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アナザーズ・ストーリー  作者: 武田悠希
第三章 ファナド編
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第四十一話 命令

 カンナの目の前にいる悪魔は体高三メートルほどの、とてつもなく大きな体をしていた。胴長短足で胴回りは相撲取りのように太く、巨大な体が通路を完全に塞いでいた。全身は赤い火のような体毛に覆われ、顔面は鬼や般若の類のように凶悪でまさに悪魔そのもの。人間と同じ二足歩行のようだが、凶暴な爪や牙、そして緑に怪しく光る瞳は人間というよりも獣に近く、四足歩行の猛獣が後ろ足で立ち上がったかのような姿をしていた。


「あ……あ……。」


 カンナは恐怖で唇を震わせ、ゆっくりと後ずさっていたが、足に力が入らず尻餅をついてしまった。


「ゴ……ル……ル……ル……。」


 巨大な悪魔はまるでライオンのように、低くゆっくりとした唸り声を上げた。

 不意に現れたカンナに対して悪魔は次の行動を決めかねている様子だったが、やがて両手に持っていたシドウの遺体を廊下の端に投げ捨てると、ゆっくりとカンナのほうに向かってきた。

 カンナのいる廊下は数十メートルの長さがあり、カンナの視線の先には建物の出口の明かりが見えていた。しかしその前に悪魔の巨体が立ち塞がっており、建物からは出られそうになかった。

 カンナは尻餅をついたまま後ずさりを続けた。ゆっくりと歩みを進める悪魔との距離はおよそ六メートル。

 悪魔は体が巨大過ぎるためか歩みがとても遅く、人間が普通に走れば逃げきれそうな速度だった。

 しかし今のカンナは完全に腰を抜かし、足が震えて立てない様子だった。


(立てない……どうしよう……殺される……!)


 カンナは恐怖で埋め尽くされた脳みそで、たどたどしく思考した。


(……魔法……そうだ魔法! あたしだって頑張ってきたんだ!)


 カンナは恐怖を振り払い、瞳に勇気の光を灯すと、床に座り込んだ状態で悪魔に向かって両手を構えた。


(イメージ……魔法が出るイメージ……!)


 カンナは目を閉じ、額に汗しながら集中した。

 しかしいつもは出るはずの魔法が全く出ない。


(あ、あれ? 出ない……? なんで? なんで!? ねえなんで!?)


 カンナは涙目になりながら両手を激しく振ったが、それでも魔法は出ない。

 カンナが齷齪あくせくしている間にも、巨大な悪魔は着実にカンナに近付いてきていた。その距離およそ四メートル。


(どうして……? どうして出ないの……? どうして!?)


 カンナは激しく掻き回されたように脳内の思考が乱れた。手の震えが止まらなくなり、目からは涙が溢れ出す。やがてカンナは視界が完全にぼやけた。ぼやけた灰色の視界の中で、赤色のシルエットが徐々に大きくなっていく。悪魔との距離がもうほとんど残されていないということをカンナは悟った。

 その距離およそ三メートル。


(あたし……ここで死ぬの……?)


 その距離およそ二メートル。


(アリサ……ユーリ……みんな……)


 その距離およそ一メートル。


(誰か……誰か……)


 悪魔の唸り声が耳元で聞こえる。


「誰でもいいから助けてー!!」


 カンナは頭を抱えてギュッと目を瞑りながら、助けを求めて絶叫した。

 その時カンナの耳に激しい衝撃音が聞こえた。

 その音を無視して頭を抱えたまま、カンナはひたすら縮こまっていた。しかし一向に自分が襲われる気配がないので、カンナは悪魔の様子を見ようとゆっくりと顔を上げた。


「じ……上官!」


 カンナの目の前にグリティエ軍の上官Aが立っていた。

 上官Aの向こう側には体を押さえながら後ずさる悪魔の姿があった。悪魔の体には胴体を斜めに縦断する深い切り傷が出来ていて、そこから激しく出血していた。


「ゴアァァァアアア!」


 巨大な悪魔は痛みと怒りで激しい叫び声を上げた。


「新兵! 無事か!?」


 上官Aは目の前の巨体から視線を外さないようにしながら、背後のカンナに声をかけた。


「は……はい……!」


 カンナは悪魔の叫び声に負けないように大きく返事をした。


「立て! そして警鐘塔けいしょうとうに向かえ! 東と西に一つずつ! 計二か所だ!」


 上官Aはカンナに叫びながら、再び向かってきた悪魔に風の刃をぶつけた。


「これは緊急事態だ! 警鐘を鳴らし、みなに伝えねばならん! 行け!」


 上官Aは悪魔が三メートルほどの距離まで後退したのを確認すると、カンナのほうを振り返って言った。


「た……立てません……!」


 カンナは涙声で言った。


「なら戦いに巻き込まれて死ぬだけだ! 立て! 生きろ! 命令だ!」


「……! ……はい!」


 カンナは上官Aの剣幕に一瞬怯んだが、すぐに表情を引き締めて力強く返事をすると、足に渾身の力を込めて立ち上がった。カンナは上官Aに背を向けて廊下を駆けだした。

 カンナは一度だけ後ろを振り返り、廊下の隅に転がるシドウの遺体に視線を送った。


(シドウ……あたしのこと好きだって言ってくれたこと……忘れないよ……。)


 カンナはポロポロと涙を流しながら、警鐘塔に向かって走っていった。


 ====================================


 時を同じくして新兵の男子寮では、ソウマ、ケンタ、リュウの三人が七並べをしていた。


「ぐぬぬぬぬぬ~、パスだ!」


 リュウは苦悶の表情を浮かべながらパスを宣告した。


「リ、リュウ君、大丈夫? もうパス五回目だけど……。」


 ソウマは同情の目線を向けながらリュウに聞いた。


「うるせえ! 俺の心配はいいからてめえの心配してろ!」


 リュウはソウマに喚き散らした。


「頑張れよ、リュウ。ホントはパス三回までのところを、お前だけ特別にパス十回まで許してんだからよ。」


 ケンタはニッと笑いながらカードを一枚場に出した。


「う、うるせえ! 勝負はこっからだ!」


 リュウはメラメラと闘志を燃やした。

 ソウマはそんなリュウに苦笑いをしながら、自分の番になったので手札を一枚場に出した。


「またシドウ君の番だけど……シドウ君、戻ってこないね?」


 ソウマは自分の隣に置いてある裏向きのシドウの手札を見ながら言った。


「もう全部並べちまおうぜ? さっきから俺の手札が減らねえの、それのせいな気がすんだよ。」


 リュウは立ち上がってシドウの手札を掴んだ。

「う、うん。」と言うソウマの返事を待たずに、リュウはシドウの手札を表にして並べ始めた。


 ====================================


 カンナは要塞の長い廊下をひたすら走っていた。


(まずは西の警鐘塔だ……! ここは建物の南側だから、一旦建物の真ん中まで行って、そこから左に曲がれば最短のはず……!)


 カンナは先ほどまでの焦りを落ち着かせ、冷静に思考が出来るようになっていた。真っ直ぐ続く廊下を走り続け、カンナはかなり息が乱れていたが、それでも走る速度を決して緩めなかった。必死に走り続けていたその時、カンナは前方にいる金髪の女の子を見つけた。


「アリサ……!」


 カンナは遠くからアリサを呼んだ。

 カンナに呼ばれて、アリサは不思議そうな顔で振り返った。アリサはジャスミンの花柄の、薄い絹織物のような私服を着ていた。

 カンナはアリサの元まで駆け寄ると、膝に手をついて息を整え始めた。


「どうしたの、カンナ? 建物の中を走っちゃ駄目じゃない。上官に怒られちゃうわ。」


 アリサは顔をしかめながらカンナを注意した。


「アリサ……聞いて……。それどころじゃないの……。」


 カンナは乱れた呼吸の合間に言葉を紡いだ。

「どうしたの?」と不審そうに聞くアリサに対してカンナは、


「悪魔……悪魔が……建物の中に……。」


 と状況を伝えた。


「嘘……!? ホントなの、それ?」


「うん……早く警鐘を鳴らさないといけないから……手伝って……!」


 カンナの頼みにアリサは真剣な顔で「分かったわ!」と応じた。


「私は東の警鐘塔に行く! カンナは西側をお願い!」


 そう言ってアリサは先に走り出し、カンナも「うん!」と返事をして走り出した。


「あそこが建物の真ん中の十字路よね?」


 アリサは前方の十字路を指さしながらカンナに聞いた。


「うん! あそこで二手に別れよう!」


 カンナはアリサに提案し、アリサは「そうね!」と応じた。

 二人は十字路まで真っ直ぐ走っていった。

 その時だった。

 カンナは前方の十字路の床に映る、蠢く影を見つけた。

 それは十字路の曲がり角の陰に潜む、何者かの影だった。

 カンナは目を細めて影を注視し、すぐにその正体に気付いた。

 その影は頭部に二本の角が生えていた。


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