第七十話 千切られた翼
ロイドは心底楽しそうにしていた。戦いを心から楽しみ、まるで遊園地に来た少年のようにはしゃぐ。
対照的にクロキは至って冷静。その表情には仲間を守るという静かな信念だけが宿っていた。
しかし状況は徐々にロイドが優勢になっていた。
霧によって一方的に吸収されるため、巨人達は徐々に形を失い、ボロボロと崩れていく。
クロキは巨人を追加で生成するがそれも間に合わず、狼を対処出来なくなっていた。
やがて霧は炎の巨人を完全に吸収し尽くし、クロキの守りは螺旋の炎だけになった。
(行け!)
ロイドの心の中の号令に従い、闇の霧はクロキの元へ迫った。霧は蠢きながら平たい形に変形し、漆黒のカーテンのようにクロキを丸ごと包み込んでいった。
クロキの周辺は深い紫の影で覆われ、ソウマ達からは霧の向こうにクロキのシルエットだけがぼんやりと見える状態になった。
クロキの周囲を守る螺旋の炎は霧によってどんどん吸収されていき、そして完全に消滅した。
(守りは消えたな……。このまま闇の霧で覆っておきゃ魔法は発動出来ねえぜ?)
ロイドの思惑通りだった。
クロキは手を見つめ、魔法を出そうとしたが小さな火しか出ず、その火もすぐ霧に食べ尽くされた。
「オラッ! 行け!」
ロイドの号令で、十頭近くの巨大な狼が一斉に動き出した。
狼達はその巨体を躍動させながら、紫の霧の塊に向かって突っ込んでいった。霧の中で狼達の暴れる音、唸り声が響き、霧の外からは暴れる狼の巨大なシルエットだけが見える。
やがて狼達の動きは止まり、辺りには静寂が訪れた。
ロイドは霧の塊に向かって手をかざし、霧をゆっくりと消滅させていった。
霧は晴れ、内部の様子が明らかになる。
そこに残っていたのは狼達だけ。クロキの姿はどこにも見えない。
「クロキ……さん……?」
ソウマは目を細めて狼達の足元を注視し、クロキの姿を探した。
しかし、やはりクロキの姿は見当たらない。
その時、ソウマの傍に居たカレンが息を呑んだ。
「どうした!? カレン!」
ケンタは驚いてカレンに詰問した。
「あ、あれ……。」
カレンは震える指で一頭の狼を指さした。
カレンの指さす先をソウマとケンタは振り返った。
「!」
その狼の口元を見てソウマ達は目を見開いた。
その狼の牙にはネクタイが引っ掛かっていた。それはクロキが戦闘前に外したものだった。
「そんな……。」
ソウマは愕然として体から力が抜け、がっくりと膝を付いた。
「ははははははっ! 跡形もなく食い尽くしてやったぜ!」
ロイドは勝ち誇り、両手を広げて高笑いした。
「そんな……クロキさん……。」
ソウマ達は唯々絶句するしかなかった。
「はっはっはっはっはっはっ……は?」
ロイドは天を仰ぎながら狂ったように高笑いを続けていたが、さきほどまでクロキが居た場所を見て違和感に気付いた。
「なんだありゃ? ……穴?」
ロイドの見つめる先の地面。そこには穴が開いていた。
「はっは~ん。さては地面に潜って身を隠したな? 地面の中までは闇の霧は潜れねえ。そこに魔法を発動させて、地面を溶かしたな?」
ロイドは顎に手を当て、得意気にしながら言った。
「大方、地面の下から奇襲しようって魂胆だろ? なあ?」
ロイドは地面の下にいるであろうクロキに対して話し掛けながら、周囲の地面をキョロキョロと見回した。
「ふん! こういうのは大概、背後を狙ってくるんだよ……な!」
ロイドはそう言いながら勢いよく振り返り、振り返りざまに闇の霧で盾を造り出した。
しかしロイドが振り返った先では何も起きなかった。
逆にロイドがさっきまで正面を向いていたほう、つまり今背中を向けているほうから炎の柱が出てきた。
「え……うそん。」
ロイドが思わず絶句する中、炎の柱はまるで蛇のようにうねりながらロイドに襲い掛かった。
「ぬおっ!」
ロイドは間一髪で炎を避けた。ゴロゴロと地面を転がり、そして態勢を立て直そうとする。しかしその暇は与えられなかった。
ロイドが居る真下の地面がまた赤熱。そして炎の柱が飛び出す。
「!」
ロイドは横っちょに飛び退き、再び間一髪で炎を躱した。そして地面に着地。
しかし着地先の地面からまた炎の攻撃が襲った。
ロイドの逃げた先を追撃するように次々とクロキの炎が飛び出し、ロイドは防戦一方で逃げ惑った。飛んだり転がったりしながら、間一髪で攻撃を躱す。
「くっそ~!」
攻撃を躱すので精一杯となったロイドはやがて地面に転がり、悔しさのあまり地面を拳で強く叩いた。
「ん? あ、やべ……。」
ロイドが居る周囲の地面が一斉に赤熱。無数の炎が跳び出し、四方八方からロイドを狙う。
「とうっ!」
ロイドは素早く態勢を整え、上に飛んで炎の蛇を避けた。
(跳んで回避したか……。しかしあのロイドという悪魔……背中の翼が千切れている……。つまり……)
クロキは地中の暗闇の中で思考しながら、炎の剣を飛ばすために腕を振るった。
地面から二本の炎の剣が飛び出し、回転しながら空中のロイドに迫る。
(空中では回避行動が出来ず、魔法に頼るはず……。)
クロキは地中でロイドの行動を予測した。
(おっと、こりゃ避けらんねえな……。)
ロイドは炎の剣に注意を向けた。
(へっ! 吸収すればなんのその~!)
ロイドは両手を両脇に構えて闇属性の霧を生み出し、左右から迫ってくる炎の剣に備えた。
(両手で魔法を発動させている間、後ろはがら空き……。)
クロキは脳内で算段を付けながら火属性の魔法を発動させ、炎のブーメランを数本放った。
ブーメラン達は地中の土壌を溶かして一気に地上に飛び出した。そのまま孤を描きながらロイドを背後から狙う。
「げっ!」
ロイドは後ろを振り返ってブーメランの存在に気付いた。
(両手は左右の霧に掛かりっきりで使えません。どうします?)