第三十六話 トランプ
ソウマ達がファナドで訓練に励んでいたその頃、ホムラ拠点の地下研究室では、マディが実験を繰り返していた。
マディは謎の液体の入った注射器を握りながら、ケージの中で暴れるタマを観察していた。
「う~ん、これも駄目のようだねぇぇぇ。」
マディは悩ましい顔で言った。
マディは机まで歩いて椅子に座ると、手元に一枚の紙を引き寄せた。
紙にはタマに試す薬が一覧表でまとめてあった。
マディは表の一番下にある最後の空欄にバツ印を描くと、
「また全滅だねぇぇぇ。」
と呟き、頭の後ろで両手を組みながら椅子の背もたれに体を預けた。が、すぐに上体を起こし、机の引き出しを開けるとケースを何個か取り出した。
「千年草までは試したから、次は万年草と億年草を試してみようかなぁぁぁ。」
マディはそう言いながら、ケースから小さな草を何本か取り出した。
「ついでに僕の血も入れてみよぉぉぉ。」
マディは針で指先を軽く刺すと、滲み出す血をシャーレに垂らした。
夜がどんどん更けていく中、マディはその後もひたすら実験を続けた。
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時を同じくしてグリティエ人間国のファナド基地。
その基地の西端には石造りの建物があり、そこは新兵達の兵舎として使われていた。男子寮、女子寮の二つに別れており、基地中央の要塞とは別棟になっていた。
兵舎には八畳ほどの広さの四人部屋が用意され、部屋にはそれぞれ木製の二段ベッドが二つずつ設置されていた。
その一室にソウマとケンタ、そして別の新兵二人の合計四人がいた。
部屋には四人の私物が散乱し、ソウマ達は僅かに空いた床のスペースに円になって座っていた。
「えぇ!? リュウ、お前もう氷作れるようになったのかよ!?」
ケンタは驚きの表情をしながら黒髪の青年に言った。
「ああ、まあな。ま、俺の才能ってやつだろうな。」
リュウと呼ばれた黒髪の青年は鼻にかけた言い方で答えた。
リュウの年齢は十七、八くらいで、背丈はケンタより少し高く、170cm前後あるスマートな体形だった。シュッと長く伸びた黒髪と鋭い目つき、そして耳のピアスが柄の悪そうな雰囲気を醸し出していた。肌はとても色白で、日向より日陰が似合いそうな、そんな青年だった。
リュウは日中の訓練でケンタからステーキ型の水をぶつけられた被害者だった。
「マジかよ~。俺は形状変化までがやっとだったぜ。なあ、なんかコツとかねえのかよ?」
ケンタは落胆しながら、リュウに助言を求めた。
「コツな~。俺は才能で出来ちまったからコツも何もねえけど、強いて言うなら氷そのものをイメージすんじゃなくて、水が氷になってく様子をイメージすること、だな。」
リュウは得意げな笑みを浮かべながら答えた。
「凍ってく様子か……なるほどな。」
ケンタはリュウの偉そうな態度を気にすることなく、真面目にノートにメモを取った。
「さっきから才能才能って言ってるけど、僕昨日、見ちゃったんだよね~。リュウが教習本の中身を血眼で予習してるとこ。」
水色の髪の青年がソウマに耳打ちしてきた。
水色髪の青年は、年齢はリュウと同じくらいに見え、背丈はケンタと同じくらいだった。ふんわりと丸みを帯びたショートボブの髪型で、顔は童顔で猫目。悪戯が好きそうな曲者、といった印象の青年だった。
昼間の訓練でクロキに頼まれ、火の魔法を実演した青年だった。
「おい、シドウ。余計なこと言うな。」
リュウは水色髪の青年シドウを睨みながら注意した。元々目つきの悪いリュウが睨み顔をするとかなりの凄みがあるが、シドウは全く怯むことなく、
「おや、こりゃ失礼。」
と、お道化るだけだった。
そんなやり取りをソウマは「はは……。」と乾いた笑い声を上げながら見ていた。
その笑い声に反応したシドウはソウマのほうを向き、
「そういえば、キンジ君は今日の訓練、どの辺まで行ったの?」
とソウマに尋ねた。
「えっと、僕は火属性なんだけど、ある程度は高温を作れるようになったかな。まだクロキ教官みたいにはいかないけど。」
ソウマは頬をポリポリと掻きながら言った。
「そっかそっか。僕も火属性だけど、キンジ君とおんなじくらいかな~。性質変化で温度を制御するのが難しくてさあ、火傷しそうになっちゃったよ。火の性質変化は離れたトコからやったほうがよさそうだね。」
シドウはペロっと舌を出しながら言った。
「うん。僕も最初のほうは何回か火傷しそうになったよ。」
ソウマは恥ずかしそうに頭を掻きながらシドウに同調した。
「やっぱそうだよね~。自分の魔法で火傷しそうになるなんて小さい時以来かな。ま、今も偶にあるけどね、へへっ。」
シドウは悪戯っぽく笑ってみせた。
「あはは。僕も小さい時はよく火傷したよ。お母さんから、『火の魔法は危ないから勝手に使っちゃ駄目』ってよく怒られてたなあ。」
ソウマは懐かしそうに笑いながら思い出を語った。
「ふん。火属性あるあるってやつだな。ま、俺は魔法で失敗なんかしたことないけどな。」
リュウはソウマとシドウの顔を交互に身ながらドヤ顔で言った。
「おろ? リュウ君昨日の夜、寝ぼけながら水の魔法使ってシーツびっしゃびしゃにしてなかったっけ?
起きてすぐ僕んとこ来て、『どうしようシドウ。俺、この年でおねしょしちまった。』って顔面蒼白で言ってたよね? あれ? 君じゃなかったっけ?」
シドウはとぼけた顔で言った。
「おい、てめえ! それ黙ってろって言ったろ!」
リュウは顔を真っ赤にしながらシドウに怒りの形相を向けた。
「リュウお前、こっそり勉強してるのを盗み見られたり、寝ぼけて水撒いたり、一晩で何個やらかしてんだよ……。」
ケンタはリュウを呆れ顔で見ながら言った。
「その二個だけだ! お前らが他の連中に言わなきゃ俺の失態はバレねえんだから、全員黙ってろよ!」
激しい口調で言うリュウに対し、シドウは腕組みして「う~ん。」と言いながら、何か企んでいるような不敵な笑みを浮かべた。
「リュウく~ん。人に物を頼む時はもうちょっと言い方ってもんがあるでしょ~?」
シドウはねちっこい言い方でリュウに言った。
「はぁ? 何だよそれ?」
リュウは鋭い目つきでシドウを見ながら言った。
「だから~、もっと穏やかに、もっと丁寧に言いなよ、ってこと。」
シドウはニヤニヤ顔をしながら言った。
「ふん! 誰が言うか!」と一蹴するリュウに、シドウは「ふ~ん、ああそう。」と言うと、
「あ~あ、リュウ君の秘密、明日の訓練中に大声で言っちゃうかも~。」
と芝居がかったトーンで言った。
リュウは「ぬぐぐ……!」と追い詰められたような顔をすると、「ぐぅぅ……!」と呻きながら頭を掻きむしり、自分の中の何かと戦い始めた。
やがてリュウはゆっくり顔を上げると、
「あの……黙ってて……下さい……。」
と、ポツリポツリと言った。
「しょうがないな~、いいよー。」
シドウはわざとらしく明るい笑顔をしながら、リュウのお願いを聞き入れた。
「くそ! 徹夜で予習なんかしなけりゃ寝ぼけることもなかったのによぉ!」
リュウは立ち上がり、地団駄を踏みながら悔しがった。
「おい、リュウ。もう寝るのか?」
ケンタは二段ベッドの梯子を登ろうとするリュウに話しかけた。
「あん? ああ、今日はもうお前らと話す気力は無くなった。寝る。」
リュウはそう言ってベッドの梯子を登りきった。
「その前によ、床の荷物片付けてくれねえか? これ、八割方お前のだからさ。」
床には私服や軍隊服、漫画、その他日用品が散乱していた。
「そうだよリュウく~ん。君一人の部屋じゃないんだよ~? 僕達はここで集団生活をしなきゃいけないんだから~。」
シドウもニヤニヤしながらケンタに同調した。
「ふん。俺という存在は群れて生活するのを苦手とする男だからな。孤高の存在ってやつだ。多少の迷惑はかけるが、お前らが我慢しろ。」
リュウは二段ベッドの上から偉そうに言った。
(それ……軍隊向いてない気がする……。)
ソウマは冷静に分析した。
「なんでもいいけどよぉ……このトランプもお前のか?」
ケンタは立ち上がって下を見回し、床に落ちているトランプを見つけた。
リュウは「げ!」と言って明らかに狼狽えた顔をした。
「おやおやリュウく~ん。なんでトランプなんか持ってきてるのかな~? もしかして僕らとトランプで遊びたくて持ってきたのかな~? もしそうなら全然孤高の存在じゃないね~? ん~?」
シドウはニヤニヤしながらリュウを見上げた。
「ち、ちげえ! そそそ、それは、あれだ! 占い! そう、占いだ! 一人で占いするために持ってきたもんだ!」
リュウは激しく動揺しながら弁解した。
「へ~、占いねぇ。やってるところ、見たこと無いけどな~。」
シドウはあぐらをかいて膝に頬杖をつきながらリュウに言った。
「ふん! お前らが寝てる間にこっそりやってんだよ! 誰がお前らなんかとトランプで遊ぶか!」
リュウは偉そうな態度を取り戻しながら言った。
「この『七並べの勝ち方』っていう本もリュウ君の?」
ソウマは床の荷物の中から本を拾い上げながらリュウに尋ねた。
「とう!」
ソウマが言った瞬間、リュウは二段ベッドの上から跳び下り、受け身を取りながらその本を奪い取った。リュウはツカツカと部屋を歩くと窓を開け、「おりゃあああ!」と言って本を外にぶん投げた。
呆気にとられるソウマ。やれやれといった顔のケンタ。ニヤニヤするシドウ。
そんな三人にリュウは一言、
「見なかったことにしろよ。」
とボソッと言った。
「別にいいじゃねえか。皆とトランプやりたいんだろ? 素直になろうぜ?」
ケンタは呆れ顔で言った。
「良くねえ! 俺は人との拘わりを嫌う孤高の存在だ! ……と思われてえんだ!」
リュウは握った拳を震わせながら言った。
「別に君がどう思われようと構わないんだけどさぁ、見なかったことにしろって、そんな言い方でいいのかな~?」
シドウに追い詰められてリュウは「見なかったことにして下さい!」と乱暴に言った。
そんなやり取りにソウマは「ぷっ!」と思わず噴き出した。
「なんか面白いなあ。僕ら、少し前に会ったばっかりだけど、なんだか気が合いそうだね。」
ソウマは柔らかく笑いながら言った。
「どこがだ……。俺は今すぐ部屋を変えてもらいたいぐらいだ。」
リュウは暗い顔で言った。
その後も、「部屋変えてもどうせすぐトランプ見つかっちゃうでしょ?」「うるせぇ!」などと会話は続き、訓練初日の夜は更けていった。