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アナザーズ・ストーリー  作者: 武田悠希
第三章 ファナド編
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第四十九話 子供達の手本となる教官

「まだ息があるようですね。」


 地面に横たわっているクロキを見下ろしながら、鼠顔の悪魔は言った。


「ああ。かなりてこずったが、これで仕留める。」


 そう言ってモディアスは右手から紫の霧を生み出すと、それを剣の形に変えた。

 うつ伏せに倒れるクロキは、モディアスが近付いてきていることを気配で感じ取っていた。


(体中が……痛い……。魔法は……? 出ない……魔力切れか……。)


 クロキは地面に投げ出している手から魔法を出そうとしたが、チリチリと火花が出るだけだった。


(僕は……死ぬのか……? ここで……? 僕は……役目を……果たせたのか……? やり残したことは……ないか……?)


 クロキは薄れ行く意識の中で自問自答していた。


(大丈夫……やるべきことは……全てやった……。街の住民は……避難を始めているはず……。時間は……十分稼いだ……。あと基地に残っているのは……僕だけ……。僕が最後に殺されれば……それで終わり……。)


 その時クロキの頭の中にソウマ、ケンタ、カレン、そしてリュウの顔が浮かんだ。


(ああ……そうだったね……。まだあるじゃないか……やるべきことが……!)


「ぐ……うぅ……う……」


 クロキは血まみれの体を無理矢理動かし、ミシミシと音を立てながら起き上がった。


「モディアス様! こいつ……!」


「騒ぐな。」


 モディアスは鼠顔の悪魔を制した。

 モディアスは黒剣こっけんを逆手に持って切っ先をクロキの首に向け、いつでもクロキを殺せる態勢を整えていた。


「ハア……ハア……話を……ハア……聞いて下さい……。」


 クロキは体に必死に力を入れ、なんとか膝立ちの態勢になると、目の前にいるモディアスに話しかけた。

 クロキを囲む悪魔達は無言でクロキを見下ろしていたが、やがて鼠顔の悪魔がしびれを切らした。


「けっ! 知ったこっちゃねえよ! モディアス様、早く始末してしまいましょう!」


「待て。」


 モデアィスは鼠顔の悪魔を黙らせると、クロキのほうに向き直った。


「話とは何だ?」


「まず……聞きたいことがあります……。私を殺して……その次はどうするつもりですか?」


 クロキは苦しい息遣いの中、なんとか言葉を紡いだ。


「要塞へと侵攻し、中にいる人間を一匹残らず狩る。」


 モディアスは冷酷に、そして淡々と説明した。

 クロキは荒い息を少しずつ整え、呼吸を落ち着かせてから口を開いた。


「頼みがあります。建物の中の人達には手を出さないで下さい。」


 クロキの頼みに対してモディアスは僅かに眉を動かし、品定めするかのようにクロキを見ていたが、やがて口を開くと、


「断る。」


 と、きっぱりと返事をした。


「お願いです。あなた方の目的は食料のはずです。私のことは殺して構いませんし、私や周りの兵士達を食べ尽くす事も止めはしません。ですがもしそれで空腹が満たされたなら、もうこれ以上人を殺さないで下さい。」


 クロキは懇願するような表情で頼み込んだ。

 クロキを見下ろしていたモディアスは、やがてゆっくりと黒剣を納めた。


「命乞いをしないのか?」


 モディアスは尋ねた。


「え?」


 クロキは聞き返した。


「これまで数多あまたの人間達を狩猟してきたが、最後に口にする言葉はみな一様であった。自分だけは見逃してくれ、とな。お前はそれをしないのか?」


 モディアスは淡々と質問を繰り返した。

 クロキは少し驚いた顔をしたが、すぐにいつものくたびれた笑顔に変わった。


「しません。私は教え子達を守る盾です。人生最期の一秒まで、盾であり続けます。」


 虚ろだったクロキの目に、再び光が戻った。


「いや、分からぬな。他人の命などどうでも良かろう? 何故そこまで執着する?」


 モディアスはなおも問い質した。


「彼らは私の宝です。彼らの盾となってこの身を捧げ、英霊となれるなら……本望です。」


 そう言いながらクロキは、訓練でのソウマ達との会話を思い返していた──。


『──はは。やっぱり不安だよね。それじゃあ、僕から一つアドバイスを送ろう。魔法には確かにイメージが大事だけど、それよりももっと大切なことがあるんだ。それは、成りたい自分をイメージすることさ。例えばキンジ君は、将来どんな大人に成っていたいかい?』


『え、えっと、少し大袈裟ですけど……国を守る立派な英雄……ですかね。』


『うん。なら、その自分をイメージするんだ。真っ直ぐにイメージして、真っ直ぐに努力すれば、きっと成りたい自分になれるはずだよ。それこそ、まるで魔法みたいにね──。』


「──子供は大人の背中を見て育ちます……! だから……ここでみっともなく命乞いをする姿なんて見せる訳にはいきません……! そんなことをしたら近付けませんから……! 子供達の手本となる教官に……成りたい自分に……!」


 クロキは真剣な表情でモディアスに言った。

 クロキとモディアスはしばし睨み合っていたが、やがてモディアスのほうから口を開いた。


「……分かった。」


「え?」


「お前の熱意は伝わった。その覚悟に敬意を表し、今夜の犠牲はお前で最後としよう。」


 驚くクロキの首筋に、モディアスは黒剣を据えながら言った。


「ほ、本当ですか?」


 クロキは嬉しそうな顔をした。


「え~、何を言ってるんですかモディアス様~。」


 鼠顔の悪魔はげんなりした顔で言ったが、


「ああ、約束しよう。」


 と、モディアスは断言した。


「ありがとうございます……!」


 クロキはモディアスにお礼を言った。


「これから自分を殺そうとしている相手に礼などいらん。」


 モディアスはそう言いながら黒剣を構えた。


「では、さらばだ。」


 そう言ってモディアスはクロキに向かって黒剣を振り下ろした。

 向かってくる黒剣を前に、クロキは穏やかな表情で目を閉じた。

 しかし次の瞬間。

 激しい衝撃音が響き渡り、モディアスの振るった黒剣が砕け散った。


「!?」


 クロキは驚いて目を開けた。

 モディアスも驚きの表情をしたまま固まり、何が起きたのか分からない様子だった。

 驚いて固まる二人の間に、一人の男が立っていた。その男はクロキの代わりに黒剣をモロに食らったが、体は無傷だった。男はモディアスに対して背を向けて立ち、優雅な笑顔でクロキを見下ろしていたが、やがてゆっくりと口を開いた。


「クロキよ、祭りの受付会場はここか?」


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