第四十話 動き始める災い
新兵の訓練が始まってから数日が経過し、新兵達はそれぞれ見違えるように魔法を上達させていた。
ソウマは小さいながらも炎の剣を作り出すことが出来るようになっていた。
小さな炎の剣を作ったソウマは、剣の温度を徐々に上げていき、赤色だった炎をオレンジ、黄色へと変えていった。その小さな剣を金属の支柱に投げつけ、金属の支柱に命中させた。
支柱は剣が命中した箇所が溶け、深い傷ができた。
支柱は他の新兵達の練習跡で既にボロボロになっていた。
「よし!」
ソウマは達成感でガッツポーズした。
ケンタは水でカブトムシを作り、それを凍らせてリュウに見せていた。
それを見せられたリュウは、ケンタのよりも一回り大きなカブトムシを作り、それをドヤ顔で見せていた。
シドウは風の魔法で性質変化の練習をしていた。魔法で手裏剣のような形の風の刃を作ると、それを支柱にぶつけた。
支柱には鋭く深い傷が出来た。
カレンは木属性の魔法で地面から木を生やし、その木から紫色の霧を生み出していた。
「うん、とても強力な毒素が作れるようになったね。この毒なら悪魔を倒すことが出来るよ。」
クロキは木を見上げながら、カレンの魔法を高く評価した。
「あ、ありがとうございます……!」
カレンは恐縮してお辞儀をしながら言った。
「うん。さて……」
クロキは新兵達の間を通り、ブラックボードの前まで歩いた。クロキは号令をかけ、新兵達を整列させた。
「皆さん、この数日間でとても魔法が上達したと思います。残り一週間の訓練を終えたら、皆さんには実戦に参加してもらいます。既にモリノ君には飛び級で簡単な任務に参加してもらっていますが、同じレベルの任務を皆さんにもこなしてもらいます。」
クロキは新兵達に今後のことを説明した。
「来た来た。ついに俺の実力を見せつける時が来たな。」
リュウは自信を溢れさせながら言った。
「リュウ君、油断してるととんでもない目に遭うかもよぉ? それでまた漏らしても知らないからねぇ?」
シドウがリュウを茶化した。
「またってなんだ! 俺は漏らしてねえ!」
「ついに来るのね。ユーリちゃん、カンナ、頑張りましょうね。」
アリサは気を引き締めた顔でカレンとカンナに話しかけた。
カレンは「うん、頑張ろうね。」とアリサに返事をしたが、カンナは不安そうな顔のまま黙っていた。
「カンナ? どうしたの?」
「え? う、ううん、何でもない。」
カンナは慌てて返事をした。
その様子を、アリサとカレンは不思議そうな顔で見ていた。
「おい、ソウマ。」
ケンタは前に立つソウマに小声で耳打ちした。
「ん?」
「もう魔法の技術は十分盗めたよな?」
「うん、そうだね。」
ケンタの問いかけにソウマは同意した。
「よし。それじゃあ実戦が始まる前にここを抜け出すぞ。ルシフェルが任務から戻ってきたら四人で一斉に脱走するから準備しとけよ。」
「うん、わかった。」
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その日の深夜。
ファナド基地は要塞の明かり以外、暗闇に包まれていた。
基地の要塞の中には休憩スペースが何ヵ所かあり、そのうちの一か所で黒髪眼鏡の女の子、カンナが休憩を取っていた。
休憩所は四畳ほどの狭い空間で、飲み水の貯めてある樽と木の小さなテーブル、そして木のベンチが設置されていた。
カンナはコップを手に持ってベンチに座り、背中を丸めて肩を落としていた。
「は~。」
カンナはコップの水を一口飲むと、深くため息をついた。
「おやおやカンナちゃ~ん、何かお悩みの様子かな~?」
シドウが廊下の陰からひょこっと顔を覗かせた。
「そう。で、それを一番見られたくない奴に見られた感じかな。」
カンナはあしらうような言い方で返事をした。
「そっかそっか~。僕で良ければ相談に乗るよ?」
全くめげずに話を続けながら、シドウは休憩所に入ってカンナの隣に座った。
「あんた、あたしが今言った事聞いてた? あんたにだけは相談したくないっての。」
「えー、なんでさ?」
「あんた、周りの人を馬鹿にし過ぎなんだもん。あたしの話だって、どうせまともに聞く気ないでしょ?」
カンナは冷たい視線をシドウに送った。
「そんなことないよ。僕が馬鹿にするのはリュウ君だけだよ。約束する。」
「約束しなくていいっての。」
「まあまあ、そう言わずにさ。話してごらんって。」
シドウにしつこく言われてカンナは困った顔をしたが、やがて諦めたようなため息をつくと、ポツリポツリと話し出した。
「あんたはさ、悪魔と戦うの、怖くないの?」
カンナの質問にシドウは両眉を吊り上げた。
「なんで? 戦うために兵士になったんだよ? 怖いどころか楽しみだよ。自分の手でこの国を守れるのは素晴らしいことだし、それに、リュウ君が悪魔に羽交い絞めにされてベソ掻いてるところなんて見れたら、もう最高だろうな~。」
シドウは夢見るように天井を見上げ、そんなシドウをカンナはドン引きした顔で見ていた。
「カンナは悪魔と戦うのが怖いの?」
シドウはカンナのほうを向いて聞いた。
「……そりゃ怖いでしょ? 負けたら死ぬんだよ? あたしは戦うかっこいい女の人に憧れて軍に入ったけど、いざ入ってみたら、周りの同期と比べてあたしが一番遅れてるし……。」
カンナは唇を尖らせ、不貞腐れた顔をした。
「そっか~。まあでも大丈夫だよ。人はどうせいつか死ぬから。」
「ほら、ろくな慰め方しないじゃん……。」
カンナは呆れながら言った。
「冗談冗談。」と言って笑うシドウをカンナはジト目で見ていたが、またポツリポツリと話し出した。
「それとあたし、こんな性格だからさ、いまいち周りと馴染めないっていうか……。」
「そうなの? ユーリとかアリサとは話してるじゃん?」
シドウは不思議そうに聞いた。
「そっちはいいんだけど……その……だ、男子とかと。」
「え? 今僕と普通に話してるじゃん?」
「あんたとは今のところ会話は成立してない気がする。」
カンナは冷めた口調で言った。
「へっへっへっ。やっぱりカンナは面白いな。返しが独特っていうかさ。」
シドウはそう言いながら立ち上がり、休憩所の出口まで歩いていった。
「そりゃどうも。」
カンナは興味無さそうに答えた。
シドウは出口の近くでカンナのほうを振り返った。
「僕はカンナのこと好きだよ。」
不意にシドウに言われ、カンナは顔を真っ赤にした。
「は、はあ!? き、急に何言ってんの!?」
「何って、そのまんまだよ? カンナはリュウ君とはまた違う面白さがあるからね。これから沢山ちょっかい出してあげるから楽しみにね~。」
シドウはニヤリと笑いながらカンナに手を振った。
「うぇ……気持ち悪……。」
カンナは紅潮していた顔が一気に冷め、逆に青ざめた。
カンナの暴言を特に気にすることなく、シドウは手を振りながら廊下の陰に消えた。
休憩所に一人残されたカンナはベンチで俯き、考え込むような顔でしばらく佇んでいた。やがて顔を上げるとコップの中身を一気に飲み干し、
「よし、頑張るか。」
と言って立ち上がった。
カンナは休憩所を出て外の廊下に出た。
「!」
カンナは廊下に広がる光景に驚愕した。
まずカンナの目に飛び込んできたのはシドウの遺体だった。体が真ん中から二つに引き裂かれ、おびただしい血が床に滴っている。
次に目に入ったのは、廊下に立つ巨大な悪魔だった。右手にシドウの上半身、左手に下半身を握り、カンナの存在に気付くとその両目でカンナの姿をはっきりと捉えた。
災いの時の針が、再び動き始める。