第五話 力の差
地面に座り込むソウマはガタガタと上半身を震わせ、恐怖の表情のまま声が出なかった。ソウマは荒い息を整えようと、ひたすら深呼吸を繰り返すだけだった。
「おいおいビビり過ぎだろ。なんか喋れって。」
ロイドはソウマを見下ろしながら言った。その声は見た目に似合わずやや甲高い声で、抑揚がはっきりしていた。
ロイドは腰に手を当て、黙ったままのソウマに対して小首を傾げた。その手には食べかけのミカの腕を持っていた。
ミカの腕を見て、ソウマの顔は恐怖の表情から少しずつ怒りの表情に変わっていった。
「おい……。」
ソウマは震える唇から、絞り出すように声を出した。
「あ?」
ロイドは傾げていた首を反対に傾げながら生返事で聞き返した。
「お前……なんでミカを食べたんだよ……。」
荒い呼吸を間に挟みながら、ソウマは怒りで声を震わせながら言った。
「なんでってそりゃ……腹が減ったら食うに決まってんだろ?」
ロイドは至極当然といった口調で返答した。
その態度を見たソウマは怒りでさらに顔を歪め、声の限り叫んだ。
「ふざけるなよ! たくさん殺して! そのうえそんな惨いことをして! どういうつもりなんだよ!?」
恐怖を跳ね除けて勢いづくソウマに対し、ロイドはあまり表情を変えなかった。
「こいつ、なんでこんなにキレてんだ?」
ロイドは隣のグリムロに問いかけた。
聞かれたグリムロは無言のまま、無表情でソウマを見下ろしているだけだった。
「楽しかったかよ……! 殺戮は……!」
ソウマはロイドを睨みつけ、糾弾した。
「あのなあ、俺らは別に楽しくてやったわけじゃねえぞ? おめえら人間だって動物を殺して食うだろ? おんなじことだろうが? 人間を殺して食う事の何が悪いんだよ?」
ロイドは少しイライラした口調でそう言うと、食べ残していたミカの腕を口に放り込んだ。
「ふざけるなよ……! いきなり殺すなんて! なんでそんなことが出来るんだよ!?」
ソウマは態勢を整えながらそう叫ぶと、雄たけびを上げてロイドに飛び掛かっていった。ロイドとの距離を一気に詰めながら右手を構え、小さな火を放つ。
ロイドはその火をものともせず、巨大な手でソウマの上半身を鷲掴みにするとそのまま地面に叩きつけた。口から血を吐きながら苦痛の呻き声を上げるソウマに対し、ロイドはずいっと顔を近付けた。
「しつけえな、おめえはぁ! おめえら人間もよお! 牛やら豚やら殺して食うだろうが! 動物食う前によお! いちいち殺していいか聞くのか、てめえはぁ! ああ!?」
ロイドは凶悪な牙を剥き出しにしながらソウマに怒鳴った。
ソウマは苦痛に顔を歪めながらも、ロイドを睨むことを止めない。
「よせ、ロイド。その人間に死なれては困る。」
一連のもみ合いを微動だにせず見ていたグリムロは、ロイドを制止した。
釘を刺されたロイドはゆっくりとソウマから手を離して立ち上がった。
解放されたソウマはぜいぜいと呼吸を荒げながら上半身を起こした。
「人間よ。俺は名前を聞いたのだ。答えろ。」
グリムロはソウマに命令した。
「ハア……ハア……ソウマだ……。」
ソウマは乱れた呼吸を整えながら、荒い呼吸の合間に名前を告げた。
「そうか。ではソウマ。お前に頼みがある。ギアス殿を知っているか?」
「ギアス……? ギアス国王のことか?」
グリムロの問いかけに、ソウマは聞き返した。
「そうだ。お前達の国、ベリミット人間国の国王だ。ギアス国王に伝えろ。バロア悪魔国第一師団が予告通り、セントクレアを滅ぼした、とな。」
「はあ? 予告? どういうことだよ?」
ソウマは困惑した声で聞いた。
「理解する必要はない。言葉をそのまま伝えろ。」
「悪魔の言うことなんか聞くもんか……!」
吐き捨てるように言うソウマに対して、「要件は以上だ。」と言ってグリムロは背を向けた。
他の悪魔達もソウマに背を向け、その場を立ち去ろうとし始めた。
「待てよ! 勝手に頼み事だけして帰るなよ……!」
ソウマはグリムロを呼び止め、グリムロはソウマを振り返った。
「質問の答えがまだだろ! なんでこんなことをしたのか、ちゃんと説明しろよ!」
ソウマはグリムロを問いただした。
「先に行っているぞ。」
フェゴールはすれ違いざまにグリムロにそう伝え、言われたグリムロはフェゴールに一瞥だけ送った。
「行くぞ。死体は可能な限り持ち帰れ。」
フェゴールは周囲の悪魔に指示を出し、自身も頭のないシンゴの体を肩に背負うと、翼を広げて飛び去った。
他の悪魔達も生徒や教師の死体を担ぎ、次々に飛び去っていった。
セントクレアには瓦礫の上で座り込むソウマと、それを立ったまま見下ろすグリムロとロイドだけが残った。
「事情は何も言えない。規律によって禁じられている。」
グリムロは無機質な声で説明した。
「なんだよ……それ……。そこのロイドとかいうのが言ったことが全てかよ? 食べるために殺した? もっとまともな答えはないのかよ!?」
「全て極秘事項だ。他に質問はあるか?」
声を荒げるソウマとは対照的に、グリムロは淡々と話を進めた。
「それじゃあもう一個だっけ……僕は今からあんたたちを殺す。だからそこでじっとしててくれないかな?」
ソウマは不気味な笑みを浮かべ、右手を構えた。その顔は、穏やかな日常を送っていた時のものとはかけ離れた、怒りと狂気に満ちた顔だった。
「無いようだな。では、さらばだ。」
グリムロは再び背を向けた。
立ち去ろうとするグリムロに向かってソウマは這いつくばっていき、グリムロの右足を掴まえた。
「返せよ……! 僕の学校を、先生を、友達を……!」
うつ伏せの状態のソウマは、涙声になりながら声を絞り出し、右手を構えた。
グリムロは後ろを振り返り、ソウマを見下ろした。
ソウマは構えた右手から火を出し、グリムロの右足に当てた。
グリムロはその様子をじっと見つめていた。
「めんどくせえなあ、こいつ。」
ロイドは両手を頭の後ろで組みながら退屈そうに言った。
ソウマは火を当て続けたがグリムロの足は火傷を負わず、傷一つ付いていなかった。
グリムロはソウマのほうへ向き直ると、ソウマの上半身を鷲掴みにして持ち上げた。持ち上げられたソウマは声にならない呻き声を上げた。
「おいおい、お前こそ殺すなよ?」
ロイドはグリムロに釘を刺した。
「殺しはしない。悪魔と人間の力の差を教えるだけだ。」
そう言うとグリムロは右手を構え、ソウマの側頭部にデコピンをした。指一本の攻撃だったが、周囲に激しい殴打音が響くほどの衝撃で、ソウマは意識が飛びかけた。
グリムロはソウマから手を離し、ソウマは糸の切れた操り人形のように地面に落ちて転がった。
グリムロはソウマに一瞥を送ってから歩き出し、クースケの遺体を担いだ。
「行くぞ。」
ロイドを促しながら、グリムロは再び歩き出した。
「あ~あ。やっと帰れるぜ。」
ロイドはグリムロの後に続いて歩き出した。
ロイドとグリムロが去り、瓦礫の山の中にはソウマ一人だけが残された。
ソウマは朦朧とする意識の中、少しずつ這っていき、地面に落ちているミカのミスリングを掴んだ。
「皆……ごめん……。」
ソウマは掠れた声でそう呟くと、やがて意識を失った。
雷鳴が鳴り響き、雨がしとしとと降り始める。ソウマだけが取り残されたセントクレア魔法学校の残骸に、その雨はいつまでも降り続いていた。
第一章 セントクレア魔法学校編 完