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アナザーズ・ストーリー  作者: 武田悠希
第三章 ファナド編
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第五十二話 遺書

 要塞の中にある小部屋でリュウは毛布にくるまり、体育座りをして俯いていた。その顔には一切の覇気がなく、目は虚ろでげっそりとしていた。

 小部屋には窓が無いため、日の光が入らず薄暗かった。

 リュウが茫然自失の状態で佇んでいたその時、不意に小部屋の扉が開いて外の光が差し込んできた。

 リュウが扉のほうにゆっくりと視線を向けると、小部屋の出入口にソウマ、カレン、ケンタ、ルシフェルの四人が立っていた。


「お前ら……生きてたのか……。」


 リュウはゆっくりと立ち上がりながら言った。


「リュウ……!」


 ケンタは感極まった顔でリュウに駆け寄り、リュウを抱き締めた。

 ソウマとカレンも後から駆け寄り、ルシフェルはその後ろをゆっくりと歩いてきた。


「リュウ……良かった……! 生きててくれて……!」


 ケンタは抱き締める腕に力を込めながら、静かに涙を流した。

 リュウは腕ごとケンタに抱き締められ、されるがままだった。


「あんまくっつかねえほうがいいぜ……。俺今、超絶汚ねえからな……。」


 リュウはボソボソと力なく呟いた。リュウのズボンは失禁の跡で湿っていた。


「構うもんかよ……! お前のお陰で俺達は助かったんだ……! ありがとう……!」


 ケンタは涙で声を震わせながら言った。


「……ったく、シドウに散々馬鹿にされてきたのによぉ……。本物のしょんべん垂れになっちまった……。」


 リュウは落ち込んだ表情をしながらそう言ったが、ふと何かを思い出したような顔をして、ポツリと呟いた。


「そういや、シドウはどこだ?」


 ====================================


 ファナド基地の城壁の内側に、生い茂る木々で囲まれている区画があった。そこは戦没者を埋葬した小さな土の山がいくつも並ぶ広場で、土の山には花や遺品が手向けられていた。

 リュウはその土の山の前で座り込み、物憂げな顔で目の前を見つめていた。リュウが見つめる土の山には花束が置かれ、トランプのダイヤの8が刺さっていた。


「お前の冗談はどれも笑えねえもんばっかだったけどよぉ……これは一番笑えねえぞ、てめえ……。」


 リュウは悲痛な顔をしながらそう言い、手に持っていたトランプの束を顔の前に持ってきた。

 手に持っていたのはダイヤの9から13までの五枚だった。

 それを見つめるリュウの目に、少しずつ涙が滲んできた。


「お前がいねえとよぉ……俺はちっとも……先に進めねえじゃねえか……!」


 リュウの目からポロポロと涙が溢れ出した。


「う……うぅ……うぅぅ……!」


 リュウは地面にうずくまり、広場で一人嗚咽を漏らした。


 リュウのいる広場の外にはソウマ、カレン、ケンタの三人がいた。

 カレンは木々の向こうにいるリュウに心配そうな視線を向け、やがて広場の中に入っていこうとした。

 が、ケンタがカレンの肩をつかみ、カレンの歩みを止めた。


「そっとしといてやれ。多分リュウは……こういう時一人でいたい奴だと思うんだ……。」


「……うん。」


 ケンタの言葉にカレンは頷いた。


 ====================================


 数日後。

 要塞の救護室ではクロキが着替えをしていた。クロキはワイシャツに着替えてネクタイを締め、一通り着替えを済ませた。右手を握ったり開いたりを繰り返して腕の状態を確認し、右手の平を広げて構えると、力を込めて火の魔法を出した。

 火は力強く燃え上がり、赤々とした光を放った。


「よし……。」


 クロキは満足そうな顔をして火を消し、顔の医療用テープを全て剥がした。そしてベッド脇の封筒を掴み、クロキは救護室を出ていった。


 ====================================


 基地の要塞の頂上には一際豪華な造りの部屋があった。部屋の壁は細かいやすりで磨いたようにピカピカで、部屋のあちこちに金や銀の装飾が施されていた。

 部屋の真ん中には精巧な造形の施された机が置かれ、そこに一人の男が座っていた。悪魔が襲撃した際にクロキ達を置いて逃げた司令官だった。

 司令官は書類を整理していたが、部屋のドアをノックする音が聞こえ、「ん。」と顔を上げた。


「司令官殿、失礼します。」


 ドアを開けて入ってきたのはクロキだった。


「おお! クロキではないか! 先日の悪魔襲撃の件、ご苦労であったな! お陰で街への被害は最小限で済んだぞ。」


 司令官はクロキの顔を見ると嬉しそうに言った。


「そうですか。それは良かったです。ところで……」


 クロキは受け答えながら司令官の元に歩いていき、


「今日はお話があってきました。」


 と切り出した。


「ん? なんだ?」


 不思議そうな顔をする司令官に、クロキは封筒を差し出した。


「除隊願いです。本日付けでグリティエ軍を除隊させていただきます。」


 淡々と話すクロキに対して、司令官はショックを受けた顔をした。


「な……何を言っている……? 除隊? どういうことだ?」


「そのままの意味です。私はグリティエ軍を辞め、新しい道へと進みます。」


 クロキは司令官に対してくたびれた笑顔を向け、きっぱりと宣言した。


「と、突然過ぎるぞ、クロキ! 本日付けだと!? 急にこんなことを言われて、受理出来る訳が無かろう! 舐めているのか!?」


 司令官は唾を撒き散らしながらクロキに怒鳴った。


「もう決めたことですので。」


「な……!? 貴様……こんな無礼を働いて、処罰を受ける覚悟は出来ているのであろうな?」


「司令官殿。覚悟という言葉をあなたが語る資格はありません。」


 クロキの顔から笑顔が消えた。


「なんだと?」


 怒りで顔を赤くし、拳を震わせる司令官の前で、クロキはポケットから名刺入れのような見た目のケースを取り出した。その中から折りたたまれた一枚の紙を取り出し、クロキは司令官にそれを見せた。


「……な、なんだこれは?」


 クロキから無言で突き出された紙に、司令官は困惑した。


「遺書です。内容は多少異なると思いますが、あなたも同じ物を持っているはずです。」


 クロキの言葉にはっとした司令官は、机の引き出しを開けて自分の遺書を取り出した。


「私達はいつ死んでもいいように、この遺書を肌身離さず持っています。これは国や人々を守るためならば、いつ戦死しても構わないという覚悟の象徴です。先日の一件で、あなたにはその覚悟が無いということが分かりました。では、失礼します。」


 遺書を仕舞って司令官に一礼すると、クロキはきびすを返して立ち去ろうとした。


「ま、待てクロキ! お前こそ逃げ出すつもりか?」


 部屋を出ていこうとするクロキの背中に、司令官は挑発的に言い放った。

 司令官の一言に、クロキは背中を向けたまま立ち止まった。

 立ち止まるクロキに対して、司令官は不敵な笑みを浮かべながら話を続けた。


「お前こそ軍を辞めて、その後はどうするつもりだ? 自分だけ戦うことを止め、のうのうと隠居生活か?」


 司令官の嫌味ったらしい言葉に、クロキは飽くまで冷静な顔のまま振り返った。


「新たにやるべきことを見つけたのです。ベリミット出身の新しい友人達から話を聞き、私のやるべきことはベリミットにあると感じたのです。そしてそれは巡り巡って、グリティエの平和に繋がると信じています。では。」


 クロキは一気に説明すると、部屋のドアを開けて出ていこうとした。


「ま、待てクロキ……! 待ってくれ……!」


 司令官は追い詰められたような表情をしながらクロキの元に駆け寄った。


「あの時も言ったであろう? 仕方なかったのだ……! 私や他の将官達が死んだら組織が機能しなくなる! 私達の代わりはいないのだよ……!」


 司令官は必死になって弁解した。

 司令官の言葉に、クロキは切ない表情で口を開いた。


「あの時死んでいった兵士達にも、誰一人として代わりはいません……。」


 クロキはそう呟くと、司令官を残して部屋を出ていった。


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