第六十話 献花
夜の暗がりの中、家の外でケンゾウは馬車の準備をしていた。
ケンゾウは作物を紐で縛って一纏めにし、それを馬車に載せた空の木箱に入れていった。
木箱を作物で一杯にすると蓋を閉め、紐で縛って木箱を馬車に固定した。
「ふ~。」
ケンゾウは馬車に載っている木箱全てに同様の作業をし、最後の一つを終えたところで一息ついた。
その時、家の玄関の扉が開いて中からソウマが出てきた。
「おや、ソウマ君。どうしたんだい?」
ケンゾウは少し驚きながらソウマに声を掛けた。
「ケンゾウさん。すいません、作業中でしたか?」
ソウマはケンゾウの元に真っすぐ歩きながら言った。
「いや、一区切りついたところだよ。」
ケンゾウはにこやかに答えた。
「そうですか……。すいません、ちょっと行きたいところがあって……。」
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辺りにカエルや虫達の鳴き声が響く中、ソウマとケンゾウの二人は、ケンゾウの持つランタンの明かりだけを頼りに、暗い夜道を歩いていた。
二人が歩いているのは田畑の間の砂利道で、二人はそれぞれ一輪の花を手に持っていた。
「ケンゾウさん。さっきはありがとうございました。僕らの話、受け入れてくれて……。」
ソウマはケンゾウの顔を見上げながらお礼を言った。
「ん? いや、例には及ばないよ。別に大したことじゃないさ。」
ケンゾウは前方を注意しつつ、視界の端にソウマを捉えながら返事をした。
「いえ、そんな事はないです。ケンゾウさんのお陰で先に進む事が出来ますから。それに――」
ソウマはそこで一旦言葉を切った。
ケンゾウはソウマが再び話し始めるのを黙って待った。
「僕の事を信じてくれたこと、本当に感謝してます。ありがとうございます。」
ソウマは申し訳なさと感謝の入り混じった表情で言った。
「ソウマ君を信じる? ……ああ、セントクレアの事件の事かい?」
ケンゾウはすぐにはソウマの言っている事が分からず、少し思慮してから聞き返した。
「はい。新聞には僕が犯人だって書かれてましたから、てっきりケンゾウさんはあの記事を信じてるんじゃないかって、内心怖かったんです。」
「はは。あんな嘘っぱちの記事、信じるもんかね。ソウマ君はあんな事をする子じゃないって、私も他の村人も、皆ちゃんと分かっているよ。あの報道には絶対に裏があるって、村人皆で噂してたところさ。」
ケンゾウは記事を一蹴した。
「そうだったんですか……。」と静かに言うソウマに、ケンゾウは「そうとも。」と言って話を続けた。
「ソウマ君が脱獄して、その後行方が分からなくなった時は、それはそれは皆で心配したさ。もしもソウマ君がラードモアに戻ってきた時は、村人みんなで力を合わせてソウマ君を匿ってあげようって話をしたよ。」
ケンゾウは柔らかい笑顔でそう言い、言い終わった後は何か悩んだような顔をし始めた。
ソウマはケンゾウの話に驚きを隠せない様子で、段々と目に涙が滲んできていた。
ケンゾウはソウマの様子には気付かず、一人思い悩んだような顔をしていたが、やがて再び口を開いた。
「ソウマ君……クロキさんから一通り話は聞いたけどね……。君達が挑もうとしている事はとても困難な事だよ? 単にバロア国に乗り込む事がじゃない。これから先やろうとしている事、全てがだよ。真実を追い求め、そして答えを見つけ、その上で悪魔達の横暴を止める。それはきっと果てしない道のりで、苦難の連続だと思う。これは近所に住む一人のおじさんの意見として聞いてほしいんだけどね、もしもこの先本当に苦しくなった時は、本当にどうしようもなくなった時は、いつでも逃げていいんだよ?」
「え?」
ソウマは心底驚いた顔で目を見開いた。
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一方ケンゾウの自宅では、リリィが眠い目を擦りながら廊下を歩いていた。
「あれぇ? カレンお姉ちゃんの部屋、どこだっけ?」
リリィはキョロキョロと廊下を見回し、一番近くの扉を開けた。部屋に入ってベッドに潜り込むと、先にベッドで寝ていた人物にピトッとくっついた。
「カレンお姉ちゃん……むにゃ……。」
リリィはそう呟き、寝息を立て始めた。
「!?」
ベッドで寝ていたリュウは突如現れたリリィに心底驚いた顔をした。
(な!? ガキンチョ!? なんで俺んとこ来やがった!? どっか行けよ!)
リュウは心の中で悪態をついた。
焦るリュウをよそに、リリィはリュウの傍ですやすやと寝息を立てていた。
そんなリリィをリュウはしばらく眺めていたが、やがて「は~。」と観念したような溜め息をつくと、ベッドから起き上がった。そして自分の使っていた掛布団を掴むと、乱暴にリリィに掛けた。
リリィは頭から足まで掛布団ですっぽり隠れた。
リュウは腕組みして少し考え、
「これじゃ死ぬか……。」
と呟くと、リリィの顔が出るように掛布団を調整した。
作業を終えたリュウは掛布団には入らず、ベッドの端っこに横たわってそのまま眠りについた。
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ソウマとケンゾウは丘を登っていた。
道の左右には人工林が並び、先程まで歩いていた畑の砂利道よりもさらに暗く鬱蒼としていた。
ケンゾウの持つランタンの明かりで足元を確認しながら、二人は歩き続けた。
「ソウマ君の気持ちは、私も理解しているつもりだよ。私だって、もしショウやリリィが悪魔に殺されていたら、きっと胸中は穏やかじゃいられないし、ソウマ君と同じ事をしていたと思う。だから、今ソウマ君がやろうとしている事を否定はしないし、引き止めるような事もしない。でもね……こうも思うんだよ。折角拾った命なんだから、みすみすそれを捨てるような真似はしないでくれ、てね。ソウマ君とは昔からの付き合いだし、私の家族も同然さ。だから、あまり危ない事はしてほしくないというのが本心なんだよ。」
ケンゾウはソウマのほうは見ず、前方の地面を見下ろしながら言った。
「ケンゾウさん……。」
ソウマはどこか悲しそうな、そしてどこか寂しそうな、なんとも言えない表情でケンゾウを見た。
「ソウマ君は確か、まだ指名手配中だったね?」
ケンゾウは立ち止まり、ソウマのほうを振り返りながら聞いた。
ソウマは「はい、そうです。」と返事をした。
「君のご実家は今も自警団が捜査に来ているから、あの家に帰るのは難しいだろう。でもこの辺りの家は捜査が一段落していて、自警団はほとんど来ない。だから私の家でなら、君を匿う事が出来る。」
ケンゾウはそう言いながらゆっくりとソウマの元に歩いた。中腰になってソウマに目線を合わせると、ケンゾウは再び話し始めた。
「君が本当に辛くなって、何もかも投げ出したい気持ちなったら、その時はまたここに帰っておいで。君の帰れる場所を、いつでも私が用意しておくからね。」
ケンゾウはそう言って優しく微笑んだ。
「はい……ありがとうございます……。」
ソウマは少し言葉に詰まりながらお礼を言った。
「うん。……さて、もう少しかな。」
ケンゾウは背筋を伸ばし、再び歩き始めた。
やがてソウマとケンゾウは丘の頂上までやって来た。
そこはかつてセントクレア魔法学校の校舎があった場所で、今は瓦礫が散乱していた。
ソウマは瓦礫が広がる光景をゆっくりと見渡し、そしてその中の一か所に目が止まった。
そこはかつて悪魔グリムロに捕まえられ、デコピンで気絶させられた場所だった。
ソウマはあの日の記憶と目の前の光景を重ねた。
「全部……あの時のままなんですね……。」
ソウマはポツリと呟いた。
「うん。瓦礫の撤去作業は進めていないようだね。……献花台はあそこだよ。」
ケンゾウは瓦礫の脇に設けられた献花台を指さした。
木製の献花台の上には沢山の花が手向けられ、飲み物や食べ物が供えられていた。
ソウマとケンゾウは献花台まで歩いていき、一緒に花を手向けた。
二人で目を閉じ、手を合わせて祈る。
少ししてソウマは目を開け、ゆっくりと口を開いた。
「じゃあ皆、行ってくるよ。」
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ケンゾウの家の一室では、リュウがベッドの上で「う~ん、う~ん。」と苦しそうに唸っていた。
先程までリュウから少し離れた位置で寝ていたリリィは、いつの間にかリュウの体の上で、うつ伏せで寝ていた。
リュウは苦悶の表情を浮かべていた。
(重い……。こんのガキンチョ、いつの間に上に乗りやがった……。)
リュウは悪態をつきながら部屋の窓をチラリと見た。
(よし、窓から捨てよう。)
そう思いながらリュウはリリィを抱き上げようとした。
その時リュウの視界にリリィの寝顔が映った。
リリィは安心したようにぐっすりと寝ていた。
その寝顔を見たリュウは何か葛藤するような表情を浮かべ、やがて「チッ!」と舌打ちしたかと思うと、再びベッドに横になった。
(耐えろ! 俺! 俺様は……才能のある兵士なんだろ!)
リュウにとって修行のような夜が、少しずつ更けていった。