第四十五話 才能のある兵士
ケンタの背後に現れた悪魔は両手を合わせて一つの拳を作り、それをハンマーのようにケンタめがけて振り下ろした。
「ぬお!?」
ケンタはソウマの大声に反応して横に緊急回避し、悪魔の攻撃をギリギリでかわした。
空振りした悪魔の拳は石の床に叩きつけられ、床が砕け散って辺りにヒビが走った。悪魔はゆっくりと起き上がり、周りの人間達を見回した。
ケンタを攻撃してきた悪魔は全身が青く、マグマのように発光する血管が浮き出ていて、顔は悪魔の中でも特に獣寄りの見た目をしていた。
「全員離れろ!」
リュウの号令でソウマ達は一斉に青い悪魔と距離を取った。
四人は廊下を後ずさりし、青い悪魔と十メートルほどの距離を空けた。
青い悪魔は体の向きを変え、四人のほうに向き直った。
「悪魔……やっぱり基地に侵入してたんだ……!」
ソウマは悪魔を睨みながら言った。
青い悪魔は少しずつ四人のほうに近付いてきた。
「みたいだな。どうする、リュウ?」
ケンタは横にいるリュウに尋ねた。
「もちろんここで殺す! やるぞ!」
リュウは右手を悪魔に向けて構え、大量の水を生み出した。
他の三人もそれぞれ構え、魔法の準備をした。
「氷の槍をお見舞いやるよ!」
リュウは悪人のような笑顔をしながら水を鋭い槍の形に変え、それを凍らせて悪魔めがけて飛ばした。
氷の槍は真っ直ぐ悪魔のほうに向かっていき、そのままいけば悪魔に突き刺さるはずだった。ところが、氷は悪魔に命中する前にボロボロと崩れてしまい、床に散らばっていった。
「!?」
リュウの不敵な笑顔は驚きと戸惑いの表情に変わった。
(なんだ……!? 才能に溢れる俺としたことが……ミスっちまったか? ふん! もう一回だ!)
リュウはすぐに気持ちを切り替え、再び水を出した。
(さあ、氷に変われ!)
リュウは目の前の水に視線を集中させた。頭の中で水をイメージし、その水が氷に変わっていく様子を想像する。
しかしはその想像に余計にイメージが割り込んできた。それは目の前にいる青い悪魔だった。
(クソッ! 集中出来ねえ! 目の前に悪魔が居るせいで、余計なイメージが割り込んできやがる!)
水は氷に変化せず、リュウの目の前でただウネウネと漂っているだけだった。
(なんで氷になんねえんだよ!? こんな肝心な時によぉ! ……ん?)
リュウが回りを見ると、他の三人もそれぞれ自分の魔法に不調が出ていた。
ソウマは構えた両手からチリチリと小さな火しか出ず、ケンタは少量の水をポタポタと出すだけ、カレンは蔦を出していたが、出したそばから枯れていた。
「おい! お前らも魔法が上手くいかねえのか!?」
リュウは早口で三人に確認した。
「ああ! 全然駄目だ!」
ケンタは自分の手の平を確認しながら答えた。
「クロキさんの言ってた通りだ……! 焦った状態じゃイメージがまとまらない! だから魔法が出ないんだ……!」
ソウマは額に汗しながら言った。
そうしている間にも青い悪魔は確実に歩みを進め、残りの距離を七メートル、六メートルと縮めてきていた。
(くそ! 全員駄目か! どうする? ここは俺様の才能で完璧な判断を下さねえと……!)
リュウは脳みそを回転させ、
「……仕方ねえ! 逃げるぞ!」
と、決断を下した。
「うん!」とソウマ。
「だな!」とケンタ。
「はい!」とカレン。
三人を先に行かせてリュウは最後尾につき、青い悪魔に背を向けて走り出した。
幸い青い悪魔は歩みがのろく、全力疾走する四人は悪魔との距離をグングン離していった。
「よし、大分撒いたな……!」
ケンタは後ろを振り返り、安堵の表情を浮かべた。
その時だった。
それまでノラリクラリと歩いていた青い悪魔が不意に立ち止まり、床に片膝をついてクラウチングスタートのような構えをし始めた。そして地面を強く蹴り、一気に加速。とてつもない速度で四人との距離を一気に詰め始めた。床を力強く蹴り飛ばし、その度に床が砕け散っていく。
「おいおいおいおい、嘘だろ!? リュウ! 凄い勢いで追いかけてくるぞ!」
「振り返るな! 走れ!」
後ろの悪魔を見て怯えた声を出すケンタに、リュウは一喝した。
「駄目だ、リュウ君! 直線じゃ追いつかれるよ!」
ソウマは切迫した声でリュウに伝えた。
(確かにこのままじゃやばいな……! どこか……曲がり角は……あった!)
「右だ!」
リュウは目の前に見えてきた十字路を指さして右折を指示し、四人は走る勢いを殺さないようにしながら十字路を右に曲がった。
青い悪魔は物凄いスピードで十字路へと侵入したが止まり切れず、曲がり角の壁を掴んで無理矢理体を停止させた。
急ブレーキに使われた壁は砕け散った。
悪魔はソウマ達が曲がっていった方向に向き直ると、再び追いかけ始めた。
(曲がり角で少し距離が出来たな……! 次の曲がり角は……どこだ? くそ! 頭ん中の地図がぐちゃぐちゃだ!)
リュウは歯ぎしりしながら廊下の先を見通した。
(ない……ない……この廊下はずっと直線か……! いや! 諦めずに走り続ければきっと……!)
リュウは必死に走り続け、曲がり角を探した。しかし──
(くそ! 全然ねえ!)
リュウは心の中で悪態をつき、
「おい、お前ら! 何か策はねえか!?」
と、前方を走るソウマ達に怒鳴った。
ソウマ達は何も答えられず、ただただ切迫した表情で走り続けていた。
(ないか……そうか……。しゃあねえな……。)
リュウはゆっくりと目を閉じた。
(思い出せ、リュウ……。お前は何の為に兵士になった? 自分の才能を証明するためだろ? じゃあ才能のある兵士って何だ? 殺した悪魔の数で決まんのか? 違う! 助けた仲間の数で決まんだ! だったら決心しろ! お前は……才能のある兵士なんだろ!)
「お前ら、先に行け。」
リュウは立ち止まり、前を行く三人にそう告げた。リュウが立ち止まった場所には、開け放たれた状態の分厚い金属の扉があった。
「リュウ君!?」
「リュウお前……何やってんだよ!? 早く来い!」
ソウマとケンタは立ち止まって後ろを振り返り、リュウに呼び掛けた。
二人の呼び掛けには応じず、リュウは金属の扉を閉め始めた。
「凡人のお前らを助けるのが、才能のある俺様の役目だからな……。さっさと行けよ。」
リュウは無理矢理作ったような笑顔でそう言うと扉を閉め切り、サムターンを回して施錠した。
ソウマ達はリュウを止めようと駆け寄ったが間に合わず、閉められた扉にぶつかった。
「リュウ君! リュウ君、開けて!」
ソウマは激しく扉を叩いた。
「くそ! アイツ、鍵を閉めやがった!」
ケンタは扉の取っ手を引っ張ったがびくともしなかった。
「そんな……! リュウ君! 四人で逃げ切らなきゃ! ここを開けて!」
ソウマはリュウに呼び掛け続けたが、扉の向こうのリュウは呼び掛けには応えず、サムターンを破壊する作業をしていた。
一回、二回、三回と力一杯蹴り、リュウはなんとかサムターンを壊した。
「よし……。」
リュウは「ふう……。」と息を吐くと、廊下の向こうに向き直った。
リュウの視線の先には、こちらに猛然と駆けてくる青い悪魔の姿があった。
「これで俺とお前、密室に二人きりだな。」
リュウは恐怖を笑顔で無理矢理上書きし、ガクガクと震えながら右手を構えた。
(大丈夫だ……何とかなる……。なぜなら……俺には才能がある……。だから……恐怖になんか負けねえ……! 魔法は出るはず……出る……はず……。)
リュウの望みも虚しく、右手から出たのは水一滴だった。リュウの顔から仮初めの笑顔が消え去り、次第に恐怖の色に染まっていった。
その間も悪魔は猛然と迫る。
(出ない……やっぱり出ない……! なんで……どうして……? 怖い……怖い……! 怖い!)
表情は恐怖から絶望に変わり、全身をガクガクと震わせながらリュウは膝から崩れ落ちた。唇を震わせ、涙が一気に溢れ出す。
青い殺意の塊はそんなリュウに容赦なく迫ってきた。
「うわああああ! 死にたくないよおおおお! ごめんなさいいいいい! 誰か助けてええええ! 助けてええええ!」
リュウは絶叫しながら失禁した。赤子のように泣き叫び、助けを求め続ける。
青い悪魔は容赦なく迫った。蹴り足で床を砕き、大きな肩幅で狭い廊下の壁を破壊しながら、リュウとの距離をグングン詰める。
その距離はもう数メートルしか残っていない。
リュウは泣きじゃくりながら自分の最期を悟った。
(ああ……終わった……。)
その刹那。
白く輝く炎の剣が金属の扉を突き破り、回転しながら青い悪魔の腹部に突き刺さった。
その剣は新兵の訓練でリュウが何度も見てきた、あの人の剣だった。