第二十六話 対悪魔用の魔法
ソウマはホムラ拠点の自室にいた。ベッド脇に置かれた棚の前に立ち、棚の上にミカ、シンゴ、クースケの遺品を並べていた。ソウマは遺品を眺め、深いため息をついた。
その時ソウマの背後でドアをノックする音がした。
ソウマが振り返ると、ユキオがドアを開けて入ってきた。
「よう、ソウマ。初任務、ご苦労だったな。」
ユキオはソウマのほうに歩み寄りながら労いの言葉をかけた。
「はい、色々至らない点はありましたけど。」
ソウマは頬を指で掻きながら照れた顔で言った。
「いや、十分合格点だ。合格も合格、大合格点だ。」
ユキオはソウマに太鼓判を押し、ソウマは「ありがとうございます。」と会釈した。
「ん? 何だそれ?」
ユキオは棚の上の物を指さしながら聞いた。
「これは僕の友人の遺品です。」
ソウマは棚の上に目をやりながら言った。
「ふうん、そうか。」と言いながら、ユキオは棚から本を一冊手に取った。
「『ドラゴンの生態と伝説』か。ドラゴンの研究なんてしてる奴がいるのか。」
ユキオは少し驚いた様子で言った。
「はい。僕の友人の父親が生物学者で、その人が書いた本です。」
「へえ。オランジェ著、か。」
ユキオは本の表紙を確認すると、中身をパラパラと捲り始めた。
「ジャバルドラゴンの源麟がどうのこうのって書いてあるけど、これがそうか?」
ユキオは棚に置いてある源麟を指さして言った。
「はい、そうです。その本を書いたオランジェさんが、ゴレオ大陸まで調査に行った時に手に入れた物らしいです。」
ソウマは答えた。
「ふうん。『ドラゴンの源麟は生命力の源となる鱗であり、ドラゴン本体の死後も源麟単体で生命活動を続ける。源麟は一体のドラゴンから一枚しか取れず、それ故に希少価値が高く、値段を付ければ数億ビノスは下らないだろう。』 へえ、これそんなに貴重な物なのか。じゃあこれを売ればホムラの財政難は一気に解決だな。」
ユキオの言葉にソウマは少し不安な顔をした。
「冗談だよ。」
ユキオはソウマの表情に気付いてそう言うと、本に視線を戻した。
「それからなになに……『ジャバルドラゴンは繁殖期になると辺りに炎を撒き散らす。他のジャバルドラゴンは遠くからでも熱源を感知することができ、一か所に集まってくる。』 ふーん。」
ユキオは興味が失せたようで、本を棚の上に戻した。
「ドラゴンのことをここまで研究してるなんて、オランジェとかいうのは大したやつだな。」
ユキオは感心しながら言ったが、すぐに怪訝な顔をし、
「しかしゴレオ大陸まで行ける船なんてあったか? 技術的にまだ無理だと思うけどな。」
と言った。
ソウマはその辺りのことはあまり知らなかったので黙っていた。
「まあいいか。こんな話しに来たんじゃないんだ。」
ユキオはそれ以上考えが出てこず、話題を切り替えた。
「なあソウマ。ケンタにも確認したんだが、ルシフェルに鉄砲が効かなかったってのは本当か?」
ユキオは聞いた。
ソウマはルシフェルが三発の銃弾を弾いたことを思い出した。
「はい、間違いないです。」
「まじかぁ……。折角鉄砲を集めてきたってのに、全部無駄だったってことかよ。」
ユキオは落胆してがっくりと肩を落とした。
「てことは、次にお前達にやってもらう任務はあれしかないな。」
ユキオは顔を上げてニヤリと笑いながら言った。
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「とゆうわけで、四人にはグリティエ人間国にスパイに行ってもらう。」
ユキオは広間に並んで立つソウマ、カレン、ケンタ、ルシフェルにそう告げた。
広間にはソウマ達の他にミカド、アキラ、ヨウイチが同席していた。
「いや、どうゆうわけだよ?」
ケンタは困った顔で聞き返した。
「ん? だから言ったろ? 魔法の技術を盗んでくるんだよ。」
ユキオは「何度も言わせるな。」というような顔で言った。
「いやそうじゃなくて、なんで今更魔法なんだよ? 別に技術なんか盗まなくても、魔法なんて誰でも使えるぜ?」
ケンタはそう言いながら手から水の玉を出し、フワフワと浮かせた。
「ああ、そうだな。だが今使ってるその魔法じゃ、悪魔との戦いでは役に立たない。ソウマもグリムロに火の魔法を当てたけど、効かなかったんだろ?」
ユキオに尋ねられ、ソウマは「はい。」と返事をした。
「ソウマの話を聞いた時はてっきり俺も、悪魔に魔法は全く効かないものだと思ってたんだ。が、どうやらそれは違うみたいでな。」
ユキオはそう言うと資料を取り出し、話を続けた。
「グリティエ人間国の魔法は悪魔に通用する。あの国は対悪魔用の魔法を発展させてきたお陰で、バロア国からの侵略を跳ね返してきたらしい。」
「マジか! ……そうなのか?」
ケンタはソウマに聞いた。
「え、えっと、僕もその辺は……あんまり……。」
ソウマは口ごもった。
「知らなくて当然だ。グリティエは機密主義で閉鎖的な国だからな。俺もミカドの調査で初めて知ったことだ。」
ユキオは口ごもるソウマをフォローした。
「ベリミットには対悪魔用の魔法ってものが存在しない。安保条約の決まりで、そういう魔法の技術や知識は全て剥奪されてるからな。だからそういう魔法を習得するには、グリティエから情報や技術を盗み出すしかないんだ。ここまでいいか?」
ユキオは前の四人に対して問いかけた。
ソウマ、カレン、ケンタは真剣な顔で頷いたが、ルシフェルは微笑を浮かべて突っ立っているだけだった。
三人の頷きを見てユキオは「よし。」と頷くと、再び話し出した。
「グリティエ国にファナドという街がある。その街にあるグリティエ軍の基地に潜入して、グリティエ軍の魔法や知識を盗み出してくるんだ。どうだ? やれそうか?」
ユキオは真剣な顔で問いかけた。
「やれそうもなにも、やるしかないんだろ?」
ケンタはニヤリと笑いながら言った。
「分かってるじゃねえか。」
ユキオも同じようにニヤリと笑った。
その時、今まで黙って話を聞いていたミカドが手を挙げた。
「ユキオリーダー、話の腰を折って申し訳ありませんが、今回の任務、私も付いて行きます。前回は許容しましたが、やはりソウマ君達には私が護衛として付くべきです。」
ミカドは同行を申し出た。
「駄目だ。お前には他にやってもらう任務がある。何度も言ってるだろ?」
ユキオはきつめにミカドを制した。
「しかし……」
ミカドは納得いかず、食い下がろうとした。
「ミカドさん、大丈夫っすよ。俺だってスパイの経験はあるし、それに今回はルシフェルが護衛で付いてる。任しといてくれよ。」
ケンタはミカドに親指を立てた。
「……まあ、いいわ。」
ミカドはまだ納得いっていない様子だったが、ひとまず矛を収めた。
その様子を確認したユキオは、ミカドからソウマ達に視線を戻した。
「よし、じゃあ四人とも頼んだぞ。この任務が成功すれば、ホムラメンバー全員の魔法を強化することが出来るからな。メンバー全員が悪魔と戦える戦力になれば、悪魔の女王にまた一歩近付けるぞ。」
ユキオは四人を鼓舞するように言った。
微笑を浮かべて立っているだけのルシフェルを除き、残りの三人は真剣に頷いた。
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ユキオの話が終わり、ホムラのメンバー達は三々五々解散した。
ミカドはカレンとすれ違う時、何かに気付いて声を掛けた。
「あら、カレン。その髪留め、素敵ね。任務先で買ったの?」
「あ、えっと、これは、その……」
ミカドに話し掛けられ、カレンは慌てふためいた。
「これは……や、優しい男の子に貰ったんです。」
カレンは頬を赤く染めながら照れくさそうに言った。
ミカドはその返答に少し驚いたような顔をしたが、やがて何かを察したように微笑むと、
「そう、良かったわね。」
と言って、カレンの元を去っていった。