第二十九話 魚の与え方
ソウマ達がベリミットクロオオカミを撃退した丁度その頃、ホムラの拠点ではマディがユキオの居室のドアをノックしていた。中から「どうぞー。」と返事があり、マディはドアを開けた。
「失礼するよぉぉぉ。ユキオ君んんん、また釣り竿を借りたよぉぉぉ。物置に戻しておいたからねぇぇぇ。」
マディがそう言うと、ユキオは「んお? おう。」と返事をした。
マディがドアを閉めて去った後、ユキオは不思議そうな顔でドアのほうを見つめた。
「また釣りか。あいつ、ここのところ毎日だな。」
ユキオは一人でそう呟くと、新聞に目を落とした。
「……ガレス人間国、移民政策から二十年。ベリミットからの労働者流出は依然続く……か。こりゃ本格的にまずいな。」
ユキオは新聞の見出しを読んで顔を曇らせた。
その時またドアをノックする音がし、ユキオは「どうぞー。」と返事をした。
「失礼しまーす。」
エミリが書類を持って入ってきた。
「リーダー、頼まれてた書類、まとめときましたよ。」
エミリはユキオに書類を渡した。
「お、ありがとな。……分かった、確認しとく。」
ユキオは礼を言って書類を受け取り、中身を軽く確認しながら言った。
「はーい。じゃ、失礼しまーす。」
エミリは踵を返して部屋を出ようとした。
ユキオは「あ、なあ、エミリ。」と呼び止め、エミリは「はい、何ですか?」と振り返った。
「マディのこと、なんか知らないか?」
「マディさんですかー? なにかあったんですか?」
エミリは首を傾げた。
「いや、全然大した話じゃないんだが……最近毎日釣りに行ってるみたいでな。あいつが研究以外のことに時間を使うなんて、なんか珍しくてな。」
ユキオは心に引っ掛かっていたことを説明した。
エミリは口元に人差し指を当てながら「んー。」と考えていたが、
「あたしも分からないですねー。……あ! でもさっき、マディさんに厨房を貸してくれって言われたんですよぉ。多分、釣った魚を焼くために使ったんじゃないかなぁ?」
エミリは自分の推測を話した。
「普通に焼いて食ってるだけか。……お前、ちゃんとマディに飯は与えてるよな?」
ユキオは不審そうな眼差しをエミリに向けながら聞いた。
「当たり前ですよぉ! ちゃんと全部食べてくれてます~。」
エミリは頬を膨らませながら言った。
「分かった分かった。すまん……。」
ユキオは片手を上げてエミリを制し、エミリは頬に溜めていた空気を「ぷ~。」とはいた。
「う~ん、あるいは実験にでも使ってるのか?」
ユキオは顎に手を当てて少し考えたが、
「……分からんな。まあいいか。エミリ、下がっていいぞ。時間取らせてすまなかったな。」
ユキオはそう言い、エミリは「はーい。」と言って部屋を出ていった。
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噂のマディは焼いた魚を乗せた皿を持ち、地下研究室の階段を下りていた。
手に持っている皿には『タマ』と字が掘られていた。
マディが研究室まで下りると、黒猫が尻尾をピーンと立てながら「ニャー。」と鳴いてマディに近付いてきた。
マディはしゃがんで皿を床に置き、
「さあ、タマちゃぁぁぁん。たくさん食べるんだよぉぉぉ。」
と言いながら黒猫の頭を撫でた。
黒猫のタマはガツガツと焼き魚を食べ始めた。
マディはしゃがんで膝を抱え、タマの様子をニコニコしながら眺めた。その笑顔は相変わらずギザギザの歯が剥き出しだったが、いつもする不気味な笑顔とは少し雰囲気が違っていた。
タマは勢いよく魚を食べていたが、少し食べ進めたところで魚を吐き出してしまい、なにやら口をモゴモゴし始めた。
「んんん?」
マディは不思議に思ってタマの口元を観察すると、
「ああぁぁぁ、小骨が刺さっているようだねぇぇぇ。」
とすぐに原因を突き止めた。
マディは机からピンセットを取ると、タマの口の中に刺さっている小骨を慎重に取り除いた。さらに魚の乗った皿を机に持っていくと、ピンセットで魚の小骨を一本一本取り除いていった。
「さあ、タマちゃぁぁぁん。骨は全部取ったよぉぉぉ。」
一通り小骨を取り終え、マディはタマの元に皿を戻した。
タマはまた魚を食べ始めた。
「食べやすいかぁぁぁい?」
マディはしゃがんで膝を抱えながらタマにそう尋ねると、タマは顔を上げて嬉しそうに「ニャー。」と鳴いた。
その鳴き声を聞いて、マディは満足そうな笑顔をしながら頷いた。
やがてマディは立ち上がって椅子に座ると、机の上の試験管立てから赤い液体の入った試験管を手に取った。
「さて、それじゃあルシフェル君の血液を調べてみようかなぁぁぁ。」