第三十話 外出記録
ソウマ一行を乗せた馬車は未舗装の道を抜け、舗装された石畳の道を進んでいた。森や草原の風景は徐々に変化し、辺りには民家が目立ち始めていた。
民家の見た目はベリミット人間国のお洒落な外見の建物とは違い、灰色の石が剥き出しでゴツゴツしており、イルナール牢獄の見た目に似ていた。
「今、どの辺りかな?」
馬車に揺られながらカレンは尋ねた。
「国境を越えてから大分経ったし、そろそろファナドに着くんじゃないかな? どう? ケンタ?」
ソウマは手綱を引くケンタに聞いた。
「ああ。大分近付いてるぞ。もうそろそろ見えてくるころだ。……お! 見えてきたぞ! あれがファナドを守る城壁だ。」
ケンタは遠くに見える建造物を指さした。
ケンタの指さす先に、高さ二十メートルほどの巨大な城壁が見えてきた。城壁はその内側にある都市をぐるりと囲むように建造されており、空から見ると円形であることが分かる。その直径はおよそ五キロメートルあり、円があまりに大き過ぎるため、ソウマ達の目線からだと城壁は湾曲のない平らな壁のように見えていた。白い石を積み上げられて出来ており、一定間隔で城門が設けられていた。
「あの城壁の内側にグリティエの機密情報が詰まってるらしい。」
ケンタは目を細めて城壁を睨みながら言った。
「あの城壁ごと街の人間を全て吹き飛ばし、情報を盗み出せばよいのだな?」
ルシフェルはいつもの微笑を浮かべながらケンタに問いかけた。
「よい訳ないだろ。潜入捜査なんだからよ。」
「しかしこの方法が最速であり、最も手間が少ないのだぞ?」
ルシフェルは食い下がった。
「あのなあ、俺達の目的は飽くまでもバロアの女王なんだぞ? その過程で人に被害が出たら本末転倒だろ。」
ケンタは呆れ顔で言った。
「そうか……まあよい。そのディオモンド鉱石のように固い決意、気に入ったぞ!」
ルシフェルは嬉しそうにケンタを指さしながら言った。
「そりゃどうも……。ま、あんたの力は最終手段として取っとくよ。さてと……」
ケンタはそう言うと馬車を一時停止させた。御者台を降り、ソウマ達の乗る後ろのワゴンに移動すると、金属で出来たカードのような物を四枚、懐から取り出した。
「ファナドには身分証が無いと入れないから、今の内に渡しとくぞ。」
ケンタは金属の身分証をソウマ達に配った。
「これ、どうやって準備したの?」
ソウマは不思議そうに身分証を眺めながら言った。
「リーダーに貰ったんだ。リーダーが金属加工をやってるツテに頼んで、そっくりの偽物を造ってもらったんだとよ。」
ケンタも偽身分証の裏表を見ながら言った。
身分証には「グリティエ人間国 ファナド専用身分証」と文字が彫ってあり、それぞれの個人名と固有のマイナンバーが刻まれていた。隅には特殊な形のエンブレムが彫られている。
「おい、ケンタ。私の名前が間違っているぞ。私の名はフレイドではない。ルシフェルだ。」
ルシフェルは偽身分証の個人名の所をツンツンしながら、不満気な顔で言った。
「潜入先で本名なんか使えるわけないだろ。お前ルシフェルって絶対名乗るなよ?」
ケンタは睨み気味のジト目で言った。
「何!? 本名を使ってはいけないのか! 潜入捜査というのは色々と制約があるのだな。」
ルシフェルは感心したように言った。
「頼むぜ、ホント。」
ケンタは半ば呆れたような口調で言った。
(こいつ、絶対なんかやらかすな。)
ケンタは先行きを憂いた。
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ソウマ一行は城門まで辿り着くと馬車を降り、城門前に立つ門兵Aの元へ歩いていった。
城門は城壁に造られた大きめのくぼみの中に設置されており、そのくぼみには机と椅子が置かれ、そこに門兵Bが座っていた。
「すいません、外からの帰りなんですけど。」
ケンタが代表して門兵Aに話しかけた。
「お疲れ様です。それでは身分証をお願いします。」
門兵Aは慣れた口調で応じ、ケンタは四人分の身分証を兵士Aに渡した。
「ありがとうございます。それで、ファナドを出掛けたのはいつ頃でしょうか?」
門兵Aはケンタに尋ねた。
「え? ええと、き、今日の朝一ですけど。」
ケンタは急な質問にどもりつつ、適当に嘘をついた。
「本日ですね。では確認してきます。」
門兵Aは城門を開けると、身分証を持って城門の奥へと消えた。
(何で出掛けた日を聞くんだ? なんか嫌な予感がするな……。)
ケンタは不安な顔で門兵Aが戻ってくるのを待った。
やがて門兵Aは大きな木の板を持って戻ってきた。その顔は困惑し、首を傾げていた。
「申し訳ありません……繰り返しになるんですが、外出したのは今日で間違いないですか?」
兵士Aはケンタに尋ねた。
「……はい。」
不穏な流れを感じ、ケンタは弱々しく返事をした。
「そうですか……。申し訳ないんですが、本日の外出記録に皆さんの名前が見当たらないんですよ。」
兵士Aはそう言いながら木の板をケンタに見せた。
板には身分証と同じ四角い形の焼け焦げ跡があり、焦げていない部分が身分証の文字を浮かび上がらせていた。
「え? そ、そんな記録取ってるんですか?」
ケンタは顔が青ざめ、額に嫌な汗をかいた。
「はい。少し前に制度が強化されましてですね。外出の際は必ず外出記録を残していただくことになったんですよ。身分証の裏面に文字を左右反転したものがありますよね?この裏面を熱して記録版に焼き印を押してもらうことで、外出記録が残ります。」
門兵Aは木の板と身分証の裏面をそれぞれ指し示しながら説明をした。
「なんでも、偽の身分証を造って外から侵入してくる不届き者がいたらしく、それを防ぐために身分証だけではファナドに入れないようにしたんです。この外出記録とお手持ちの身分証が一致して初めて入場が許可されます。」
(その不届き者って俺らのことじゃねえか!)
ケンタは心の中で焦りつつも、平静を装いながら口を開いた。
「そ、そうだったんですか。いや、でも俺ら間違いなくファナドの住人なんですよ。外出記録をとり忘れたのかもしれません。」
ケンタは誤魔化しを図った。
「う~ん、記録漏れが無いように徹底しているはずなんでけどねぇ……。」
兵士Aは難しい顔をしながら首を捻っていたが、
「ですがまあ、ご安心下さい。入場は可能ですので。」
と明るい口調で言った。
「本当ですか?」
ケンタは表情を明るくした。
「はい。今から役所の戸籍情報を調べて参ります。皆様方四名の戸籍情報を確認して、問題無ければ入場が可能となります。ファナドの住人一万人分のデータから照合しますので少々お時間をいただきますが、よろしいですか?」
門兵Aはにこやかにケンタに尋ねた。
(よろしくねえ! 戸籍情報なんかないぞ! 俺らがファナドの住人じゃないってバレる! どうする?)
ケンタは激しく焦り、脳みそがふやける様な感覚に襲われた。
「ああ、ええっと~……あ! そうだ! 俺ら、ここに引っ越して来たばっかりで、まだ役所で手続きを済ませてないんですよ!」
ケンタは嘘を重ねた。
「え? そうなんですか? う~ん、戸籍が未登録となると……今ここで登録作業をしてもらうことになりますね。身分証をもとに審査等が必要ですので、こちらもかなり時間がかかりますが、よろしいですか?」
「……はい、分かりました。」
断る理由が見つからず、ケンタは仕方なく了承した。
門兵Aは「承知しました。」と言って、四人分の身分証を背後に座る門兵Bに手渡した。
門兵Bは身分証を受け取ると、机に分厚く積まれた書類を漁り始め、なにやらメモを取り始めた。
(くっそ! 審査って何すんだ? まずいな、このままだとどうせスパイだってバレる……! 審査してもらってる間に手立てを考えねえと……。)
ケンタは唇を噛みながら思考を巡らせた。
「ところで、四人はご家族でしょうか?」
門兵Aはケンタに尋ねた。
「あ? あ、えっと、ま、まあ、そんなとこかな……。俺ら三人兄弟で、それから父親です。」
ケンタは思考を邪魔されて一瞬不機嫌な顔をしたが、すぐに表情を隠して自分とソウマ、カレンを兄弟、ルシフェルを父親だと紹介した。
「そうですか。素敵なお子さんですね。」
門兵Aはにこやかな顔でルシフェルに話しかけた。
「いや、全く違う。」
ルシフェルは真顔で否定した。
「え?」と驚く門兵Aに対し、
「私は結婚もしていないし、子供もいない。」
ルシフェルは正直に答えた。
「そ、そうなんですか?」
兵士Aは驚いた表情で言った。
「お、俺の親父、冗談が好きなんですよ! まったく、今日もおもしれえな、親父は! は、はは……。」
ケンタは強引に誤魔化し、怒りを込めて若干強めにルシフェルの背中をバシバシ叩いた。
「ははは、そうでしたか。愉快なお父様ですね。」
門兵Aの困惑した顔は笑顔に戻った。
「ええ。親父のやつ、真顔で冗談言うんで、時々本気にさせちゃうことがありまして。」
ケンタはさらに誤魔化しを続けた。
(頼むからお前はもう喋らないでくれ……!)
ケンタは歯ぎしりしながらルシフェルに念を送った。
「ところで、皆様にご協力いただきたいことがあるんですが。」
門兵Aは話を続けた。
「はい、なんですか?」
ケンタは聞いた。
「なに、簡単なことですのでご安心下さい。両手を上げて動くな。」
門兵Aは剣をケンタの喉元に突き付けた。