第五十四話 嫌な予感
ソウマ、カレン、ケンタ、ルシフェル、クロキ、リュウの六人を乗せた馬車は林道を進んでいた。
「クロキさん、本当にすいませんでした。先生を騙していた事を、改めてお詫びします。」
ソウマは申し訳なさそうな顔でクロキに一礼した。
「はは、気にしなくていいよ。君達の事情は把握しているし、気持ちも理解しているつもりだからね。」
クロキは穏やかな笑顔でソウマに言った。
「お前ら、俺の事もまんまと騙してやがったな。ったく、やられたぜ。ま、俺は寛大だから特別に許してやるけどよ。」
リュウはふんぞり返りながらソウマに言った。
「あ、ありがとうリュウ君……。」
ソウマは若干引き気味な顔でお礼を言った。
「にしても驚いたぜ。まさかグリティエだけじゃなくて、ベリミットの人間まで悪魔に襲われてたとはな。」
リュウはソウマのほうを見ながら言った。
「うん。でも、知らなくて当然だよ。事件は全部ギアス国王が報道規制してるから。ベリミット国民でも知ってる人はほとんどいないと思う。」
ソウマは静かに言った。
「マジかよ……。腐ってんな、お前んとこの王様はよ。」
リュウはげんなりした表情で言った。
「う~ん、国王も何か事情があるんだろうとは思うけどね。」
ソウマはギアス国王をフォローした。
「そう……か……。でもよ、そんだけの理不尽を受けて、よく復讐心が沸いてこねえな。俺だったら取り敢えず国王と悪魔両方ボコボコにしに行くぜ。」
リュウは広げた左の手の平を右手の拳で叩きながら言った。
クロキはリュウの言葉に苦笑いした。
「勿論僕も怒りとか憎しみとか、そういう気持ちが全然無い訳じゃないよ。でもリュウ君の話を聞いてから、少し冷静にならないと、って思い始めたんだ。」
ソウマはリュウの顔を見つめながら言った。
「俺が何か言ったか?」
リュウは軽く目を見開いた。
「うん、リュウ君がファナド基地で話してた事だよ。悪魔達がどうして人間を襲うのか話してた時、リュウ君はベリミットが食料供給を滞納してるのが原因だって言ってたでしょ?」
「ん~……あぁ、そんなこともあったな。俺が言ったっつうか、グリティエじゃ皆当たり前みたいに言ってる説なんだけどよ……。」
リュウは頭を掻きながら言った。
「そうなんだ……。でも、とにかくその説を聞いてから、少し考えが変わってさ。裏にそういう事情があるなら、悪魔を恨むのは筋が違うんじゃないかって、冷静に考えるようになったんだ。」
ソウマは馬車の床を見つめながら言った。
「まあ、逆恨みもいいトコだろうな。原因は人間達にあんのによ。悪魔からしたら完全にとばっちりだぜ。」
リュウは皮肉っぽく笑いながら言った。
「うん、その通りだね。ただの逆恨みでしかないし、悪魔に反撃するのもきっと意味が無いと思う。」
ソウマは真剣に頷きながら言った。
「二人共、とても冷静に分析が出来ているようだね。僕はホムラの計画を止める為に付いてきたんだけど、余計なお世話だったかな?」
クロキはいつものくたびれた笑顔をソウマとリュウに向けながら言った。
「いえ、そんな事はないです。もし女王が黒幕なら、やっぱり計画は進めるべきだって、そう思っていましたから。それが平和には繋がらないって事をクロキさんに教えられて、それでようやく考えを改める事が出来ました。」
ソウマは真剣な顔をクロキに向けながら言った。
「そうかい、なら良かったよ。」
クロキは微笑みながら言った。
「はい。……でも、計画を中止にしたとして、僕達はこの先どうしたらいいんでしょうか? 何もしないままじゃ、きっと悪魔の襲撃は続きますよね?」
ソウマは不安そうな顔で尋ねた。
「勿論、ずっとこのままという訳にはいかないね。悪魔達の襲撃は止めないといけない。その為にはまず、悪魔がどうして人間を襲うのか、原因をはっきりさせないといけないね。真実を突き止めて、根本となる原因を絶つんだ。例えば女王が人間に恨みを持っているなら、その恨みを解消させる方法を探らないといけない。暗殺ではなく、争いの連鎖を生まない別の方法で、ね。」
クロキの言葉にソウマはピクリと反応した。
「女王が黒幕という説、クロキさんはあり得ると思いますか?」
「可能性は決してゼロじゃないと思うよ。一番有力なのはベリミットが食料供給を滞納しているからという説だけど、ケンタ君が言っていたように、ガリアドネが陰で暗躍しているという説も、有り得ない話ではないからね。」
クロキは御者台のケンタのほうをちらりと見ながら言った。
「じゃあ可能性としてはその二つのうちのどちらか、ということですか?」
ソウマは質問を重ねた。
「そうだね。他にもいくつか説はあるけど、有力なのはその二つだよ。」
クロキはソウマや周りの人達に視線を移しながら言った。
「そうですか……。」
ソウマは俯きながら呟いた。
「……僕はセントクレアの事件以来、ずっと悪魔を憎んできました。悪魔に復讐がしたくて、女王に復讐がしたくて……そしてその復讐が惨劇を止めることに繋がるって信じて、ずっとホムラで頑張ってきました。でもここに来て、今まで信じてきた物が急に揺らいでしまって、心の中が……こう……凄く散らかってしまってる感じがします。」
ソウマはまたここで言葉を切ってから続きを話した。
「……今はとにかく真実が知りたいです。どうして僕の友達は殺されなきゃいけなかったのか、どうしてホムラの人達は悪魔の事件に巻き込まれなきゃいけなかったのか、どうしてファナドやグリティエの人達は襲われなきゃいけなかったのか、その真実が……。」
ソウマは堰を切ったように話した。
ソウマの話を、クロキ達は神妙な顔で聞いていた。
ルシフェルは目を閉じて静かに話を聞いていた。と思いきや鼻提灯を出しながら寝ていた。
「うん……そうだね……。」
クロキは切なげな表情をソウマに向けながら言った。
「真実を知っているのは恐らくギアス国王とガリアドネの二人だろう。ホムラが当面の目標とすべき事は、どうにかして二人のうちのどちらかに接触する事だね。」
クロキは優しい口調で説明した。
「はい、分かりました。」
(帰ったら、今話した事をユキオさん達に説明して、なんとか説得しなきゃ……。)
ソウマは頷きながら、頭の中でこの先の事を考えた。
馬車のワゴンでそんな会話をしていた時、ふとケンタは上空を飛ぶ黒い群れに気付いた。
「おい……あれ……。」
ケンタに言われ、ルシフェル以外の四人も空を見上げた。
「あれは……悪魔の集団のようだね。」
クロキは目を細めて言った。
「あれは警備隊の悪魔じゃないかな、ケンタ? 街で見た事のある悪魔が何体かいるし、人を襲う悪魔じゃないと思うけど……。」
ソウマはケンタのほうに体を寄せながら少し自信無さげに言った。
「ああ、そりゃいいんだけどよ……あいつら、ホムラの拠点のある方角から来なかったか?」
ケンタは不安そうな表情で額に脂汗を掻きながら尋ねた。
「え?」
ケンタの言葉にソウマも顔を曇らせた。
「そのようだね。」
クロキは淀み無く上空の悪魔達を観察しながら同意し、
「ケンタ君、馬を急がせよう。……嫌な予感がする。」
とケンタに指示した。
「はい、分かりました。」
指示を受けたケンタは馬に鞭を与え、馬車の速度を上げた。