第三十九話 追い求める答え
その夜。
兵舎男子寮の一室ではソウマ、ケンタ、リュウ、シドウの四人が、またわちゃわちゃと雑談をしていた。
「でもまあ、とにかくだ。」
リュウは得意げな声で話し始めた。
「新兵の中で一番成長してるのはこの俺だ。つまり、もし今悪魔と戦う事になったら、一番戦力になるのはこの俺様ってことだ。そこんとこ忘れんなよ、お前ら。」
リュウは手に持っているトランプの手札越しに他の三人を見回した。
四人は七並べをしていた。
(一番はたぶんルシフェルさんだと思うけど……)
「う、うん。そうだね。」
ソウマは上辺だけ同意しながら、手札のトランプを一枚場に出した。
「悪魔かぁ。そうだよねぇ、僕らもいずれは戦うことになるんだよねぇ。全然実感湧かないなぁ。」
そう言いながらシドウは手札を一枚場に出した。シドウはなにやら口元をニヤけさせ、その口元を手札で隠しながらチラリとリュウを見た。
「いずれっつーか、すぐ戦うことになるだろうよ。クロキ先生も言ってたろ? 悪魔が殺人事件を起こしまくってるってよ。ファナドではまだ起きてねえけど、時間の問題だろうからな。……クソ、パスだ。」
リュウは顔をしかめながら言った。
「なんかグリティエの人達ばっかり襲われてる気がするよねぇ。ベリミットの人とかが襲われたっていうニュースは全然聞かないけど、なんでだろうねぇ?」
シドウは腑に落ちないという顔で言った。
「ベリミットはバロアと条約を結んでるからな。あの国が悪魔に襲われることは無えよ。……チッ。」
リュウはシドウの問いかけに答え、ケンタが場に出したカードを見て舌打ちした。
「ああ、そういえばそんなのあったね。安保条約だっけ? そっかぁ、条約のお陰で平和が保たれてるのかぁ。じゃあうちみたいに毎日悪魔に怯える必要もないのかぁ。いいな~。……ね?」
シドウは羨まし気な顔でそう言い、ケンタのほうを向いて同意を求めた。
「あ、ああ。きっとそうだろうな。」
ケンタは曖昧に返事をした。
「悪魔に襲われないどころか、ベリミットは悪魔に国を守ってもらってるからな。バロアが世界の覇権握ってる間は、ベリミットは安泰だろうよ。……チッ。」
リュウはそう言いながら、ソウマの出したカードを見て舌打ちした。
「あいつら悪魔ってさぁ、条約だけは律儀に守るよねぇ。そのくせうちみたいな条約を結んでない国には容赦無いしさ。やだな~、悪魔の気が変わって人間を襲わなくなる未来が来ないかな~。」
シドウはそう言いながらカードを場に出し、また手札で口元を隠しながらリュウを盗み見た。
「そんな未来くる訳ねえだろ。悪魔はこの先もずぅっと人間の敵だ! 精々食われねえよう祈っとくことだな。……クソ! パスだ!」
リュウはイライラした様子で言った。
「悪魔ってそこが特にヤダよねぇ。殺されるだけでもヤなのにさ~。食べられちゃうなんて最悪だよ~。」
シドウはげんなりした顔で言った。
(グリティエの人達も悪魔に食べられてるんだ……。セントクレアの時もそうだったけど……これも全部女王の指示なのかな……。)
ソウマはケンタの次にカードを場に出しながら心の中で考察し、
「ガリアドネの目的は一体何なんだろうね。」
と、おもむろに口を開いた。
「あ? ガリアドネ? なんだそりゃ?」
リュウは怪訝な顔で聞き返した。
「え? 悪魔の女王の話だよ。女王の指示で悪魔が人間を襲ってるけど、一体何の目的でやってるんだろうねって……。」
ソウマは最初は普通に喋っていたが、リュウがあまりにも怪訝な顔で見てくるので、後半の声量は尻すぼみになった。
「ガリアドネの指示だぁ? 女王が黒幕って説は有り得ねえって、とっくに否定されてたじゃねえか。」
リュウは片眉を吊り上げながら言った。
「え? そうなの?」と聞き返すソウマに、「ああ、そうだぞ。」とリュウは返答し、話を続けた。
「だってガリアドネが女王になったのって五年くらい前のことだぜ? 悪魔はそれよりも前から人を襲ってたじゃねえか?」
「人が襲われ出したのって、確か十年前くらいからだよね。ガリアドネが女王になったのはその後のことだから、女王は事件とは無関係だろうって結論付けられたんだよ。ちなみに今リュウ君の番だよ。」
シドウはリュウの説明に捕捉した。
「そうだったのか……。でも、十年前からガリアドネが陰で悪魔を操ってたっていう可能性もあるよな?」
ケンタが横から話に割って入った。
「お前ら、意地でも女王の所為にしたいみたいだな? じゃあ聞くけどよ、女王はなんで人を襲うんだよ? ちなみに俺はパスだ。」
リュウはイライラした口調で聞いた。
「それは……人間に何か恨みを持ってるとかで……」
リュウに圧倒され、ソウマはタジタジになりながらも答えた。
「恨みぃ? それなら殺すだけでいいだろ? なんで殺した後むしゃむしゃ食うんだよ?」
リュウは不審そうな顔で言った。
「それは……分からないけど……」
ソウマは口ごもりながらカードを場に出した。
リュウはソウマを指さして「ほれみろ。分かんねえんじゃねえか。」と勝ち誇った顔で言った。
「確かに人間を食べる理由はよく分かんねえけどよ……じゃあこっちも聞くけど、女王が黒幕じゃないなら、なんで悪魔はわざわざ人を襲って食うんだよ?」
ケンタは訝し気な表情をリュウに向けながら尋ねた。
「んなもん食い物が足りなくて困ってるからに決まってんだろ? 腹が減って仕方無えから人間を襲って食ってんだよ。……パス。」
リュウは当然だと言わんばかりの表情で答え、シドウが場に出したカードを見てパスを宣言した。
「いや、それは有り得ないだろ? バロアにはベリミットが毎年食べ物を送ってるんだぜ? 食べ物に困る事なんてないだろ?」
ケンタはカードを出しながら、眉間に皺を寄せて反論した。
「でたでた。それってあれだろ? ベリミットが食い物をバロアに送るっていう条約の話だろ? ベリミットがそれをちゃんとやってなかったとしたらどうだ?」
リュウは不敵に笑いながら言った。
リュウの言葉を聞いたソウマはカードを出そうとしていた手を止め、目を丸くしてリュウのほうを見た。
「なんだそりゃ? ちゃんとやってるに決まってるだろ、そんなの。」
ケンタは呆れたようにリュウの持論を一蹴した。
「そうか? でももし仮にやってなかったとしたらどうなる?」
リュウは試すような視線をケンタに向けながら聞いた。
「そりゃあ、バロアの食料はほぼ全てベリミットが賄ってるわけだから、そのベリミットが食料供給をストップしたら、バロアは食料不足になるだろうな。」
ケンタは渋々といった感じで推測を話した。
「だろ? 食料不足で悪魔達は飢えに苦しむことになるよな? 自分が悪魔だったらどうするよ? 腹が減って死にそうな時に、目の前に人間と言う名の餌が歩いてたら……そいつを食い殺してでも空腹を満たそうって考えになんじゃねえのか?」
リュウはケンタや他二人を見回しながら言った。
「う~ん、それはそうかもしんねぇけど……でもそうなる前に、国同士で話し合って解決しようとするだろ? 普通は。」
ケンタはなおも反論した。
「その話し合いが拗れちまったとしたら? ……パス。」
リュウはドヤ顔で聞き返し、シドウの出したカードを見てパスした。
「それは……う~ん……」
ケンタはカードを出す手を止めて考え込んだ。
「……成程。確かに説得力のある話だね。」
ソウマは口元に手を当てて難しい顔をしながら言った。
「だろ? まったく、お前は素直で可愛い奴だな。俺の部下にしてやってもいいぜ?」
リュウは気持ち悪い笑顔を向けながらソウマの肩に手を乗せた。
「でももしそうだとしたら、どうしてギアス国王は食料の支払いを滞納するんだろう? 素直に食料を渡しておけば、悪魔だって大人しくしてるのに……。」
ソウマはカードを場に出し、リュウの手を払いのけながら疑問を口にした。
「その理由は俺も知らん。……パス。」
リュウはきっぱりと即答し、シドウの出したカードを見てパスした。
「なあんだ、知らないんだ。期待して損したなぁ。しっかりしてよリュウ先生~。」
シドウは大袈裟にがっかりした口調で言った。
「うっせぇな! じゃあお前知ってんのかよ?」
「分かんない。」
「なんだお前。たくっ……お前みたいな奴だけはぜってえ部下にしない。」
リュウは冷たい視線をシドウに浴びせながら言った。
「こっちも寝しょんべんたれの部下はごめんかな~。」
「寝しょんべんなんかしてねえ! ありゃ水の魔法だっつってんだろ! んなことよりシドウ! てめえ、ダイヤの8ずっと止めてやがんだろ!? 俺のダイヤの9から13までが全然出せねえんだよ! 出せや!」
リュウとシドウが言い合っている最中、ソウマはケンタを呼び、部屋の外に出た。
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「さっきのリュウ君の話、どう思った?」
部屋の外の廊下でソウマはケンタに尋ねた。
「どうって……有り得ないだろ? 国が食料供給をさぼるなんて……。」
ケンタは半信半疑な顔で言った。
「僕はさっきの話、強ち間違いじゃない気がする。」
「ん? ……なんでだ?」
ケンタは意外そうな顔で理由を聞いた。
「セントクレアを襲った悪魔も言ってたんだ。食べるために人間を襲ったって。今考えてみると、あれは正直な事を言ってたような気がするんだ。だから、ガリアドネが黒幕なわけじゃなくて、原因は食料不足。そのほうが、辻褄が合う気がする。」
ソウマは真剣な表情で話した。
「それじゃあ、女王は無関係って事か?」
ケンタは半信半疑な顔で聞いた。
「無関係かは分からないけど、少なくとも人間に恨みを持ってる訳じゃないって事になるね。」
ソウマの返答に「成程な。」と頷くケンタ。そのケンタに対し、ソウマは話を続ける。
「それにさっきの話が本当なら、バロア国が安保条約を無視する理由も説明が付くんだよ。」
「どういうことだ?」
ソウマの話が分からず、ケンタは眉に皺を寄せた。
「もしもベリミットが食料供給を怠ってるんだとしたら、それは条約違反をしてるってことになるよね?」
「う~んと……そうだな。バロアに食料を送るのは条約で決められてることだから、それをやらないのは条約違反ってことになるな。……待てよ? そうすると、バロアはバロアで人を襲ったり条約違反してるわけだから、ベリミットとバロアは両方とも条約を無視してるってことになるのか?」
ケンタは悩まし気な表情を、事を察したような表情に変えながら言った。
「うん。お互いに約束を無視してて、条約はもう形しか残ってない。だから悪魔達は条約なんてお構いなしに、ベリミットの人達を襲ってるっていう……そういう状況なのかもしれないね。」
ソウマは暗い顔で言った。
「そういうことだったのか……! 畜生! 悪魔ってのは条約が無いと本当に見境の無い奴らだな! 益々悪魔の事が嫌いになったぜ!」
ケンタは拳を震わせながら言った。
「確かに見境が無いね。ただ……」
ソウマは口に手を当てて考え込んだ。
「ん? どうした?」
「今言った推測が全部正しいとすると、悪魔達はベリミットのせいで食べ物が不足してて、仕方なく人間を襲ってるってことになるよね?」
「ああ、そうなるな。」
「それじゃあ、バロア国は何も悪くないって事になるよね?」
ソウマはズバリと考えを述べた。
「え!? なんでだよ!? 悪いに決まってんだろ!? 人の命を奪ってんだからよ……!」
ケンタは驚いた顔で反論した。
「でも、その原因を作ったのはベリミットのほうなんだよ?」
「ぐ……それはまあ……確かにな……。いや、でもな、ソウマ? 俺もお前も、大事な人を失った被害者なんだぞ? その事は忘れてないよな?」
ケンタは念を押すように尋ねた。
「勿論それは分かってる。ちゃんと分かってるよ。でも、とにかくバロア国には落ち度がないんだ。それなのに悪魔に反撃しようっていうのは、やっぱりただの逆恨みな気がする。」
ソウマは葛藤の入り混じった声色で言った。
「……。」
ケンタは無言だった。
「それに女王が無関係なら、暗殺計画も意味が無いし……。僕らのやろうとしてることは、本当に正しいことなのかな……。」
ソウマはそう言いながら俯いた。
「それは……う~ん……。」
ケンタは頭を掻きながら歯切れの悪い返事をした。
「推測が全部正しければ、の話だけどね。真実が分からない以上、今は自分達のやるべきことを精一杯やるしかないよ。」
ソウマは顔を上げてそう言うと、部屋の中に戻っていった。
ケンタはソウマの背中に向かって、「ああ……。」と自信なさげに返事をするしかなかった。