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アナザーズ・ストーリー  作者: 武田悠希
第三章 ファナド編
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第四十四話 葛藤と決意

「あ、あの……リュウ君? もういいんじゃないかな?」


男子寮では、ソウマが気遣うようにリュウに話しかけていた。


「うるせぇ! 負けは負けだ! 罰ゲームはきっちりやり遂げる!」


リュウはソウマの気遣いを突っぱねた。

リュウは部屋の壁際で三転倒立をしていた。両腕と首は疲労で震え、顔は苦悶の表情で真っ赤になっていた。


「あ……あと何秒だ?」


リュウは苦しそうな声で聞いた。


「え……えっと、あと十秒くらいかな?」


「十秒か……よし……いけるな……。」


リュウは自信を覗かせてニヤリと笑った。

その時、遠くのほうから鐘の音が聞こえてきた。


「ん?」


ソウマは音に反応して顔を上げた。


「ひでぶ!」


リュウは鐘の音に気を取られてバランスを失い、床に激突した。

鐘の音は何度か聞こえ、やがて静かになった。


「今の……警鐘塔の鐘の音だ……。基地の中で何かあったんだ……!」


ソウマは不安そうに言った。

リュウは「いてて……クソ!」と言いながら起き上がり、


「なんだ? 火事でも起きたのか?」


と頭をさすりながら聞いた。


「分からない……。でもこういう時は最悪の事態を想定して行動しないと……!」


ソウマは弾かれたように立ち上がった。


「最悪の事態って……なんだよ?」


リュウは床にあぐらをかき、悠長に構えていた。


「悪魔が攻めてきたつもりで行動するってことだよ! 早くここから避難しないと!」


ソウマは一喝し、リュウの腕を掴んで立たせた。


「いやいや待てって。なんで逃げんだよ? その悪魔と戦うために訓練してきたんだろうが?」


リュウは掴んできた手を振りほどき、ソウマの言う事を拒否した。

リュウの言葉にソウマは一瞬戸惑った顔をしたが、すぐに真剣な表情に変わった。


「新兵の僕らじゃまだ悪魔とは戦えないよ……! こういう時、新兵は逃げるように規則で決まってるの、リュウ君も知ってるでしょ! ほら早く!」


そう言うとソウマはリュウの腕を掴んで引っ張った。


「だから待てっての!」


リュウは鬱陶しそうにソウマの手を振り払った。


「リュウ君! 変な意地を張ってる場合じゃないんだよ! 早く逃げなきゃ!」


「うるせぇな! そんなに逃げたきゃ勝手にしろ! 俺は一人でも行くからな!」


「行くってどこにだよ!?」


怒るリュウに対して、ソウマも怒った顔で聞き返した。


「東の警鐘塔だ。」


「え?」


リュウの答えに、ソウマは一瞬困惑した。


「さっき鳴ったのは多分西の警鐘塔だ。東のはまだ鳴らしてねえかもしんねえ。東の兵舎の奴らにも知らせてやんねえと。」


リュウは「どけ。」と言ってソウマを押しのけた。

ソウマは最初困惑顔だったが、リュウの説明を聞いて納得したような表情をした。


「待って! 分かった、僕も行くよ。」


ソウマはリュウの肩を掴んで呼び止め、同行を申し出た。

リュウはニヤリと笑いながらソウマのほうを振り返った。


「いいねぇ、そうこなくちゃな。じゃあ行こうぜ。」


リュウはそう言うと前を向き、部屋のドアを開けて外の廊下に出た。

ソウマはリュウに付いて行き、出口に向かって廊下を走っていった。


兵舎の外では、既に多くの新兵や一、二年先輩の若い兵士達が避難を始め、基地の城壁伝いに城門を目指して歩いていた。避難をする兵士達の列の中にはカレンの姿もあった。

カレンは不安そうな顔をし、辺りをキョロキョロしながら歩いていたが、ふと男子寮に目をやると、寮から出てくるソウマとリュウの姿が目に入った。


「キ、キンジ君!」


カレンは列を離れ、ソウマ達の元に駆け寄った。


「あ、ユーリ!」


カレンに呼び止められてソウマは立ち止まった。

リュウはソウマの少し先で立ち止まり、腕組みをしながらイライラ顔で貧乏ゆすりを始めた。


「キンジ君、どこへ行くの? 早く非難しないと!」


カレンは心配そうに言った。


「その前に東の警鐘塔を鳴らしに行かないと! 東の兵舎の人達は緊急事態だってことをまだ知らないかもしれないから。」


ソウマはカレンに説明した。


「さっさと行くぞ!」


リュウはイライラ顔でソウマを急かし、ソウマは「うん!」と応じて再び走り出した。

ソウマはカレンのほうを振り返ると、


「ユーリは先に逃げてて! 僕らも後で追いつくから!」


と叫び、城壁のほうに走っていった。

カレンは避難する列をチラリと見つめ、列に戻ろうと二、三歩歩いた。が、すぐに立ち止まってソウマ達のほうを振り返ると、なにか葛藤するような表情をし始めた。やがてなにか決意したような顔をすると、


「わ、私も行く!」


と言ってソウマ達を追いかけていった。


====================================


要塞の長い廊下を、三人の新兵が走っていた。先頭をソウマとリュウが並んで走り、後ろをカレンが付いて行った。


「リュウ君、東の警鐘塔って、場所はどの辺なの?」


ソウマはリュウを横目で見ながら聞いた。


「西の塔とは真逆の場所だ。要塞の一番東側にある。……この廊下を真っ直ぐ行くより、あそこを左に曲がったほうがはえぇな。」


リュウはそう言うと、十字路を左折した。


「要塞の内部のこと、詳しいね。東の警鐘塔のことにもすぐ気づいてたし、凄いなリュウ君は。」


ソウマは感心しながらリュウを褒めた。


「当たり前だろ? 伊達に教習本徹夜で予習してねえよ。新兵の中で一番熟知してらあ。」


リュウは得意げに言った。


「そっか……そうだね。それじゃあ鐘を鳴らし終えるまでの間は、色んな判断はリュウ君に任せて、僕はリュウ君のサポートに回るよ。」


ソウマはリュウのほうを向きながら提案した。


「お! いい判断だぜ、キンジ! さすがは俺の優秀な手下!」


リュウは気持ち悪い笑顔でソウマに言った。


「……。」


ソウマはリュウを無視し、正面に向き直った。


「おい、無視すんな。隊長命令だ。」


ソウマ達はそんなやり取りをしながら廊下を走っていった。


「止まれ!」


不意にリュウが叫び、ソウマとカレンを制止させた。

リュウが睨む視線の先には十字路があった。その十字路の曲がり角の向こうから、何者かの足音が近付いてきていた。


「構えとけ……!」


リュウは背後の二人に命令し、自分も両手を構えた。

緊迫した表情で構える三人のほうへ、足音はドンドン近付いてきた。やがて曲がり角の向こうから影が見え始め、リュウは額から汗を一滴垂らしながらその影を淀み無く睨んだ。そしてついに足音の正体が十字路までやって来た。

現れたのはケンタだった。


「うお! なんだ、お前らか。」


ケンタはソウマ達の姿に気付き、少し驚きながら言った。

リュウは「んな!?」と言って新喜劇のようにコケた。

背後のソウマとカレンはホッと安心して緊張を解いた。


「イガリ! てんめえ、ビビらすんじゃねえよ!」


リュウは握った拳を震わせながらケンタに怒鳴った。


「え? ただ歩いてただけだぞ? ていうかお前ら、こんなとこで何やってんだ? 警鐘の音、聞こえてただろ? 早く非難しろって。」


ケンタは不審そうな目で三人に言った。


「俺らはなぁ、東の警鐘塔に行くんだよ。東側の兵舎のやつらのためにな。」


リュウはふんぞり返りながら答えた。


「お! 丁度俺も警鐘塔に行くとこだったんだ。一緒に行こうぜ。シドウ探すのも、もう疲れたし──」


「ケンタ危ない!」


同行を提案するケンタに、ソウマは大声で警告した。

ケンタの背後、廊下の暗闇の向こうから、巨大な悪魔の影が迫っていた。


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