第四十六話 本当の勇気
「グウゥゥゥォォォオオオ……!」
腹部を切り裂かれ、青い悪魔は低く呻きながら後ずさった。悪魔の腹の肉が焼けて煙が上がり、鮮血が飛び散る。
リュウはその光景を茫然としながら見ていた。
その背後で炎の剣が扉を切り裂き、扉を蹴破ってクロキが突入してきた。
「無事かい? リュウ君。」
クロキは床に座り込んでいるリュウのそばに着地した。
「先……生……。」
リュウは涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、魂の抜けた顔でクロキを見た。
「そこでじっとしているんだよ。」
クロキはくたびれた笑顔でリュウに指示すると、顔を引き締めて悪魔のほうに向き直った。
「グオオォォォオオオ!」
青い悪魔は乱暴に炎の剣を腹部から引き抜き、クロキのほうに向かってきた。
それに対してクロキは炎の剣を三本作り出し、腕を三度振り抜いて一本、二本、三本と順番に剣を放った。
放たれた剣は悪魔の体を右腕、左腕、首の順に切断した。
頭部を失った青い悪魔はヨロヨロとクロキのほうに向かってきたが、やがて力を失って床に倒れた。巨体が床にぶつかる衝撃音が響き、巻き起こった風でクロキのネクタイがはためいた。
クロキは倒れた悪魔の体が黒い砂に変わっていくのを確認すると、左肩に引っ掛かったネクタイを整えながらリュウのほうを振り返った。
「リュウ君、大丈夫かい?」
クロキはしゃがんでリュウの両肩に手を置き、リュウの容態を確認した。
リュウはゆっくりとクロキの顔を見た。その顔は魂の抜けたような表情をしていた。
「先生……俺……駄目だ……。何の才能も……ないよ……。」
リュウはポツリポツリと呟いた。
「そんなことはないよ。君は本当の勇気を示したんだ。立派だったよ。」
クロキはそう言うとリュウをお姫様抱っこし、半壊している金属の扉を跨いで廊下を進んでいった。
「君のような教え子を持てて、僕は幸せだよ。」
クロキはにこやかにそう言うと、廊下にある扉の前で立ち止まった。リュウを抱きかかえたまま器用に火のナイフを作り出すと、扉の施錠箇所を溶かし斬った。
クロキは背中で扉を押し開け、部屋の中にリュウを運び込んだ。部屋の一番奥でリュウを降ろすと、クロキは部屋にあるシーツや毛布をリュウにかけた。
「キンジ君達も別の部屋に隠れてもらっているんだ。リュウ君も隠れていてくれ。僕が呼びに来るまで、出てきてはいけないよ。」
クロキの言葉にリュウは力なく頷いた。
リュウの頷きを確認するとクロキは立ち上がり、部屋を出ていった。
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ファナド基地は要塞と、それを囲む城壁で構成されていて、要塞と城壁の間にはドーナツ型の敷地が広がっていた。
その敷地内を、立派な軍服を来た兵士達が馬に乗って移動していた。
兵士達の見た目はみな五十代くらいで、焦った表情で馬を急かしていた。
「あれは……クロキか?」
馬に乗る集団の一人が、城壁から出てくる人影を見て言った。
「んん? おお! クロキではないか!」
別の兵士もクロキを見つけて嬉しそうな声を上げた。
「司令官殿! 状況はどうなっていますか?」
クロキは集団の元に駆け寄りながら尋ねた。
「建物の向こうに悪魔達が集結している。あいつらめ、集団でここを襲って来よった! さきほどまでは我々を付け狙っていたが、今は下級の兵士達が応戦し、足止めをしている。お前も加勢に行ってくれ。」
司令官の一人が要塞の向こうを指さしながら答えた。
「分かりました。……それで、司令官殿はどちらに行かれるのですか?」
クロキは司令官に尋ねた。
「わ、我々はだな……あ~……緊急避難用の城門を通って……その……この場を離脱する。」
司令官の歯切れの悪い返答に、クロキは戸惑った。
「離脱? 基地を離れるのですか?」
「そ、そうだ。安全な場所へ……い、一時避難する。」
司令官はどもりながら答えた。
「どういうことです? 下級の兵士達が戦いを続け、ファナド市民の避難も完了していないこの状況下で、軍のトップが真っ先に逃げ出すと言うのですか?」
クロキはショックを隠し切れない様子で詰問した。
「んぐ……それはだな……」
司令官は口ごもった。
「あなた方も悪魔と戦う力は十分に備えているはずです。この場にいる我々全員で加勢し、戦っている兵士達を助けに行くべきです。」
クロキは不審そうな顔をしながらも、司令官に共闘を提案した。
「そ、その意見は却下する。」
司令官は畳みかけてるクロキに怯えながら言った。
「何故です? 我々全員で協力すれば確実に悪魔を撃退出来ます。それなのに……何故?」
「わ、我々上層部の命を危険に晒してどうする? 我々がもし死んだらファナド基地は機能しなくなるのだぞ?」
司令官は額に汗しながら反論した。
「それは今戦っている兵士達も同じです。彼ら全員が倒れたら、それこそ軍は機能しません。」
クロキは真剣な表情で食い下がった。
「しつこいぞクロキ! 我々が戦場に赴くとはない! 下の兵士達が死のうと後からいくらでも補充が効くが、我々のような将官クラスの人間は補充が効かん! これはグリティエ軍全体を考えての避難だ!」
司令官は激しいジェスチャーを交えながら怒鳴った。
司令官の言葉にクロキは深い失望を感じた。
「自分達の命が惜しいのなら、はっきりとそう言ったらどうです?」
クロキは冷ややかに言った。
「く……! 臆病者だなんだと言われようが構わん! 我々のこの判断に誤りはない……!」
「いいえ、その判断は誤りです。司令官殿にも悪魔と戦う義務があります。」
クロキは司令官の言葉を真っ向から否定した。
「義務だと?」
「そうです。私達は有事の際、身分や階級に関係なく、戦う時は共に戦い、死ぬ時は共に死のうと約束し、結束しています。その約束を破られるのですか?」
クロキは司令官を睨みながら問い質した。
「黙れ! この異常事態の中でそのような綺麗事が通用するか! そもそも命は平等ではない! 我々のような価値ある命を守るために、下の兵士が盾となるのは当然のことだ!」
司令官は喚き散らした。
「その盾となっている兵士達は、我々がこうしている間にも、戦って死んでいるかもしれません。」
クロキは司令官を睨み続けた。
「ふん。では私と言い争うのはさっさとやめて、一人で加勢に行くことだな。」
司令官はそう言うと馬の腹を蹴り、「ゆくぞ。」と言って他の上層部の兵士と共に走り去っていった。
クロキは心底失望した表情で、彼らの行く先を見つめていた。