第三十三話 ファナド基地
深夜。
ファナドにある繁華街は居酒屋の客引きや仕事帰りのお父さん、そして梯子先を探す酔っ払いで一定の一通りがあった。
「あれ? おっかしいなぁ。」
並んで歩いていた二人の酔っ払いのうち、一人の酔っ払いが声を上げた。
「ん、どうした?」
もう一人の酔っ払いが声を掛けた。
「身分証がねんだよ。店で落としたかな。」
「かもな。探して来いよ。」
「何だよお、一緒に探してくんねえのかよお。」
「わーったよ、俺も行くよ。さっきの店、どこだっけか?」
「確かあっちのほうだな。」
酔っ払い二人は来た道を引き返し始めた。
その二人から少し離れた所を、ケンタが何食わぬ顔で歩いていた。ケンタは繁華街の大通りを歩き、人目を確認しながらさっと細い路地に入った。
路地の奥にはソウマ、カレン、ルシフェルの三人が待機していた。
「上手くいったぜ。酔っ払いは注意力散漫だな。」
ケンタは服のポケットから身分証を取り出した。
「これで四人分集まったね。」
ソウマは言った。
「ああ。それじゃあ一枚ずつ配ってくから、身分証の名前を覚えとけよ。ソウマはキンジ、カレンはユーリ、ルシフェルはモリノ、俺はイガリだ。」
ケンタは名前を伝えながら身分証を配った。
身分証を配り終えるとケンタは、
「さてと……じゃあ、これからのことをもう一回確認しとくぞ。まず、この街にはファナド基地っていうグリティエ軍の基地がある。俺達はまず、そこの新兵の採用試験を受けて軍の内部に潜入する。試験に合格すれば新兵の訓練で情報を盗めるし、落ちたとしても試験中は軍の敷地内に入れるから、その間に出来る限り情報を盗み出すこと。いいな?」
と、これからのことを説明した。
「うん。」
ソウマとカレンは頷いた。
ルシフェルは例の如く突っ立っているだけだった。
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円形の城壁に囲まれた軍事都市、ファナド。
この街の東端にひと際大きな建物があった。それは石造りの要塞のような建物で、大小様々な塔が建ち並んでいた。要塞は四方を十メートルほどの城壁で囲まれていて、都市を囲む城壁と合わせると二重の城壁で囲まれていることになる。要塞を囲う城壁の城門には『グリティエ軍 ファナド基地』と書かれている。
ファナド基地の要塞の一室で、兵士二人が会話をしていた。
部屋は蝋燭一本の明かりしかなく、二人の人影しか見えない。
「クロキ、新兵の採用試験はどうだった?」
一人のグリティエ兵士がもう一人の兵士に聞いた。
「はい。今回は二十七名を採用しました。」
クロキと呼ばれた兵士は答えた。
その声はとても穏やかで深みのある、大人の魅力溢れる声質だった。
「二十七か。前回は十一人だったから、かなり多いほうか。」
グリティエ兵士は少し驚いたように言った。
「そうですね。ここ最近は悪魔による襲撃が増えていますから、兵力が高まることは喜ばしいことです。」
クロキは言った。
「おいおいクロキ。人数が増えても役立たずばっかりじゃ意味ないからな。」
グリティエ兵士は咎めるように言った。
「仰る通りです。もちろん特段、採用基準を下げるようなことはしていませんので、ご安心下さい。」
クロキは冷静に答えた。
「そうか。それで二十七はなかなか凄い数字だな。」
グリティエ兵士は言った。
「はい。見込みのある子たちが集まってくれました。」
「そうか。ちょっとリストを見せてくれ。」
グリティエ兵士はそう言いながら右手を出した。
クロキは「どうぞ。」と言ってその右手にクリップボードを渡した。
グリティエ兵士はボードに留められている紙に目を通した。
「モリノというのが成績トップか。凄いな、筆記も実技も満点か。」
グリティエ兵士は感心したように言った。
「ええ。実技試験中、彼の様子を見ていましたが、とても将来が期待出来る逸材だと思います。」
クロキは言った。
「そうか。お前がそこまで言うってことは、相当なんだろうな。……わかった。」
グリティエ兵士はクリップボードをクロキに返すと、話を続けた。
「例年通り新兵の訓練はお前に任せるが、大丈夫そうか?」
グリティエ兵士はクロキに尋ねた。
「問題ありません。準備は滞りなく進んでいます。スケジュール通り、明日から訓練を開始する予定です。」
クロキは答えた。
「そうか、分かった。じゃあ、よろしく頼むぞ。」
「はい。承知しました。」
クロキは軽く会釈して返事をした。