第二十七話 人間の心
森を切り拓いて造られた舗装されていない道を、一台の馬車が走っていた。
ケンタが馬車の手綱を操り、ソウマ、カレン、ルシフェルの三人は後ろのワゴンに座っていた。
ルシフェルはワゴンの囲いに背中を預けて両肘をかけ、足を組んで寛いでいた。
「ここからファナドまでどれくらいかかるんだろう?」
ソウマはカレンに問いかけた。
「え、えっと、早駆けの馬で一日くらいだから、馬車だと丸二日くらいかかるかな……。」
カレンはモジモジしながら答えた。
「そっか……。ケンタ、大丈夫? 疲れたら言ってね。いつでも交代するから。」
ソウマはケンタを気遣った。
「大丈夫だ! 任せとけって!」
ケンタは自信満々で言った。
「御者は初めてだと言っていたが、見事な手綱捌きではないか、ケンタ。」
ルシフェルはケンタを褒めた。
「へへ、まあな。」
ケンタは少し嬉しそうに言った。
「ルシフェルさん、ありがとうございます。馬車を貸していただいて。」
カレンはルシフェルにお礼を言った。
「礼には及ばん。元々ホムラの諸君に寄贈するために、カミーユに準備させたものだ。」
ルシフェルは事も無げに言った。
「カミーユさんはずっとあのお屋敷に居る方なんですか?」
カレンはルシフェルに尋ねた。
「いや、あの屋敷の前はバロア国で執事をしていた。私の父が住んでいた屋敷でな。私は父親が悪魔だったのだ。」
ルシフェルは微笑をカレンに向けながら説明した。
「お父様が……。そういえば、ルシフェルさんは確かハーフでしたよね?」
カレンは続けて尋ねた。
「そうだ。悪魔の父が人間である母に惚れ、求婚したそうだ。」
「そうだったんですか。そういうふうに悪魔と人間が恋愛をするのは、よくあることなんですか?」
「カミーユ曰く、滅多にないそうだ。悪魔の心は人間とはかけ離れている。プライドが高く、人間を始めとする他の種族を見下し、決して下に付こうとしない。人間に恋心を抱くなど、もってのほかであろうな。故に人間に恋をした私の父は迫害され、ベリミットに逃れたのだ。」
ルシフェルは両親のことを説明した。
「そうだったんですか……。確かに、悪魔が他の種族と仲良くするイメージはあまりないですもんね。」
カレンは少し切なそうな表情で言った。
「うむ。だが安心したまえ。私は人間と対等な関係でいることに、なんら抵抗は感じない。恐らく人間の血が混じっていることが少なからず影響しているのだろう。これが果たして人間の心を持っていると言えるのかは分からぬが……。」
ルシフェルは妖艶な微笑みをカレンに向けながら言った。
「ふふ、分かりました。それで、ベリミットに移住した後はどうなったんですか?」
カレンは話の続きを尋ねた。
「バロア国では多くの悪魔を執事として雇っていたが、ベリミット移住の際にみなやめてしまったそうだ。カミーユだけが残り、移住先の屋敷まで付いてきてくれたのだ。そして移住して数年後、あの屋敷で私が生まれた。」
ルシフェルは空を見上げ、
「私が生まれて間もなく両親は亡くなってしまったが、カミーユが代わりとなって200年間、ずっと私を支えてくれた。私にとってはカミーユが父親であり母親なのだ。」
と、懐かしむように言った。
「素敵なことですね。」
カレンは微笑みながら言った。
一方ソウマは途中まで話を聞いていたが、ふと前方が気になってケンタのほうを振り返った。
進行方向の遥か向こう、道の真ん中に黒い動物が何頭かいるのが見えた。
ソウマは目を細めて、その動物たちを注意深く見た。
「ケンタ、あれ……。」
ソウマはケンタに耳打ちした。
「ああ、わかってる。」
ケンタはソウマの言葉に応じて馬車を止めた。
「皆! 前方にベリミットクロオオカミの群れだ! こっちに向かってきてるから応戦するぞ!」
ケンタは後ろを振り返り、ワゴンに座る三人に指示した。
ソウマ、カレンは指示に応じて馬車を降り、ケンタも御者台を降りた。
ソウマは腰の短剣を抜き、カレンは両手を構え、ケンタは背中の大剣を抜き、戦闘態勢を整えた。
ルシフェルは依然として馬車で寛いだままで、優雅な表情で人間三人を眺めていた。