表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アナザーズ・ストーリー  作者: 武田悠希
第三章 ファナド編
36/125

第三十六話 トランプ

 ソウマ達がファナドで訓練に励んでいたその頃、ホムラ拠点の地下研究室では、マディが実験を繰り返していた。

 マディは謎の液体の入った注射器を握りながら、ケージの中で暴れるタマを観察していた。


「う~ん、これも駄目のようだねぇぇぇ。」


 マディは悩ましい顔で言った。

 マディは机まで歩いて椅子に座ると、手元に一枚の紙を引き寄せた。

 紙にはタマに試す薬が一覧表でまとめてあった。

 マディは表の一番下にある最後の空欄にバツ印を描くと、


「また全滅だねぇぇぇ。」


 と呟き、頭の後ろで両手を組みながら椅子の背もたれに体を預けた。が、すぐに上体を起こし、机の引き出しを開けるとケースを何個か取り出した。


千年草せんねんそうまでは試したから、次は万年草まんねんそう億年草おくねんそうを試してみようかなぁぁぁ。」


 マディはそう言いながら、ケースから小さな草を何本か取り出した。


「ついでに僕の血も入れてみよぉぉぉ。」


 マディは針で指先を軽く刺すと、滲み出す血をシャーレに垂らした。

 夜がどんどん更けていく中、マディはその後もひたすら実験を続けた。


 ====================================


 時を同じくしてグリティエ人間国のファナド基地。

 その基地の西端には石造りの建物があり、そこは新兵達の兵舎として使われていた。男子寮、女子寮の二つに別れており、基地中央の要塞とは別棟になっていた。

 兵舎には八畳ほどの広さの四人部屋が用意され、部屋にはそれぞれ木製の二段ベッドが二つずつ設置されていた。

 その一室にソウマとケンタ、そして別の新兵二人の合計四人がいた。

 部屋には四人の私物が散乱し、ソウマ達は僅かに空いた床のスペースに円になって座っていた。


「えぇ!? リュウ、お前もう氷作れるようになったのかよ!?」


 ケンタは驚きの表情をしながら黒髪の青年に言った。


「ああ、まあな。ま、俺の才能ってやつだろうな。」


 リュウと呼ばれた黒髪の青年は鼻にかけた言い方で答えた。

 リュウの年齢は十七、八くらいで、背丈はケンタより少し高く、170cm前後あるスマートな体形だった。シュッと長く伸びた黒髪と鋭い目つき、そして耳のピアスが柄の悪そうな雰囲気を醸し出していた。肌はとても色白で、日向より日陰が似合いそうな、そんな青年だった。

 リュウは日中の訓練でケンタからステーキ型の水をぶつけられた被害者だった。


「マジかよ~。俺は形状変化までがやっとだったぜ。なあ、なんかコツとかねえのかよ?」


 ケンタは落胆しながら、リュウに助言を求めた。


「コツな~。俺は才能で出来ちまったからコツも何もねえけど、強いて言うなら氷そのものをイメージすんじゃなくて、水が氷になってく様子をイメージすること、だな。」


 リュウは得意げな笑みを浮かべながら答えた。


「凍ってく様子か……なるほどな。」


 ケンタはリュウの偉そうな態度を気にすることなく、真面目にノートにメモを取った。


「さっきから才能才能って言ってるけど、僕昨日、見ちゃったんだよね~。リュウが教習本の中身を血眼で予習してるとこ。」


 水色の髪の青年がソウマに耳打ちしてきた。

 水色髪の青年は、年齢はリュウと同じくらいに見え、背丈はケンタと同じくらいだった。ふんわりと丸みを帯びたショートボブの髪型で、顔は童顔で猫目。悪戯が好きそうな曲者、といった印象の青年だった。

 昼間の訓練でクロキに頼まれ、火の魔法を実演した青年だった。


「おい、シドウ。余計なこと言うな。」


 リュウは水色髪の青年シドウを睨みながら注意した。元々目つきの悪いリュウが睨み顔をするとかなりの凄みがあるが、シドウは全く怯むことなく、


「おや、こりゃ失礼。」


 と、お道化どけるだけだった。

 そんなやり取りをソウマは「はは……。」と乾いた笑い声を上げながら見ていた。

 その笑い声に反応したシドウはソウマのほうを向き、


「そういえば、キンジ君は今日の訓練、どの辺まで行ったの?」


 とソウマに尋ねた。


「えっと、僕は火属性なんだけど、ある程度は高温を作れるようになったかな。まだクロキ教官みたいにはいかないけど。」


 ソウマは頬をポリポリと掻きながら言った。


「そっかそっか。僕も火属性だけど、キンジ君とおんなじくらいかな~。性質変化で温度を制御するのが難しくてさあ、火傷しそうになっちゃったよ。火の性質変化は離れたトコからやったほうがよさそうだね。」


 シドウはペロっと舌を出しながら言った。


「うん。僕も最初のほうは何回か火傷しそうになったよ。」


 ソウマは恥ずかしそうに頭を掻きながらシドウに同調した。


「やっぱそうだよね~。自分の魔法で火傷しそうになるなんて小さい時以来かな。ま、今も偶にあるけどね、へへっ。」


 シドウは悪戯っぽく笑ってみせた。


「あはは。僕も小さい時はよく火傷したよ。お母さんから、『火の魔法は危ないから勝手に使っちゃ駄目』ってよく怒られてたなあ。」


 ソウマは懐かしそうに笑いながら思い出を語った。


「ふん。火属性あるあるってやつだな。ま、俺は魔法で失敗なんかしたことないけどな。」


 リュウはソウマとシドウの顔を交互に身ながらドヤ顔で言った。


「おろ? リュウ君昨日の夜、寝ぼけながら水の魔法使ってシーツびっしゃびしゃにしてなかったっけ? 

 起きてすぐ僕んとこ来て、『どうしようシドウ。俺、この年でおねしょしちまった。』って顔面蒼白で言ってたよね? あれ? 君じゃなかったっけ?」


 シドウはとぼけた顔で言った。


「おい、てめえ! それ黙ってろって言ったろ!」


 リュウは顔を真っ赤にしながらシドウに怒りの形相を向けた。


「リュウお前、こっそり勉強してるのを盗み見られたり、寝ぼけて水撒いたり、一晩で何個やらかしてんだよ……。」


 ケンタはリュウを呆れ顔で見ながら言った。


「その二個だけだ! お前らが他の連中に言わなきゃ俺の失態はバレねえんだから、全員黙ってろよ!」


 激しい口調で言うリュウに対し、シドウは腕組みして「う~ん。」と言いながら、何か企んでいるような不敵な笑みを浮かべた。


「リュウく~ん。人に物を頼む時はもうちょっと言い方ってもんがあるでしょ~?」


 シドウはねちっこい言い方でリュウに言った。


「はぁ? 何だよそれ?」


 リュウは鋭い目つきでシドウを見ながら言った。


「だから~、もっと穏やかに、もっと丁寧に言いなよ、ってこと。」


 シドウはニヤニヤ顔をしながら言った。

「ふん! 誰が言うか!」と一蹴するリュウに、シドウは「ふ~ん、ああそう。」と言うと、


「あ~あ、リュウ君の秘密、明日の訓練中に大声で言っちゃうかも~。」


 と芝居がかったトーンで言った。

 リュウは「ぬぐぐ……!」と追い詰められたような顔をすると、「ぐぅぅ……!」と呻きながら頭を掻きむしり、自分の中の何かと戦い始めた。

 やがてリュウはゆっくり顔を上げると、


「あの……黙ってて……下さい……。」


 と、ポツリポツリと言った。


「しょうがないな~、いいよー。」


 シドウはわざとらしく明るい笑顔をしながら、リュウのお願いを聞き入れた。


「くそ! 徹夜で予習なんかしなけりゃ寝ぼけることもなかったのによぉ!」


 リュウは立ち上がり、地団駄を踏みながら悔しがった。


「おい、リュウ。もう寝るのか?」


 ケンタは二段ベッドの梯子を登ろうとするリュウに話しかけた。


「あん? ああ、今日はもうお前らと話す気力は無くなった。寝る。」


 リュウはそう言ってベッドの梯子を登りきった。


「その前によ、床の荷物片付けてくれねえか? これ、八割方お前のだからさ。」


 床には私服や軍隊服、漫画、その他日用品が散乱していた。


「そうだよリュウく~ん。君一人の部屋じゃないんだよ~? 僕達はここで集団生活をしなきゃいけないんだから~。」


 シドウもニヤニヤしながらケンタに同調した。


「ふん。俺という存在は群れて生活するのを苦手とする男だからな。孤高の存在ってやつだ。多少の迷惑はかけるが、お前らが我慢しろ。」


 リュウは二段ベッドの上から偉そうに言った。


(それ……軍隊向いてない気がする……。)


 ソウマは冷静に分析した。


「なんでもいいけどよぉ……このトランプもお前のか?」


 ケンタは立ち上がって下を見回し、床に落ちているトランプを見つけた。

 リュウは「げ!」と言って明らかに狼狽えた顔をした。


「おやおやリュウく~ん。なんでトランプなんか持ってきてるのかな~? もしかして僕らとトランプで遊びたくて持ってきたのかな~? もしそうなら全然孤高の存在じゃないね~? ん~?」


 シドウはニヤニヤしながらリュウを見上げた。


「ち、ちげえ! そそそ、それは、あれだ! 占い! そう、占いだ! 一人で占いするために持ってきたもんだ!」


 リュウは激しく動揺しながら弁解した。


「へ~、占いねぇ。やってるところ、見たこと無いけどな~。」


 シドウはあぐらをかいて膝に頬杖をつきながらリュウに言った。


「ふん! お前らが寝てる間にこっそりやってんだよ! 誰がお前らなんかとトランプで遊ぶか!」


 リュウは偉そうな態度を取り戻しながら言った。


「この『七並べの勝ち方』っていう本もリュウ君の?」


 ソウマは床の荷物の中から本を拾い上げながらリュウに尋ねた。


「とう!」


 ソウマが言った瞬間、リュウは二段ベッドの上から跳び下り、受け身を取りながらその本を奪い取った。リュウはツカツカと部屋を歩くと窓を開け、「おりゃあああ!」と言って本を外にぶん投げた。

 呆気にとられるソウマ。やれやれといった顔のケンタ。ニヤニヤするシドウ。

 そんな三人にリュウは一言、


「見なかったことにしろよ。」


 とボソッと言った。


「別にいいじゃねえか。皆とトランプやりたいんだろ? 素直になろうぜ?」


 ケンタは呆れ顔で言った。


「良くねえ! 俺は人との拘わりを嫌う孤高の存在だ! ……と思われてえんだ!」


 リュウは握った拳を震わせながら言った。


「別に君がどう思われようと構わないんだけどさぁ、見なかったことにしろって、そんな言い方でいいのかな~?」


 シドウに追い詰められてリュウは「見なかったことにして下さい!」と乱暴に言った。

 そんなやり取りにソウマは「ぷっ!」と思わず噴き出した。


「なんか面白いなあ。僕ら、少し前に会ったばっかりだけど、なんだか気が合いそうだね。」


 ソウマは柔らかく笑いながら言った。


「どこがだ……。俺は今すぐ部屋を変えてもらいたいぐらいだ。」


 リュウは暗い顔で言った。


 その後も、「部屋変えてもどうせすぐトランプ見つかっちゃうでしょ?」「うるせぇ!」などと会話は続き、訓練初日の夜は更けていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ