第七十一話 人質
「ふんっ!」
ロイドは気合の掛け声を出し、強引に上半身をよじった。
ブーメラン達は寸での所で躱されていく。しかし一本だけ躱しきれず、ブーメランの先がロイドの脇腹を掠った。脇腹の一部が抉られ、血が迸る。
「ぐぅあぁ!」
ロイドは痛みで吼えたが、なんとか歯を食いしばって耐え、両脇に造りかけていた闇の盾を生成し終えた。
ロイドに迫っていた炎の剣は二本とも盾に防がれ、吸収されていく。
剣を防いだロイドは脇腹を押さえながら落下していった。
「ぐえ!」
ロイドは痛みの所為で受け身を取れず、頭から地面に落下した。
「いてて……。」
ロイドは頭を摩りながら起き上がった。脇腹に軽く触れ、傷の具合を確認する。
(俺様に傷を負わせるとはな。なんて高温だ。)
「おい! 地面の下からコソコソ卑怯だぞ! 出て……来い!」
ロイドは地面を思い切り殴った。
激しい衝撃音と共に地面に深い亀裂、そして地割れが発生し、稲妻のように枝分かれしていく。
クロキは自身の元まで地割れの衝撃が到達する前に素早く行動を開始した。円盤状の炎を造り出して頭上の岩盤を溶かし、一気に地上まで貫通。クロキのいる地下の空間から地上までの脱出経路を造る。
穴からクロキが飛び出し、地上に着地。さらに何度か後方にジャンプし、自身に迫ってくる地割れの波から逃れた。ロイドに背中を向ける形で着地し、ゆっくりと立ち上がってロイドのほうを振り返る。
「!」
クロキは頭上から迫ってくるロイドの姿が目に入った。
ロイドは地面を蹴り上げ、ダイブするようにクロキに襲い掛かった。
クロキは瞬時に態勢を低くし、ロイドの攻撃を躱す。
ロイドの拳は空を切り、クロキの頭上を通過していった。
ロイドは地面に着地。すぐさまクロキの居る方に反転し、再び拳をお見舞いする。それもクロキに紙一重で躱されるが、ロイドは諦めずに拳を振り続ける。
クロキは雨のように降り注ぐ拳をヒラリヒラリと躱していった。
「くっそう! ちょこまかと!」
ロイドは苛立ちを隠せずに悪態をついた。
クロキはロイドの無駄口の隙を突き、火属性の魔法を発動させようとした。
(おっと! 魔法を使う余裕は与えねぇぜぇ?)
ロイドはその巨大な拳をハンマーのように振り下ろした。
クロキは止む無く魔法を中断し、横に跳んで回避した。
ロイドは左フックでクロキを追撃。
その追撃をクロキはステップで躱した。
ロイドがしつこくクロキを追い、クロキがそれを躱していく。その攻防がしばらく続いた。
(このままではジリ貧……。どうするか……。)
クロキはロイドの拳を躱しながら思考を巡らせた。そしてクロキは地面に開いた穴に目をやった。
それは先程、自身の火属性の魔法で開けたものだった。
クロキはステップを踏む足に力を込め、ロイドとの距離を広げていった。
「こら、てめぇ! 逃げんな!」
ロイドも負けじと足に力を込め、広げられた距離を詰めた。
クロキは尚も後退を続け、ロイドはそれに追従していく。
ロイドは拳を振り回すがそれらは全てクロキに躱され、空振って地面を殴った。
「はっ! ゴキブリみてぇに逃げ惑うだけか!? みっともねぇな! 人間さんよ!」
ロイドは憎まれ口を叩きながらクロキに迫った。
クロキはロイドの挑発には乗らず、冷静な表情のまま回避を続けた。
「あーもう! めんどくせぇな! 一気に……詰める!」
ロイドは地面を強く蹴って跳び上がった。クロキの遥か頭上まで跳び上がり、そして一気に降下。両手を握り合わせて一つの拳にし、クロキ目掛けて振り下ろす。
クロキは寸での所で回転回避。
ロイドの拳はまたも空振りして地面に叩き付けられた。
殴られた地面が衝撃で砕け散る。
「ちっ。逃したか。……うお!?」
ロイドが態勢を立て直そうとしたその時。
ロイドの立っている地面がひび割れ、崩れ落ち始めた。
「なんだ!? ……あ!」
ロイドは足元が崩れて落下していく中、周囲を見渡してある事に気付いた。
ロイドの視線の先にはクロキが先程開けた穴があった。
(くそっ! アイツが造った空洞の真上だったか! 殴った所為で崩落しやがった!)
ロイドが気付いた時には時既に遅し。ロイドは崩落に巻き込まれて数メートル下まで落下した。さらに落下したロイドの上に瓦礫が降り注ぎ、ロイドは瓦礫の中に埋まった。
「いって~。よい……しょっと。」
ロイドは逆さの状態で瓦礫に埋まったが、両手に力を込めてなんとか態勢を立て直した。
「ふんっ! ふんっ! ふんっ! ふんっ!」
ロイドは自身の上に降ってきた瓦礫を乱暴にどかしていった。
(ちくしょ~、アイツを一人にしちまった。こんだけ時間を与えちまったら、きっとアイツはどでかい魔法を準備するに――)
ロイドの予感は的中した。
「決まってるよな~。」
瓦礫をどかして外に這い出たロイド。その目に飛び込んできたのは巨大な球体だった。
球体は強烈な光を放ち、薄暗い周囲を明るく照らす。それはまるで、間近に太陽が出現したような光景だった。
そのミニ太陽を造り出したのはクロキだった。クロキは崩落して開いた穴の淵に立ち、穴の底に居るロイドを見下ろしていた。右手を高々と掲げてミニ太陽に魔力を追加していき、ミニ太陽をより大きく成長させていく。
その光景を目の前にして、ロイドは唯々呆気に取られていた。口はポカンと開き、両腕はダラリと下がったまま。
「へっへっへっ……。やっぱすげえな、おめぇは……。」
やがてロイドは口角をゆっくりと上げて不敵な笑みを浮かべ、下げていた両腕をゆっくりと上げた。構えた両手から少しずつ闇属性の魔法を造り出していく。
クロキはその様子をじっと見つめていた。
「お前がフルパワーで来るなら、俺も付き合うぜ。」
ロイドは魔法で生み出した闇の黒い塊を球体に変えた。そしてクロキと張り合う様にドンドン巨大化させていく。
(あの規模じゃ吸収は間に合わねえ。実体化した魔法で物理的に止めるっきゃねえな。)
クロキとロイドの両者は自身の魔法で巨大な球体を成長させていった。お互いに睨み合いながら。
やがて球体は成長が止まり、辺りに一瞬の静寂が訪れる。そして次の瞬間――。
クロキは右腕を振り下ろした。
「うらぁ!」
それに呼応するようにロイドも腕を振るう。
両者が造り出した球体が飛ばされ、そしてぶつかり合う。
激しい轟音、そして衝撃波が辺りを襲った。
「ぐっ!」
「うお!」
ソウマとケンタは腕で衝撃波から顔を守り、カレンは横たわっているリュウを庇おうと上から覆い被さる。
ソウマ達が自分達を守るのに精一杯の中、ぶつかり合った闇の球体と炎の球体は互いに食い合いを始めた。
闇の球体は炎を受け止め、炎の球体は闇を燃やし、溶かしていく。
「ふんぬおおお!」
ロイドは気合の掛け声を飛ばした。
一方クロキは無言。ぶつかり合う球体に集中していた。
炎の燃え盛る音、そして闇の蠢く音、さらにぶつかり合いによって生まれる衝撃波。それらが周囲に拡散していく。
球体同士は互いに食い合いを続けていたが、やがて少しずつ炎の球体が押し始めた。
炎が闇を覆い始め、その勢いを増す。
「ぐぬぬぬぬ……!」
ロイドは歯を食いしばって耐えた。
しかし炎の球体の勢いは収まらない。
クロキがさらに腕に力を込めた事で、炎の球体はさらに激しく燃え上がった。闇の球体を焼き尽くしながらロイドに迫る。
「うおぉぉぉおおお……! くんな! 向こう行け! 行けってば! 嘘でしょ? え? 俺死ぬの?」
焦るロイドを尻目に炎の球体は容赦無く迫った。その熱波がロイドを襲い始める。
炎にぶつかる直前、ロイドは闇の鎧を造って全身を覆った。
その刹那、炎の球体はロイドに衝突。ロイドを飲み込み、さらに周りの地面を一瞬で溶解させながら、地面を滑走していく。
クロキは広げた手の平をその球体にかざし続けていた。そして球体が滑走を終え、停止したのを確認すると、広げていた手の平をグッと握り込んだ。
その瞬間、炎の球体は大爆発を起こした。激しい爆発音、そして爆風と共に周囲に炎の欠片が飛び散る。
「うわっ!」
「ぐっ!」
遠くで見守るソウマ達の元にも爆風と熱波が届いた。手で両目を覆い、熱波から守る。それでも熱はガードを貫き、ソウマ達を襲う。
やがて爆風は収まり、岩山の周囲に静けさが戻った。
「どうなった?」
ケンタはゆっくりと腕を下ろし、辺りの様子を窺った。
爆心地は濛々(もうもう)と煙が上がっていた。
その煙で見え隠れする地面に、ロイドはうつ伏せで倒れていた。全身を覆っていた闇の鎧は所々破壊され、ロイドの地肌が見えていた。何ヵ所か出血も見られる。
「う……ぐ……。」
ロイドは呻き声を上げ、よろめきながら立ち上がった。出血する右腕を庇う。
(くっそが……! 純粋な力勝負でも負けちまった……! アイツ、マジですげぇな……。)
ロイドは歯痒そうにしながらクロキを睨んだ。
(人間の魔法で闇属性の魔法を上回るには性質変化を極める必要があるが……アイツは余裕でそれが出来る……。性質変化をここまで極めてる奴、そういねぇ……。グリティエかガレスの軍人とは思ってたが、そん中でも特にやべぇ集団、グリティエ軍の人間……か? たく、めんどくせぇ……。こうなったら……)
「はっ! 大した魔法だな。こんなつえぇ人間は久しぶりだぜ! だがな――」
ロイドが話している途中だったが、クロキは容赦なく炎の剣を飛ばした。
ロイドは脇に飛んで避け、地面に足を踏ん張って停止。拳を振り上げて怒りを露わにしながらクロキに猛抗議した。
「話してる途中だろうが! たくっ!」
ロイドは地面を強く蹴って瞬時に移動。向かった先はソウマだった。
「うわっ!?」
ソウマは驚いて咄嗟に顔をガードしたがロイドはお構いなし。
ロイドはソウマの上半身を鷲掴みにすると、高々と持ち上げた。
「ソウマ君!」
「おっと! 動くなよ?」
クロキはソウマの身を案じて駆け付けようとしたが、それをロイドが制した。
「くっ!」
クロキは歯痒そうにしながらその場に留まる。
「よぅし……それでいい。」
「彼を離して下さい。」
クロキはロイドに鋭い視線を送りながら言った。
「安心しろ。おめぇが俺の言う事を素直に聞きゃ、殺しはしねぇよ。」
ロイドはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
(何を言い出す気だ?)
ケンタはロイドの笑みに嫌な予感がしていた。
「何が望みですか?」
クロキはロイドに尋ねた。
「なぁに、簡単な事だ。自分で自分の首を切り落とせ。今すぐに。」