第六十四話 悪魔の国の総本山
バロア悪魔国の王都、ベオグルフ。
そこは女王ガリアドネの住まう、悪魔の国の総本山。
都の空は分厚い紫の雲に覆われ、日中でも深夜のように暗い。
遠くには巨大な火山がそびえ立ち、地鳴りのような音を響かせながら噴煙を立ち昇らせていた。
その火山の裾野にある、ドーナツ状の小高い岩山に囲まれた盆地。都はその盆地の中に形成されていた。
都には暗い灰色の石で造られた、城や屋敷のような建物が立ち並ぶ。大小様々なそれらの建物はベリミット人間国の建築とは違い、どこか造りが乱雑で荒々しい見た目をしていた。壊れた箇所は修繕されずに放置されており、住居というよりは廃墟に近い。
都の建物は紫の霧に覆われ、霧の向こうから建物の明かりがぼんやりと浮かび上がっていた。
その建物の中に一際大きな建物があった。大小様々な塔が集まって出来たようなその建造物は、他の建物よりも頭一つ抜きん出ており、邪悪なオーラを放っていた。建物は都を囲う岩山の岩盤の一部を削り出して造られており、まるで岩山から城が生えているような見た目をしていた。
「あれが王宮か……。」
ケンタは都を囲う岩山の頂上付近で腹這いになり、望遠鏡を覗き込みながら言った。
ソウマやクロキ達も同じく腹這いになってベオグルフの街並みを見下ろしていた。
ルシフェルだけは仁王立ちし、堂々とした立ち振る舞いで風景を眺めていた。
「んでもって……あれがバロア牢獄だな……。」
ケンタは望遠鏡の向きを変え、岩山の麓にある洞窟に焦点を合わせた。
バロア牢獄は岩山の麓の岸壁にある洞窟の中に造られていた。
「よし。じゃあ作戦通りに進めていくか。クロキさん、地図のほうはどうですか?」
ケンタは望遠鏡を閉じながらクロキに話し掛けた。
「僕の手持ちの地図よりもトフェレスさんがくれた地図のほうがより詳細だね。こちらを使わせもらう事にしよう。カレン、ちょっと来てくれるかい?」
クロキはカレンを呼び、カレンは「はい。」と返事をしながら中腰でクロキの元に来た。
クロキはバロア牢獄のある岩山の麓を指さしながら話し始めた。
「麓のほうに洞窟が見えるね? あの洞窟は岩山の奥深くまで広がっていて、それら全てが牢獄として利用されているんだ。君にやってもらうのはあの麓を見ながら、この地図の通りに内部の洞窟をイメージする事。岩肌を透かすようにね。そしてイメージを基に洞窟の中に蔓を這わせていくんだ。出来そうかい?」
「出来ないって言われてもやってもらうしかないけどな。カレン、頼んだぞ。」
ケンタは縋るように言った。
「う、うん……!」
カレンは緊張した面持ちだったが、ケンタにしっかりと頷いた。
「よし、じゃあ早速頼むよ。」
クロキはそう言いながらカレンに地図を渡した。
カレンは「はい……!」と返事をしながら地図を受け取り、地図と実物の風景を見比べ始めた。
やがてカレンは右手を地面にそっと置くと、手の平から極細の蔓をゆっくりと伸ばし始めた。
「見回りの悪魔達に気付かれないよう、なるべく細い蔓を、ゆっくりとね。」
「はい……!」
クロキの助言に従いながら、カレンは額に汗を流しつつ蔓を伸ばしていった。
蔓は非常にゆっくりと、人の目には分からないぐらいの速さで成長していき、長い時間をかけて岩山を下り、やがて麓のバロア牢獄の入り口まで辿り着いた。
蔓を伸ばすカレンは、一度地図のほうに目をやってから眼下の岩山に視線を戻し、視線の先に広がる岩肌に洞窟をイメージした。
(イメージ……イメージ……。)
ソウマ達が固唾を飲んで見守る中、カレンはイメージが崩れないよう頭の中で同じ言葉を唱えながら、牢獄の内部へと蔓を伸ばし始めた。
牢獄の中へと伸びた蔓は、そのまま牢獄の奥深くへと進んでいった。
牢獄の内部は悪魔達が見回りをしていたが、通路の端をゆっくりと伸びる蔓に気付かないでいた。
やがて蔓は独房まで辿り着き、独房の中へとスルスルと伸びていった。伸びた蔓はゆっくりと蕾を膨らませ、やがて一輪の黄色い花が咲いた。
独房の中には悪魔が一体捕えられており、独房に咲いた花に気付いた。
「ん? 植物か。珍しいな。」
悪魔はそう言葉を漏らした。
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「どうだ、カレン?」
牢獄の外では、ケンタがカレンの顔を覗き込みながら進捗を尋ねていた。
「イメージ通りに上手くいってるなら、一つ目の独房に届いてるはずなんだけど……。」
カレンは少し自信無さげに答えた。
「そうか……。」
ケンタは俯き気味に呟いた。
「しばらく様子を見よう。何も応答が無ければ独房の中の蔓は枯らして、次の独房に行こう。」
「はい!」
クロキの指示にカレンは返事をし、再び岩肌に視線を集中させた。
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独房の中に捕えられている悪魔は、ぼうっと呆けたように天井の岩盤を眺めていた。
その悪魔の足元には花が咲いていたが、しばらくするとその花は蔓と一緒にボロボロと枯れていった。
「ありゃ!? もう枯れちまったのか!? ……ま、無理もないか。ここじゃ育つわけねぇ。」
悪魔は足元の花が枯れている事に気付き、驚きながらそう言った。
独房の中の蔓はやがて全て枯れたが、独房の外の通路に生えている蔓は枯れずに残った。
残った蔓は枯れた先端からまた新たな蔓が生え、隣の独房へと伸びていった。
独房の中に伸びた蔓は先程と同じように黄色い花を咲かせたが、中の悪魔は花に気付いても無関心だった。
花は少しして枯れ、独房の中の蔓も枯れていった。
蔓は独房を一つずつ確認するように伸び、伸ばしては枯れ、伸ばしては枯れを繰り返した。
同じ事を繰り返しながら蔓はゆっくりと時間を掛けながら、確実に牢獄の奥へと伸びていった。