、カレンは魔法を中断してケンタを受け止めた。
「きゃっ!」
「ぐふっ!」
カレンの胸の中にケンタが収まる。
「大丈夫? ケンタ君?」
カレンは心配そうにケンタに聞いた。
「いてて……、すまねえ、カレン。」
ケンタは頭を摩りながら謝った。
その様子をロイドはじっと見ていたが、やがてクロキのほうに向き直った。
「性質変化の真似事は出来るみてぇだな。おめぇが教えたのか?」
「ええ、私の教え子です。」
クロキは冷静な声で答えた。ロイドの死角では引き続き紐状の炎を地中に潜らせていく。
「出来損ないだな、どいつもこいつも。魔法を出すスピードも、性質変化の練度も、まるで足りてねえ。同じ性質変化でもお前とアイツらとじゃ、レベルに天地の差がある。」
そう言いながらロイドはゆっくりとソウマの元に歩いていった。
「練習で性質変化がちょっと出来るようになったからって、自分達が強くなったと勘違いしちまったんじゃねえか? だからノコノコとこの国にやって来た。そうだろ? 魔法ってのはな、実戦の混乱の中で出せるようにならねえと意味ねぇんだよ、人間。」
ロイドは地面に転がるソウマを再び掴み上げ、高々と持ち上げた。
ソウマは意識が朦朧とし、ロイドの手の中でぐったりとしていた。
「邪魔が入っちまったが、仕切り直しだ。」
ロイドはクロキに見せつけるようにソウマを突き出した。
「ソ、ソウマ君を離して下さい!」
カレンは風の刃を放った。
無数の風の刃はロイドの腕に命中したが、ロイドの腕は無傷。
ロイドはカレンを一瞥しただけで、すぐにクロキのほうに向き直った。
「そんな……。」
カレンはロイドとの実力差に愕然とした。
「十秒やるよ。ほら、早く死ね。」
ロイドはクロキに命令した。
クロキは再び炎の剣を生み出し、ゆっくりと首元に持っていった。
ロイドはニヤニヤしながらクロキを見つめ、カレンはケンタとリュウを膝に抱えながら固唾を飲んでその光景を見ていた。
その場に居る全員が見守る中、クロキの首に少しずつ炎の剣が迫る。
しかし、あと少しでクロキの首に触れようかという所で、炎の剣はピタリと動きを止めた。
「あ?」
クロキの行動が止まったので、ロイドは怪訝な顔をした。
「皆……」
クロキはポツリと呟き、一度言葉を切った。
一同はただ黙り込み、クロキの次の言葉を待った。
「間に合ったよ。」
クロキはそう言うと、今までロイドの死角で作業していた左手を振るった。