第五十三話 メッセージ
リュウはシドウの埋葬されている場所の前であぐらをかき、両手を構えて水を生み出すと、パキパキと音を立てながら氷の塊に変えていった。
「おいリュウ! 行くぞ!」
リュウの背後からケンタの声がした。
声を聞いたリュウは氷の塊をシドウの埋葬場所に置くと、頬を伝った涙の跡を拭いて立ち上がった。
リュウの背後にはケンタ、ソウマ、カレンの三人が立っていた。
「本当にいいんだな? 故郷に未練はないな?」
ケンタはリュウに尋ねた。
「ああ。俺はクロキ先生に付いてく。先生がホムラに入るなら、俺も入る。」
「そうか……。もしクロキさんの働きかけが上手くいったら、ホムラは多分、悪魔と戦う組織じゃなくなる。だから、悪魔に復讐する機会は無くなっちまう事になるけど、それはいいのか?」
ケンタはリュウに確認した。
「悪魔は憎いぜ、死ぬほどな。でも復讐は駄目だってクロキ先生に言われた。復讐が駄目なら、俺はもう何をすればいいのか分からねえ。だから先生に付いて行って、正しい道ってのが見つかるまで進み続けるしかねぇ。」
リュウは真剣な表情で一言一言噛み締めるように言った。
リュウはゆっくりとした歩みでソウマ達の脇を通り過ぎ、通り過ぎ様に「行くぞ。」と三人に声をかけた。
先にリュウが広場を出ていき、三人はリュウに付いて行った。
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ファナドを囲む城壁の第十八番ゲートが開き、城壁の中から人影が出てきた。出てきたのはソウマ、カレン、ケンタ、ルシフェル、クロキ、リュウの計六人。
六人が城壁の外へ出ると、何処からともなく馬車を引いた馬が近付いてきた。
「おお! あれは私の馬ではないか! 主がいなくとも立派に生き抜いていたのだな。」
ルシフェルは手でひさしを作り、遠くの馬を眺めながら言った。
「俺が偶に城壁を抜けて世話してやってたんだよ! ったく!」
ケンタはルシフェルを睨みながら半ば呆れたような声で言った。
馬車が六人の元に到着するとケンタは御者台に登り、
「よし。皆、乗ってくれ。」
と他の五人に声をかけた。
全員が馬車に乗り込み、それを確認したケンタは馬に鞭を与え、馬車を走らせ始めた。
ファナドを囲む二十メートルの巨大な城壁が少しずつ遠ざかっていく。
「ホムラの拠点に帰るの、いつ振りかな? なんだかずっと昔のことみたいに感じるね。」
ソウマはカレンに話しかけた。
「う、うん。帰ったらユキオさんやミカドさんに色んな事を報告しないとね。」
カレンはそう答えながら、頭に付けている花の髪留めをソウマに小さくアピールした。
しかしその時ケンタが喋り始め、ソウマはケンタのほう向いてしまった。
カレンは一人で泣いた。
「土産話がたっぷりあるからな。あいつら驚くぞ~。」
ケンタはニヤッと笑いながら言った。
「私はエミリの手料理が恋しくなってきたところだ。帰ったら真っ先に作ってもらうこととしよう。」
ルシフェルは優雅に寛ぎながら、いつものように仰々しい口調で言った。
「僕らはまずユキオリーダーに挨拶に行かないとね。二人で一緒に行こうと思うけど、大丈夫かいリュウ君?」
クロキは隣に座るリュウに話しかけた。
「はい、もちろん。先生に付いて行きます。」
リュウはそう返事をすると、切なげな表情でファナドの城壁に目をやった。リュウの視線は城壁の向こう側を見透かしていた。
ファナド基地の城壁内にある、戦没者達が埋葬されている広場。
その広場にある、シドウが埋葬されている場所。
そこには一枚のトランプと花が手向けられ、花はそよ風にユラユラと揺れていた。
その手前には、さきほどリュウが作った氷の塊が置かれていた。それは氷で作られたドラゴンだった。
木々の隙間から差し込む春の陽光が、ドラゴンを優しく照らし出す。
薄暗い広場の中で、氷のドラゴンは作り手のメッセージを伝えようと、ひっそりと輝きを放ち続けていた──。
第三章 ファナド編 完