第三十八話 成りたい自分
二日目の訓練は昼休憩に入った。
クロキと新兵達は広場の一か所に集まり、芝生に座って昼食を取っていた。
リュウだけは集団から離れて一人で昼食を取っていたが、時折ソウマ達のほうをチラチラ見て、皆の輪の中に入りたそうな顔をしていた。
そんなリュウの様子を、シドウは遠目に見た。
(なんで一人で食べてるんだろう? あ、孤高の存在なりたいんだっけ。やれやれ……。)
シドウはそう心の中で呟くとニヤリと笑い、やれやれといった感じで頭を振った。
ソウマはクロキの隣に座り、訓練のことを相談していた。
「不安に感じることはないよ。誰だって、最初は苦労するものだからね。」
クロキはいつものくたびれた笑顔をソウマに向けながら言った。
「頭の中でイメージするのがこんなに難しいとは思っていませんでした。今までは出来ているつもりでやっていましたけど、頭の中でしていたイメージがとても曖昧だったことに気付きました。」
ソウマは自分を厳しめに評価した。
「僕も最初はそうだったよ。だから、ゆっくり時間をかけて上達させていったんだ。キンジ君もじっくり練習すれば、いずれ上達するはずだよ。」
クロキは自分を卑下するソウマをフォローした。
「はい。でも、この訓練が終わったらすぐ実戦に入りますよね?」
ソウマは少し不安そうな顔で尋ねた。
「そうだね。ただ実戦と言っても、最初は簡単な任務からこなしてもらうつもりだよ。」
「そうなんですか?」
「うん。いきなり悪魔と戦わせるようなことはしないよ。」
「俺達の力、まだ悪魔には通用しないんすか?」
ケンタは昼ご飯を口に頬張りながらクロキに聞いた。
「あはは……。まだ二日目だからね。さすがにまだ悪魔と戦わせることは出来ないかな。」
クロキは苦笑いした。
「でも俺ら、性質変化まで使いこなせるようになったんすよ?」
クロキに苦笑いされ、ケンタは少しムキになった。
クロキは口元に手を当てて宙を見上げると、「う~ん、そうだなあ。」と前置きし、
「悪魔と対峙すると、実戦経験の無い兵士は頭の中が恐怖で埋め尽くされてしまうんだ。そうすると練習で出来ていた魔法のイメージが出来なくなって、酷い時は魔法が全く出なくなってしまうんだよ。もちろん君達の魔法はかなり上達しているけど、悪魔とはまだ戦えないと思う。」
クロキの解説にケンタは「マ、マジっすか……。」と肩を落とした。
「はは。そんなに落ち込むことはないよ。だからこそ簡単な任務からこなしてもらうんだよ。実戦で感じる恐怖は、実戦の中で克服していくしかないからね。簡単な任務から経験を積んでいけば、いずれは悪魔の前でも冷静に魔法を出せるようになるはずよ。」
「そのレベルまで行くのに、どれくらいかかるんでしょうか?」
ソウマは興味津々といった感じで聞いた。
「早い人は一年も経たずに、長い人は五年、十年とかかるよ。」
「十年……か。」
ケンタは呟いた。
「恐怖が克服出来ずに辞めていった人も沢山いるよ。」
クロキは目を細め、昔の何かを思い出すような顔で言った。
「自分もそうなりそうで、やっぱり不安です。」
「キンジ、お前悲観的過ぎるぜ。」
落ち込むソウマを見て、ケンタは叱咤するように言った。
「はは。やっぱり不安だよね。それじゃあ、僕から一つアドバイスを送ろう。」
クロキはそう言うと一度言葉を切った。
ソウマ達はクロキの次の言葉を待った。
「魔法には確かにイメージが大事だけど、それよりももっと大切なことがあるんだ。それは、成りたい自分をイメージすることさ。例えばキンジ君は、将来どんな大人に成っていたいかい?」
クロキに聞かれてソウマは少し慌てながら、
「え、えっと、少し大袈裟ですけど……国を守る立派な英雄……ですかね。」
と答えた。
ソウマの答えに、クロキは一瞬意味ありげな視線を向けた。
「うん。なら、その自分をイメージするんだ。真っ直ぐにイメージして、真っ直ぐに努力すれば、きっと成りたい自分になれるはずだよ。それこそ、まるで魔法みたいにね。」
そう言いながらクロキは、手の平に小さな炎で人間と悪魔を作り出した。
小さな炎人間はクロキの手の平で剣を振るい、炎悪魔を斬り捨てた。
「最初の数か月は僕も任務に同行するし、いざという時は必ず私が守る。約束するよ。だから任務にはそんなに不安を抱かずに、今は訓練に集中してほしい。」
そう言うとクロキは手の平の炎を消し、昼食の皿を持って立ち上がった。
「分かりました。頑張ってみます。」
ソウマはクロキの言葉に安心したような笑顔を浮かべた。
「うん。君はきっと立派な兵士になれるよ。誰かを守るために努力することは、強い兵士になるための近道だからね。逆に誰かを傷付けたり、復讐のために努力する人は、大成せずに終わっていくものだよ。」
クロキはソウマとケンタに視線を向けながら言った。
ケンタはギクリとして思わず顔を強張らせた。
ケンタの表情の変化は特に気に留めず、昼食を終えたクロキはその場を後にし、要塞の建物の中に消えていった。
後に残されたケンタは隣のソウマに顔を寄せた。
「なんか、チクリと来たな。」
「え? 何が?」
眉をひそめながら言うケンタに、ソウマはキョトンとしながら聞き返した。
「いや、なんか最後のほう、俺らの計画を駄目だししてるみたいに聞こえてさ。まさか俺らの計画、バレてないよな?」
ケンタは訝しむような表情でソウマに確認した。
「まさか……そんなことないと思うけど……。」
「偶々だよな。でもあの人、なんか底知れない雰囲気を感じるんだよな。油断しないようにしねえと。」
ケンタはクロキの入っていった要塞を睨みながら言った。
その頃リュウはソウマ達からは少し離れた場所で、一人で黙々と昼食を食べていた。
リュウが鶏肉を食べようとフォークで刺そうとした時、ツルっと滑って鶏肉が地面に落ちてしまった。
「あ……あ~~~。」
リュウは声にならない小さな断末魔を上げた。
リュウががっくりと肩を落としていると、そこへシドウがやって来た。シドウはリュウのそばに鶏肉の乗った皿を置くと、
「あー、そう言えば僕、鶏肉苦手だったなー。誰か代わりに食べてくれる人、いないかなー。」
棒読みでそう言った。
「あ? なに言ってんだ? お前。」
リュウはシドウを睨みながら言った。
「別に~? ただの独り言だよ?」
シドウはそう言いながら要塞の建物のほうへと歩いていった。
リュウは不審な顔でシドウの背中を見ていたが、やがてシドウの姿が見えなくなると、ゆっくりとシドウの残した皿を手に取った。リュウは少し嬉しそうな顔をすると、鶏肉にフォークを刺した。
「!」
その時リュウは、建物の柱の陰からこちらを覗うシドウに気付いた。
「おいシドウ! 見てんじゃねえ!」
リュウはニヤニヤ顔のシドウに怒鳴った。
「おっと、ごめんごめん。そんなことよりそれ、今手を付けたよね? 片付けは頼んだよ~。」
シドウはそう言うと、建物の中に入っていった。