第三話 災厄は暗雲と共に
区切りの良いところで終わらせるために、少し長めになっています。申し訳ありません。
丘の上に建つ巨大な建物は、石造りのお城のような見た目をしていて、大小様々な青い屋根の塔が立ち並んでいた。城の壁は石組みが剥き出しで、一つ一つ表情の違う石たちが、薄橙色のお洒落なモザイク柄を作っていた。
お城の中の一室に、黒い制服を着た三十人ほどの生徒達が集まっていた。部屋は生徒達が自由に動き回れるくらいの広さで、天井は教会のようなアーチ型、壁は石造り、床はフローリングだった。
一人の教員らしき大人が部屋の真ん中で話をし、生徒達は部屋の周りで体育座りをして聞いていた。
「いいですか? 今皆さんに見せているのは火属性の魔法ですが、魔法というのはこのように威力をきちんと制御し、一定の規模に抑えることが重要です。」
教員Aは手の平から火を出し、その火を大きくしたり小さくしたりして威力を調整していた。
「魔法を決められた大きさに制御する課題は毎年卒業試験で出されますからね。ですからここは念入りに復習が必要です。はい、それじゃあ皆さん、やってみましょう。」
教員Aは手から出していた火を消すとパチンと手を叩き、生徒達に実践を促した。
促された生徒達は立ち上がると、間隔を空けて魔法の練習を始めた。生徒達の中にはソウマ、ミカ、シンゴ、クースケの姿もあった。
ソウマは集中した顔をしながら両手を構えると、教員がやったように火を出した。ソウマはそのまま火に視線を集中させ、火の大きさを変えていった。
「あちち!」
火を大きくし過ぎて自分に燃え移りそうになったソウマは、慌てて両手を振って火を消した。
「危なかったあ。去年散々やったところだけど、久々だと難しいね。」
ソウマは、すぐ隣で同じく手の平から火を出しているシンゴに話しかけた。
「そうか? 俺は余裕のよっちゃんかな。フエ……ヘックション!」
シンゴがくしゃみをした瞬間、手から出していた火が大きく燃え上がり、シンゴの顔を覆い尽くした。火はすぐに消えたが、シンゴの綺麗な金髪がチリチリパーマになり、ブスブスと音を立てながら煙を上げていた。
「た、大変!」
シンゴの有様を見たミカは急いで両手を構え、手の平から水を作り出した。ミカが「えい!」と叫んで手を振ると、水はシンゴの顔面にかかって見事に煙を抑えた。
代償としてシンゴは顔と上着がびしょ濡れになった。
「だ、大丈夫?」と心配そうに聞くミカに、シンゴは切ない表情で「あんがと。」と答えた。
「先生、泣いてもいいですか?」
そばを通りかかった教員Aにシンゴは問いかけ、教員Aは無言でハンカチを差し出した。
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「……であるからして、今から約八千年前のバラティア暦13万3415年、この地に巨大なドラゴンが襲来し、それを英雄である炎王バニスが討伐したわけでありますな。」
老人の教員Bが円形の教室で歴史の授業をしていた。教室の壁には巨大な黒板があり、教員Bはそこに立って板書をしていた。その黒板を囲うように円形の机が並び、そこに着席している生徒達は板書を書き写していた。
黒い制服姿の集団の中でシンゴだけが上着を脱ぎ、白いカッターシャツがとても目立っていた。シンゴの首には髪を拭いたであろうタオルがかかっていた。
脱いだ上着は椅子の背もたれに掛けてあり、上着からポタポタと垂れた雫が床に溜まっていた。
窓際の一番後ろの席に座っているクースケは、「炎王バニス……加護の持ち主……。」などとブツブツ呟きながらノートになにやらメモを取っていた。
ソウマはクースケの一つ前の席で机に突っ伏して寝ていた。
「ソウマ君、ソウマ君。」
横に座っていたミカが小声でソウマを起こし、ソウマは「ふにゃ?」と言いながら目を覚ました。
ミカは口に手を当ててくすっと笑い、「頑張って。」と小声で励ました。
「う、うん。ごめん。」
ソウマは眠い目を擦りながら言った。
目覚めたばかりでぼーっとしていたソウマは、何の気なしに窓の外を見た。
窓の外には、のどかな田舎の風景が広がっていた。空には春のすじ雲が、箒で掃く途中のようにたなびいている。遠くの地平線には山々が見え、山の向こうに見える暗雲は、もうじき雨が降るぞ、とソウマに警告していた。
「ん?」
すじ雲が広がる空に黒い点群を見つけ、ソウマは少し目を細めた。
点群は鳥の群れなのか、はたまた他の動物なのか判断出来ないほど小さい。
ソウマはもっとよく見ようと、窓のほうに少し身を乗り出した。
「これ! ソウマ。ちゃんと聞いておるのか?」
教員Bは余所見をするソウマを注意した。
「うわ! ご、ごめんなさい!」
「まったく……。春休み気分がまだ抜けとらんのか?」
教員Bがチクリと嫌味を言い、クラスはさざ波笑いに包まれた。
ソウマはばつの悪そうな顔をして頭をかきながら「すいません……。」と言った。
教員Bが板書のために背を向けた隙に、ソウマはもう一度窓から空を見上げた。しかし先ほどの黒い点群は、もうどこにも見当たらなかった。
そんなソウマの様子を、ミカは不思議そうに見ていた。
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「ソウマ君、大丈夫?」¬¬
休み時間、ミカは座席から立ち上がり、心配そうにソウマに声をかけた。
「え? うん、大丈夫だよ。どうして?」
椅子に座って机の上の教科書類を片付けていたソウマは、ミカの顔を見上げながら答えた。
「そっか。窓の外を気にしてたから、どうしたのかなって。」
「ああ、うん。別に何でもないよ。なんとなく見てただけだから。」
「そっか。」と返事をするミカに対してソウマは、
「でも、歴史の授業は苦手だからつい眠くなっちゃうな。」
と、苦笑しながら言った。
「う~ん……。あ! そうだ!」
少し考え込んだミカは、何か思い出したような顔でカバンをゴソゴソと探り、一冊の本を取り出した。
「じゃん!」と言いながら本を見せるミカに、「何? これ。」とソウマは問いかけた。
「『ドラゴンの生態と伝説』っていう本。お父さんが書いたの。」
「ミカのお父さんが?」と聞くソウマに、「うん。」と返事をしながらミカはソウマの机にその本を置いた。
「貸してあげる。」
「え? いいの?」
「うん。今歴史でやってるところはドラゴンの話でしょ? だからドラゴンのことに詳しくなったら、歴史にも興味が湧いてくるんじゃないかなって思って。」
ミカはウインクしながら言った。
(若干分野が遠い気もするけど……。)
ソウマは心の中で呟いたが決して口にはせず、「ありがとう。」とだけ言った。
「オランジェさんの書いた本か……。」
ソウマは表紙を眺めながら言った。
本の表紙は濃い緑色の拝啓に荒れた岩肌が描かれ、そこに立つドラゴンの姿が描かれていた。金色の文字で『ドラゴンの生態と伝説 オランジェ著』と書かれている。
「まだ出版前なんだけどね、試し刷りしたものを私にくれたの。返すのはいつでもいいから、ゆっくり読んでみてね。」
ミカは微笑みながらそう言い、ソウマは「うん、ありがとう。読んでみるよ。」と返事をした。
2人がそんな会話をしていた時、シンゴは椅子にかけてある上着を触って湿り具合を確認していた。
「まだ全然乾いてないな。ふふん。ということは上官、まだ犯人はそう遠くには行ってないようですね。そうだねシンゴ君。新人の割に、中々鋭いじゃないか。」
シンゴはしょうもないミニコントを一人で繰り広げていたが、不意に楽しそうに会話するソウマとミカが視界に入った。
「んー?」
シンゴは、手でひさしを作りながら二人を不審そうに見た。
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ソウマ、ミカ、シンゴ、クースケの四人は、食堂で昼食を取っていた。
食堂には長テーブルと椅子が全校生徒分準備されていて、四人以外にもたくさんの生徒がガヤガヤと談笑しながら昼食を食べていた。
「別に大した話はしてないよ。ただミカからドラゴンの本を貸してもらったってだけ。」
ソウマは隣に座るシンゴに向かって言った。
シンゴは豆のスープをすくったスプーンを途中で止め、少し驚いた顔でソウマを見た。
「ドラゴン? なんだなんだソウマさーん。ドラゴンに興味がおありかい?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど、ミカの計らいでね。」
ソウマは斜め前に座るミカをちらりと見ながら言った。
「ドラゴンに興味を持ってくれたらなあって。授業にも出てきてたし、ね?」
ミカはニコニコ顔で言った。
「ほーう、そういうこと。じゃあ俺もついでだ。ソウマ君に良い物を見せてやろう。」
シンゴはズボンの尻ポケットを探ると、中から黒い物体を取り出した。
「デデーン。ジャバルドラゴンの源麟だ。どうよ?」
シンゴが取り出したその物体は、手の平に収まるほどの大きさだった。黒いゴツゴツとした固そうな見た目をしており、食堂の照明の光を薄っすら反射している。楕円型の形状で、周りには固そうな灰色の棘が生えている。
シンゴは棘を避けるように上手く掴んでいた。
「ゲン……リン……? 何これ?」
ソウマは突き出された源麟から少し顔を仰け反らせ、目を白黒させながら言った。
「かっちょいいだろう? ミカの親父さんに貰ったんだ。」
「オランジェさんから?」
「ああ。一頭のドラゴンから一枚しか取れない超貴重な鱗らしい。」
シンゴは貴重と言った源麟を「ほれ。」と言ってソウマに投げてよこした。
「わっとと。」とソウマはなんとか源麟をキャッチすると、しげしげと眺めた。
「内側が鈍く光ってるね。」
ソウマは源麟を観察しながら言った。
「オランジェさん曰く、それが源麟の特徴らしいよん。普通の鱗と違って源麟はドラゴンの生命力の塊なんだ、とかなんとか言ってたな。最初はミカに渡そうとしたけど断られた、って親父さん言ってたぞ。」
シンゴに話を振られ、ミカは苦笑しながら頬を掻いた。
「う、うん。お父さんには申し訳なかったんだけど、別に要らないかな~って……。あはは……。」
「女にはこれの良さが分かんねえんだ、とかゴニョゴニョ言ってたぞ。こーんな悲しそうな顔して。」
シンゴはオーバーに落ち込んだ顔を作った。
「そ、そっか。でも私はそういうのより、お父さんの書いた本のほうが好きなの。お父さんの思い出が沢山詰まった本だから、読んでるとなんだか嬉しい気持ちになるの。」
ミカは父親をフォローした。
それまで一人黙々と食事をしていたクースケは、小さく「本? あ。」と声を出すと、制服の内側を探った。
「ソウマ、これ。」
クースケは懐から本を取り出してソウマに差し出した。
「え? ああ、ありがとう。朝話してた加護の本?」
ソウマは手に持っていたドラゴンの源麟をテーブルに置くと、クースケから本を受け取った。
本の表紙を確認するソウマに、クースケは短く「うん。」と答えた。
本の表紙は黒色の背景に、赤や緑など様々な色の輝く玉が描かれている。白抜きの文字で『加護は実在する グレーン著』と書かれている。
「ありがとう。今読んでみてもいいかな?」
ソウマは表紙に落としていた視線をクースケに向けながら言った。
「いいよ。でも汚さないで。」
「ああ、そうだね。」
ソウマは食べかけていた昼食の乗ったおぼんを脇にずらすと、本をパラパラと捲った。
「そもそも加護ってどういうものだっけ?」
ミカは人差し指を顎に当てながら言った。
「う~んとね……」
ソウマは本の最初のほうのページを捲り、目的の箇所を指で探した。
「ええっと、『加護とは、魔法を凌駕する絶大な力。ひとたびその身に宿せば、通常の魔法では不可能なあらゆる事を可能にする。』だって。」
ソウマは本の中身を読み上げた。
「迷信だっつうの、そんなの。」
シンゴは頬杖を突きながら興味なさそうに言った。
クースケはむっとした顔をシンゴに向けた。
「加護はある。バニスも持ってた。」
クースケはボソボソ声に熱を込めて言った。
「バニスゥ? ああ、あのドラゴンを倒したとかいう? 根拠ゼロっしょ?」
「持ってた。炎神の加護。」
クースケは少し不機嫌そうな顔で反論した。
「エンジン~?」と棒読みのシンゴに、クースケは「うん。炎の神、炎神。」と解説した。
「アイタタタ~、神とか言っちゃったよ、この人。思春期病真っ只中だね、こりゃ。」
シンゴは大袈裟に頭を抱えてみせ、クースケは「むう。」と頬を膨らませた。
「炎神の加護以外にも色々あるみたいだね。木神の加護に悪魔王の加護。それから……これ凄いね。精霊王の加護っていうのもあるんだ。」
口喧嘩が始まりそうなシンゴとクースケの会話に割って入るように、ソウマは加護の一つを話題に挙げた。
シンゴとクースケは話を中断してソウマを見た。
「この加護を持てば、死んだ人を生き返らせることが出来るんだって。」
ソウマが本の中身を読み上げると、シンゴは相変わらず興味なさそうに「へえ、そりゃすごい。」と返事をしつつ、
「それなら是非うちの死んだじいちゃんを生き返らせて欲しいもんだね。小さいころ俺のお気に入りの服を火の魔法で燃やしやがってさ、一発殴りたいと思ってたんだ。」
と、お得意の冗談で締めた。
シンゴの冗談にソウマとミカは苦笑いした。
「でもすごいな~。加護って浪漫があるね。」
ミカが感心しながらそう言うと、クースケは満足そうに頷いた。
「加護を持てたら、きっと凄い力が手に入るんだろうね。私なんて水の魔法は大したことないし、風の魔法なんてそよ風くらいしか出せないし、良いとこ無しだからさ。一度でいいから加護を持ってみたいなあ。」
ミカは両手を広げると、小さな風の渦を作ってみせた。
(水の魔法は大したことありましたよー。)
シンゴは心の中で思ったが口には出さず、「俺も似たようなもんだね。」とミカに同調した。シンゴは昼食のベーコンをフォークで取ると、構えた左手から火の魔法を出してベーコンを焼いた。
「この通り。ベーコンをカリカリに焼くぐらいしか役に立たない。」
シンゴは自虐を言った。
ミカは口に手を当ててくすっと笑い、ソウマは苦笑いした。
「は~あ。バニスが持ってたとかいう炎神の加護があったら、もっと凄い火の魔法が出せるようになるんかね?」
シンゴがクースケをちらっと見ながら言うと、クースケはコクコクと頷いた。
「ねえ?ソウマ君はどんな加護が欲しい?」
ミカがソウマに話を振り、「う~ん、そうだなあ。」とソウマは本のページをパラパラと捲った。
「色々あるみたいだけど……う~ん……加護は……持てなくてもいいかな。」
「どうして?」と不思議そうに聞くミカに対してソウマは、
「僕は……、こうやって皆と普通の学校生活が送れたらそれでいいかなって。」
と、自分の考えを言った。
ソウマが言い終えると他の3人は顔を見合わせ、またソウマのほうを見た。
「え? 何? どうしたの?」
三人が何も言わないので、ソウマは戸惑いの声を出した。
「おじいちゃんですか?」とシンゴ。
「夢が無い。」とクースケ。
「私は素敵な考えだと思うよ。」とミカ。
三者三様の反応が返って来て、ソウマは思わず「あ、あはは……。」と乾いた笑い声を上げ、頭を掻いた。頭を掻く右手にはミスリングが巻かれていた。
ミカはソウマのミスリングに目がいった。
「あ、ソウマ君。」
「ん?」
「もしかして今のがソウマ君のお願い事──」
カーン、カーン、カーン。
ミカが話している途中で、遠くのほうから鐘の音が聞こえた。
「おっと、もうすぐ授業再開だな。ソウマっち、食べ終わったら早く教室来いよ。」
シンゴは自分のおぼんを持って足早に立ち去った。
「ごめんね、ソウマ君。先に行くけど、まだ時間あるから、ゆっくりね。」
ミカは笑顔を向けながらソウマに言うと、「うん、後でね。」と返事をするソウマに手を振りながら立ち去った。
「ソウマ、僕の本、大事に。」
クースケはボソッと言い、ソウマは「うん、もちろん。」と答えた。
クースケはソウマの返事を聞き届けると、シンゴ、ミカに倣ってその場を立ち去った。
一人残されたソウマは食事を再開するため、脇にどかしていたおぼんを自分の所に戻そうとした。その時、ソウマはテーブルの上に置いてあるドラゴンの源麟に気付いた。
「あ、返すの忘れてた。」
ソウマは源麟を掴むと上着の内側にしまった。
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ソウマは教室に戻るために廊下を歩いていた。
廊下の窓からは、弱い日の光が射し込んでいた。午前中に出ていた強い日差しは鳴りを潜め、空には暗雲が立ち込め始めていた。
ソウマが無言で歩いていると、前から白い段ボールを抱えた教員Cが歩いてきた。教員Cは段ボールの重さにてこずりながら歩いていたが、ソウマの姿を見つけると「お、ソウマ。丁度良かった。」と声をかけてきた。
「どうしたんですか?」
不思議そうな顔でソウマは返事をした。
「魔法薬の地下倉庫の場所分かるか? これと同じ白い段ボールを持って来てほしいんだ。」
「場所は分かりますけど、生徒だけで入っちゃいけないんじゃないですか? それに鍵も持ってないですし。」
ソウマは断りたそうにしながら言った。
「お前は歴史の授業で寝る以外は概ね真面目な生徒だからな。変な悪戯なんかしないだろ?」
教員Cは段ボールを床に置き、ズボンのポケットから鍵束を取り出すと、「ほれ。」と言ってソウマに渡した。
ソウマは苦笑いしながら受け取ると、「分かりました。」と言って歩き出した。
「地下倉庫の一番下の部屋な。見つけたら三年二組に持って来てくれ。三年だから場所は三階だぞ。よろしく~。」
歩き出したソウマの背中に向かって教員Cは言った。
「はい、分かりました。」と返事をし、ソウマは廊下の角を曲がっていった。
ソウマの姿が見えなくなるところまで見届けると、教員Cは段ボールを抱え直して歩き出した。
その時、ゴロゴロと外で雷が鳴る音が聞こえた。
教員Cは立ち止って窓から暗雲を確認した。
「こりゃもうじき雨だな。」
そう呟き、教員Cは再び歩き出した。
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ソウマは階段を降りて一階まで降りた。廊下を歩いていき、『魔法薬品庫』と書かれた部屋の前で立ち止まった。ドアの鍵を開けて中に入り、ソウマは部屋の中を見回しながら奥へと進んだ。
部屋は薬品の収納された棚が並び、人があまり出入りしないからか、あちこち埃が溜まっていた。部屋には小さな小窓があるくらいで入ってくる日の光は少なく、全体的に薄暗かった。
ソウマは部屋の一番奥まで進んで立ち止った。足元には床扉があり、ソウマは鍵束の中から合致する鍵を見つけ出して床扉を開けた。
「うわ、暗いな。」
床扉の下には地下へ下りていくための階段があるが、明かりが一切なく、階段の先は全く見えなかった。
ソウマは辺りをキョロキョロと見回し、『地下倉庫用』という張り紙が張ってあるランタンを棚から見つけた。ランタンのそばにあったマッチ箱を手に取り、ソウマはマッチに火を付ける準備をした。
「あ、必要ないか。」
ソウマはふと我に返るとマッチ箱をしまい、人差し指をランタンに向けた。指先から小さな火を放ち、ランタンに明かりを灯した。
ソウマはランタンを掲げながら地下倉庫の階段を下りていった。
地下倉庫は壁や天井が剥き出しの土で出来ていて、その上から木材がバッテンに組み付けられ、崩れ落ちないように補強されていた。空気はかなり湿っぽく、土の匂いが充満している。木製の棚がいくつも並び、そこに段ボールが積まれている。が、白い段ボールは見当たらない。
ソウマは教員Cの指示通り、倉庫の最下層まで階段を下りていった。
地下五階くらいまで下りたところで、ようやくソウマは一番下の階に辿り着いた。
「え~っと……あ、あった。」
ソウマは左右の棚を見渡しながら歩いていき、やがて白い段ボールを見つけた。段ボールを棚から床に下ろし、ソウマはその上にランタンを置いた。ランタンの乗った段ボールを抱え、ソウマは来た道を引き返していった。
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「あれ? 扉、閉めてきたっけ?」
地下一階まで戻ったソウマは、地上に上がるための出入口を見上げて異変に気付いた。
開けたままにしていたはずの出入口から日の光が射し込まず、ランタン以外の光源が無い地下倉庫は暗闇に包まれていた。
目を細めても出入口の様子が分からなかったソウマは、段ボールを床に置くとランタンを手に取り、出入口まで続く階段を昇って行った。
出入口の手前まで来たソウマは、ランタン掲げて頭上を照らした。
出入口は大きな瓦礫で塞がっていた。
ソウマは怪訝な顔で瓦礫に触れ、軽く押してみたがびくともしない。強く押してみたがやはりびくともしない。ソウマは少し焦った表情になり、嫌な汗をかき始めた。
ソウマは手に持っていたランタンを床に置くと、瓦礫と階段の間の小さな空間に体をねじ込んだ。背中を瓦礫に押し付け、しゃがんだ状態から膝を伸ばし、足の筋力で瓦礫をどかそうとした。
足元の乾いた土で足が滑るが、その度に地面を踏みしめ直し、瓦礫をゆっくりと持ち上げていった。ソウマは顔を歪めながら足に力を込め続け、瓦礫をどかしてなんとか地上に出た。
「ふ~。」と一息ついたソウマは辺りを見回した。
「!!」
ソウマの目に飛び込んできたのは、見慣れたいつもの風景ではなく、本来あるはずのない異常な風景だった。
ついさっきまであったはずの魔法薬品庫がなくなっていた。それどころか、セントクレア魔法学校の校舎そのものがなくなっていた。全てが瓦礫の山に変わっており、お城風の校舎は完璧に破壊されていた。
瓦礫の山の中には、大勢の生徒達が倒れていた。ある者は瓦礫のうえでぐったりとし、ある者は瓦礫に埋まりかけ、ある者は体がバラバラになっていた。辺り一面には大量の血が飛び散っていて、まるで毒々しい赤い花が瓦礫の中で一斉に咲いたようだった。
空を覆う暗雲は日の光を完全に遮ってセントクレアを一時的に夜へと変え、ゴロゴロと鳴る雷の音はソウマに災厄の訪れを告げていた。