第四話 悪魔
ソウマは血まみれで仰向けに倒れているクースケを見つけた。
「ひい!」
ソウマは思わず悲鳴を上げた。
クースケの顔はカッと目を見開き、恐怖の表情のまま固まっていた。
ソウマは震える膝になんとか力を込め、ゆっくりとクースケの元に歩いていった。
「ク、クースケ……ねえ……しっかりして……。返事してよ……クースケ!」
ソウマは声を震わせながら呼び掛け、クースケの体をゆすった。
クースケはピクリとも動かない。
「そ……そんな……。どうして……こんな……。どうして……こんなことに……。」
クースケに触れた手は血がべっとりと付き、ソウマは震えるその手を絶望の表情で見つめた。
その時、背後でズンッという音が聞こえ、ソウマは後ろを振り返った。
そこには異形の生命体がいた。二足歩行をしていて、手足には五本の指があり、骨格は人間に似ていた。が、身の丈が二.五メートル近くあった。全身は筋骨隆々で黒っぽい皮膚に覆われ、その上に赤い鎧を身に纏っている。頭には二本の赤い角、背中には大きな黒い翼が生えている。翼の羽は猛禽類の羽毛に似ていた。尻の上辺りには尻尾が生え、ゴツゴツとした赤い鱗で覆われている。顔のパーツは目、鼻、口、耳、どれも人間のそれと同じだが、金剛力士像の吽形のような強面の形相で、口を真一文字に結び、両目はオレンジ色に妖しく光っている。
(あ……悪魔だ……!)
ソウマは心の中で叫んだ。
ソウマが見つけた赤い悪魔は、ソウマには気付いておらず、別の人間を目で追っていた。
金髪の頭にすらっとした長身。シンゴだった。シンゴは頭や腕から流血していた。
「ひ、ひい!」
シンゴは怯え切った表情で瓦礫の上を逃げ惑っていた。
赤い悪魔は翼を広げて飛び立ち、あっという間にシンゴに追いついた。両足でシンゴの背中を蹴り飛ばし、倒れたシンゴの上にのしかかって地面に組み伏せた。
「ぐぅぅ……! 誰か……誰か助けて……!誰か……!」
うつ伏せで身動きの取れないシンゴは、涙目になりながら必死に助けを求めた。眼球だけ動かして周囲を見回したシンゴは、遠くからこちらを茫然と見つめるソウマの姿を見つけた。
「ソウマ……!助けt──」
シンゴが言い終わる前に、赤い悪魔は巨大な拳でシンゴの顔を殴りつけた。シンゴの頭部はぐちゃぐちゃに潰れ、原形が無くなった。血が飛び散り、シンゴの体はビクビクと痙攣した。
赤い悪魔は手を振り、べっとりと付いた血を払った。
「あ……あ……。」
ソウマは唇を震わせながら声にならない声を出した。
ソウマは周りの瓦礫の山を見回し、身を隠せそうな空間を見つけると、そこに体をねじ込んだ。ソウマが瓦礫の隙間から外の様子を伺うと、地面に転がる右腕を見つけた。手首にミスリングが巻かれている。
(ミカ……!)
ミカの体は巨大な瓦礫に押し潰されて完全にぺしゃんこになっており、右腕だけが潰されずに残っていた。
そこへまた異形の生命体がやって来た。先ほどの赤い悪魔とは別の黒い個体で、赤い悪魔よりも大きな巨躯の持ち主だった。赤い悪魔より一回り大きな筋肉の鎧を身に纏い、特に前腕の筋肉が発達していた。指先には象牙のように巨大な爪が備わっている。全身の肌は黒く、所々に幾何学模様の白い線が入っている。赤い悪魔同様、尻には短いながらも尻尾が、頭には小さな角が生えている。しかし背中に翼は無く、根本から千切れた跡だけが残っていた。顔はヴ○ノムのように凶悪な人相で、口から無数の牙を剥き出しながら、鋭い白い眼で周囲をキョロキョロと見回していた。
やがて黒い悪魔は地面に転がっているミカの腕を見つけると、しゃがんでその腕を掴み、ミカの体から千切り取った。
黒い悪魔はその場にあぐらをかき、ミカの腕に纏わりついていた制服の残骸を取り払うと、肘のほうからバリバリと食べ始めた。
ソウマはその様子を見て、目から涙が溢れ出した。嗚咽が漏れないよう、両手で口を抑えながら。
「うげ、ロイド。お前よく生で食えるな。さっき食ってみたけど臭みがひどかったぞ。」
緑色の別の悪魔がやって来て、黒い悪魔に話しかけた。
「そうか? 結構いけるぜ。」
ロイドと呼ばれた黒い悪魔は、ミカの腕をどんどん食べ進めていった。やがて手首の辺りまで食べたロイドは、「ん?」と言ってミカの腕から口を離した。
ロイドの前歯にミスリングが引っ掛かっていた。
ロイドは爪でミスリングを引き裂き、ミカの手首から取り払った。
ミスリングはハラリと地面に落ちた。
瓦礫の山に倒れている生徒達の中には、生存者達が何人かいた。呻き声を上げる生徒やゆっくりと起き上がる生徒、中には立ち上がり、足を引きずりながらも歩き出す生徒もいた。
その生存者達を、ロイドや緑の悪魔、そして他の悪魔達が次々に襲っていった。
ある者は頭を握りつぶされ、ある者は両手で掴まれて体を2つに引き裂かれ、ある者は足で踏み潰されていた。
ソウマは身を隠した瓦礫の空間の中で、その光景を茫然自失といった表情で見つめていた。
「それ以上は殺すな。ギアス殿への伝令役がいなくなる。」
赤い悪魔は生徒や教師を襲う悪魔達に声を掛けた。
その声は低く、冷静な口調の中にどこか凄みのある、そんな声だった。
赤い悪魔は瓦礫の山の上で腕組みをしながら仁王立ちし、セントクレア魔法学校の校舎があった敷地全体を見渡していた。
「おっと。すいません、フェゴール団長。」
悪魔のうちの一体が赤い悪魔フェゴールに謝罪した。
「まずいな、全滅させちまったんじゃねえか?」
別の悪魔が周りを見回しながら言った。
「問題ない。生き残りを見つけた。」
ソウマの背後で声がした。フェゴールのように低いが、こちらは抑揚のない無機質な声だった。
声の主はハイキックで瓦礫の山を蹴り飛ばし、中で身を隠していたソウマの姿を外に晒した。
ソウマは驚いた顔で後ろを振り返り、声の主の姿を捉えた。
声の主もやはり悪魔だった。その姿はフェゴールと同じように二メートルを優に越える体躯で筋骨隆々。上半身の皮膚は濃い紫色で、背中の翼も濃い紫色をしている。翼はコウモリの羽のように一枚の膜で出来ていた。前腕と腰から下、さらに尻から生える尻尾は鎧のようにごつごつとした固い皮膚で覆われている。頭には黄土色のS字の角が生え、顔は石像のように無表情。妖しく光る赤い目が、ソウマの姿をしっかりと捉えていた。
紫色のその悪魔はソウマの頭を鷲掴みにすると、瓦礫の中からソウマを引きずり出した。
ソウマが悲痛な叫び声を上げるのも構わず、紫色の悪魔はソウマを引きずっていき、瓦礫の少ない開けた場所まで来るとソウマを放り投げた。
ソウマの体はボロ雑巾のように地面に転がった。
そこへフェゴールやロイドをはじめ、他の悪魔達が集まってきて、ソウマは数十体の悪魔に囲まれた。
ソウマを引きずり出した紫色の悪魔は腕組みをして仁王立ちし、赤い目でソウマを見下ろしていた。やがて口を開くと、低く無機質な声でソウマに話しかけた。
「人間の幼子よ。俺はバロア悪魔国第一師団、副団長グリムロだ。お前の名を教えろ。」