第六十五話 賭け
「……ここも駄目みたいです。」
牢獄の外でカレンは額の汗を拭いながらそう言った。
「そうかい……。そうすると、次が最後だね。」
クロキは地図の独房にバツ印を付け、バツ印の付いていない最後の一つの独房を見ながら言った。
「はい。じゃあ、行きますね。」
「うん、お願いするよ。」
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「は~、お腹空いたよ~。ミカドさん、何か食べ物ないですかぁ?」
バロア牢獄の独房の中で、エミリは溜め息をつきながらミカドに聞いた。
「あるわけないでしょう。そこの看守に聞いてみたら?」
ミカドは呆れた声で言った。
「む~。看守さん! 何かない?」
エミリはふくれっ面をミカドに向けてから、看守の悪魔に問いかけた。
「飯の時間はまだだ。」
悪魔は淡々と返事をした。
「え~! このままじゃお腹ペコペコで死んじゃうよ!」
「本当にうるせぇな……。無いものは無い。分かったら大人しくてろ。」
悪魔は鬱陶しそうに一蹴した。
「はぁ~!? なにその投げやりな言い方ぁ! ムカツク!」
エミリと看守の悪魔がそんな言い合いをしていたその時、ミカドは通路から独房の中にスルスルと伸びる蔓に気付いた。
「リーダー……これ……。」
ミカドは小声でユキオに話し掛けた。
「ん? どうした? ……!」
ユキオはミカドの足元に伸びている蔓に気付いてはっとした。
「これ、さっきまでは無かったよな?」
ユキオは怪訝な顔でミカドに確認した。
「ええ。この成長速度、明らかに人間の魔法によるものです。もしかしたら……ケンタ達が助けに来たのでは?」
ミカドは半信半疑で推測を話した。
「こ、こんな所まで辿り着けるわけないです。き、きっと何かの罠ですよ。」
ヨウイチはどもりながら言った。
「その可能性もあるけど……。」
ミカドは俯きながらもう一度蔓に視線を移した。
「この花……!」
ミカドは蔓に咲いた黄色い花に気付いてはっとした。
ミカドはカレンが頭に付けていた黄色い花の髪留めの事を思い出した。
「どうした?」
ユキオはミカドの顔を覗き込みながら囁いた。
「これはきっとカレンの魔法です。」
「本当か?」
「はい、断定は出来ませんが……。この花は以前カレンが付けていた髪留めの花とそっくりです。恐らくカレンからのメッセージかと……。」
ミカドは推測を話した。
「そうか……。なんとかして俺達がここに居る事を伝えられないか?」
「分かりました。やってみます。」
ミカドはそう言うと後ろ手に拘束されている手の平から細い蔓を伸ばし始めた。
看守の悪魔の死角になっているミカドの背後で、蔓は音もなくスルスルと伸びていき、独房の岩盤の細い亀裂の中へと入っていった。
蔓は亀裂の中をスルスルと進み、岩盤を押し退けながら上へ上へと成長していった。
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バロア牢獄の外、岩山の上に居るソウマ達の周囲は特に変化が起きず、時間だけが過ぎていた。
「なんも起きねぇぞ。ひょっとして気付いてもらえてねぇんじゃねぇか?」
リュウは腹這いの状態で首だけ動かし、険しい表情をカレンに向けながら聞いた。
「ご、ごめんなさい……。ミカドさんなら気付いてくれると思ったんだけど……。」
カレンは蚊の鳴くような声で返答した。
「だから土台無理っつったろ? 人の髪留めなんか覚えてるわけねえっつうの。」
リュウは投げやりな口調で言った。
「まあ待てって。何かリアクションが返ってくるとしたらそろそろだ。」
ケンタは望遠鏡で岩肌を隈なく観察しながら言った。
「へっ! どうせなんも起きねぇよ! 賭けてもいいぜ? いくら賭ける? 俺は一万ビノス──」
「お! あれ、ミカドさんの魔法じゃないか?」
リュウが話している途中で、ケンタは望遠鏡の先に見える何かに気付いて声を上げた。
「なん……だと……? 貸せ!」
リュウはケンタから望遠鏡を奪い取り、眼下の岩山に視線を向けた。
リュウが望遠鏡で覗いた先では、岩肌から蔓が出てきて見る見るうちに大きく成長していた。
リュウは望遠鏡を覗いたまま、無言でケンタに一万ビノスの紙幣を手渡した。
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ソウマ達一行は蔓の生えてきた場所まで降りた。
「さっき調べていた独房がここで、蔓の生えてきた場所がここ。おおよそ一致しているね。」
クロキは地図と実物の風景を見比べながら言った。
「ばっちりっすね。」
ケンタはクロキに同意した。
「うん。そうしたら、なるべく音を立てないようにしながら侵入経路を作っていこう。皆、少し離れていて。」
クロキは周りに指示し、ソウマ達はクロキから少し離れた。
ソウマ達が注目する中、クロキは円盤上の高温の炎の塊を作り出した。クロキはその円盤状の炎をゆっくりと下げていき、やがて地面の岩肌に触れた。
岩肌は高温に晒され、煙を上げながら少しずつ溶けていった。
クロキは両手をかざし、炎の円盤をさらに下降させていった。
円盤が下がる度に地面はさらに溶け、徐々に筒状の縦穴が出来始めた。
穴はゆっくりと、しかし確実に深くなっていった。その速度はじれったいほどゆっくりだが、周りに居るソウマ達はただただ固唾を飲んで見守る他無かった。
やがて縦穴は三メートル近くの深さになっていった。ユキオ達の居る独房までもうすぐかと思われた、その時だった──。
怪しい行動をとり始めたのはルシフェルだった。ルシフェルは鼻を痒そうに掻き、口元を手で押さえ始めた。そして口を半開きにしたかと思うと、
「くしゅんっ。」
と小さくくしゃみをした。
その瞬間、くしゃみは途轍もない暴風となってソウマ達の周囲に吹き荒れた。
暴風の塊は岩山の固い岩盤に直撃し、それを食らった岩盤は豆腐のように軽々と抉られた。抉られた岩盤はダイナマイトで爆破されたかのように四方八方に吹き飛んでいく。
さらにその衝撃で土砂崩れが発生し、巨大生物の咆哮のような地鳴りと共に山の一部が崩れ去った。
ソウマ達は顔を覆って吹き荒ぶ嵐から身を守っていたが、風が弱まるとゆっくりと腕を下ろし、深い爪痕が残る周囲の状況を恐る恐る確認した。
ケンタだけは周囲の状況には目もくれず、とても冷めた目でルシフェルを見つめていた。
ケンタの視線に気付いたルシフェルは一言、
「済まない。」
とだけ呟いた。