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アナザーズ・ストーリー  作者: 武田悠希
第一章 セントクレア魔法学校編
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第二話 始まりの季節

 赤髪の少年が、のどかな田舎の村を歩いていた。

 村は畑や田んぼが広がり、あちこちに民家が点在していた。民家は中世ヨーロッパ風の見た目で、赤レンガの屋根が田畑の緑一色の風景に挿し色として映え、白い壁は朝日を反射して輝いていた。川沿いの民家には水車が設置されていて、その水車を春の雪解け水がゆっくりと回していた。


「おはようございます、ケンゾウさん。」


 赤髪の少年は立ち止まり、畑で農作業をしている男性に挨拶した。

 ケンゾウと呼ばれた男性は顔を上げ、少年の顔を見るとニコリと笑顔を見せた。


「おやソウマ君、おはよう。制服姿は久しぶりだね。今日から学校かい?」


 ケンゾウは赤髪の少年に挨拶を返した。

 ケンゾウは五十代くらいの、穏やかそうな顔の男性だった。頭に日除けの麦藁帽を被り、首には使い古したくすんだ色のタオルをかけている。


「はい。今日から新学期です。」


 ソウマと呼ばれた少年は肯定の返事をした。

 ソウマは160cmほどの背丈の、十五歳くらいの少年だった。赤髪でたれ目、そして童顔の、控え目で気弱そうな見た目をしていた。喋り声もその見た目にマッチした、静かで穏やかな声だった。黒い制服を身に付け、マントのように長い上着の裾が春風にゆらゆらと揺れている。


「そうかいそうかい、たくさん勉強してくるんだよ。」


 ケンゾウはうんうんと頷きながら言った。


「はい。……あれ? ショウは居ないんですか?」


 ソウマは不思議そうな顔で辺りを見回しながら言った。


「ああ、もうじき支度して出て来ると思うよ。」


 ケンゾウは畑のそばにある民家のほうを見ながら言った。


「そうですか。リリィちゃんは来年からでしたっけ?」


 ソウマはケンゾウに尋ねた。


「あの子はまだ六歳だからね。入学は来年だよ。」


 ケンゾウはソウマのほうに向き直りながら言った。


「そうですか。」


「うん。『早く私も魔法学校に入学したい!』ってずっと言ってるよ。」


「はは、楽しみですね。でも、リリィちゃんが入学する時には僕はもう卒業してるので、入れ違いになってしまうのがちょっと残念ですけどね。」


 ソウマとケンゾウがそんなやり取りをしていると、民家の玄関の扉が開き、中から小さな男の子と、男の子に手を引かれて妹らしき女の子が出てきた。

 男の子は茶髪で、ソウマより頭一つ背が低く、目がくりっとしていて、王道のショタ、といった見た目だった。

 女の子のほうはショタの男の子よりも背が低く、白髪のショートヘアで、手を引く男の子とそっくりのくりっとした目をしていた。白と黒のドレス風の寝巻を身にまとい、こちらは王道のロリ、といった見た目だった。

 二人はソウマとケンゾウの元にやって来たが、なにやらショタの男の子の様子がおかしい。


「ソウマ兄ちゃん……おはよう……。」


 ショタの男の子はソウマに挨拶したが、その声は弱々しく、顔が青ざめている。


「おはよう、ショウ。どうしたの?」


 ソウマは心配そうに男の子の顔を覗きながら言った。


「ごめん、ソウマ兄ちゃん。僕、具合悪い。学校休む。」


 ショウと呼ばれた男の子は答えた。


「新学期早々? しょうがないなあ。」


 ソウマは少し困り顔で言った。


「あれまあ、ショウ。全然起きて来ないと思ったら体調崩してたか。」


 ケンゾウも困り顔で言い、ショウは「うん。」と弱々しく頷いた。


「しょうがないねえ……。ソウマ君、せっかく来てもらって悪いんだけど、今日は一人で行ってくれるかい?」


 ケンゾウはソウマのほうに向き直ると、申し訳なさそうに苦笑を浮かべながら言った。


「大丈夫ですよ。じゃあ、行ってきます。」


 ソウマは笑顔で返事をすると、歩き出そうとした。


「ソウマお兄ちゃん。」


 歩き出そうとするソウマを背後から呼び止める声がした。ショウに手を引かれて歩いて来た白髪の女の子だ。その声は鈴のように綺麗で儚く、それでいて小さい子特有の舌っ足らずな感じがあった。女の子はショウの手を離れてソウマの元に歩いてきた。


「どうしたの? リリィちゃん。」


 ソウマはしゃがんで女の子に目線を合わせながら問いかけた。


「あのね、ソウマお兄ちゃん。私ね、来年になったら学校に入れるの。えっと、セント……セント……」


 リリィと呼ばれた女の子は一生懸命に喋っていたが、最後の言葉に詰まってしまった。


「セントクレア魔法学校、だよ。」


 言葉に詰まるリリィに、ソウマは助け船を出した。


「うん。そこに入ったら魔法のこと、一杯お勉強する。ソウマお兄ちゃんにも魔法のこと、一杯教えて欲しい。ソウマお兄ちゃん、教えてくれる?」


 リリィは少し不安そうな顔をしながらソウマに聞いた。


「うん、もちろん。僕は今年で卒業だけど、リリィちゃんとショウのために魔法を教えに来るよ。約束する。」


 ソウマは優しい笑顔をリリィとショウに向けながらそう言うと、小指を出した。

 リリィは「えへへ。」と笑いながら小指を出し、二人は指切りした。


「じゃあリリィちゃん、行ってくるね。ケンゾウさん、行ってきます。ショウ、ゆっくり休んでね。」


 ソウマは軽く手を振ると、踵を返して歩き出した。

 ケンゾウは「行ってらっしゃい。」とソウマの背中に声をかけ、リリィは「またね、お兄ちゃん。」と言いながら手を振ってソウマを見送った。

 一方ショウはそれどころではないとばかりにそそくさと自宅に戻っていった。

 ソウマを見送り終えると、ケンゾウは麦わら帽子を被り直した。


「さてと、私も頑張ろうかね。」


 ケンゾウは農作業を再開した。

 そんなケンゾウの様子をリリィはちらりと見た。


「お父さん、昨日もずっと頑張ってたのに、今日も頑張るの?」


 リリィは不思議そうに聞いた。


「そうだよ。お父さんはバロア悪魔国のために頑張らないといけないからね。」


「バロアアクマコク?」


 リリィはケンゾウの言葉が理解できず、首を傾げた。


 ====================================


「おーい! ソウマくーん!」


 ソウマが田畑の間の砂利道を一人で歩いていると、背後からソウマを呼ぶ声が聞こえた。

 ソウマが振り返ると、女の子が手を振りながらソウマの元に駆け寄ってきていた。


「あ、ミカ。おはよう。」


「おはよう、ソウマ君。久しぶりだね。」


 ミカと呼ばれた女の子は朝一ということを感じさせない、弾むような明るい声で言った。

 ミカはソウマより少し背が高く、並んで歩くとその差が目で分かるくらいだった。髪は濃いピンク色で、腰まで伸びた後ろ髪をポニーテールに結んでいる。顔立ちは可愛いと美しいの中間といった具合で、学校のカースト上位に入るレベルの美貌だった。ソウマと同じ黒い制服を着ているが、男性用のソウマの制服と違い、ミカの女性用の制服はワンピース型だった。黒い長袖はミカのすらっと伸びた腕を日差しからガードし、ひざ下まである長い丈のスカートは、野郎共の視線から美少女のおみ足を守っている。制服の首回りには白い布地が使われており、ミカの見た目は修道女のようだった。胸元には、紫色の宝石をあしらった首飾りを身に着けている。

 ミカは両手でカバンを持ち、ニッコリと笑顔を向けながらソウマと並んで歩いた。


「そうだね。春休みは全然見かけなかったけど、どこか旅行に行ってたりしたの?」


 ソウマはミカのほうを向きながら聞いた。


「うん、お父さんと一緒にね。て言っても旅行じゃなくて、お父さんの研究のお手伝いだけどね。」


「研究かあ。ミカのお父さんって何をやってる人だっけ?」


「ドラゴンの研究だよ。」


 ミカはニコニコしながら答えた。


「ドラゴン? ドラゴンって確か、この辺にはいない生き物だよね?」


 ソウマは自分の認識が合っているか確認した。


「うん。この大陸にはいないよ。でも海の向こうの大陸にはたくさん居てね、お父さんは生態の研究をしてるの。ドラゴンって稀にだけど、海を越えてこの大陸まで来ることがあるらしいの。それで街とか村に大きな被害を出すことがあるから、生態を調べるのは大事な研究なんだって。」


「へえ。」と返事をするソウマに、ミカは「あ、そうだ!」と言うとカバンをゴソゴソと探し始め、紐状の物を取り出した。


「じゃーん! お土産。ミスリングって言うんだよ。」


「ミスリング?」と聞き返すソウマに、ミカは「うん!」と頷くと、ソウマに手首を出させた。


「こうやってね、手首に巻いて……よし、出来た!」


 ミカはソウマの右手首にミスリングを巻いた。


「ミスリングにお願い事をするとね、その願いが叶った瞬間に紐が切れるんだって。私も巻いてるから、お揃いだよ!」


 ミカはミスリングを巻いている自分の右手首を見せながら言った。


「へえ、ありがとう。」


 ミスリングをしげしげと眺めながらお礼を言ったソウマは、ふと思い出したような顔をしてミカのほうを見た。


「あ、ミカはどんなお願い事をしたの?」


「私? えっとね、凄く漠然としてて笑われちゃうかもしれないけど、何か凄いことが起きますようにって。」


 ミカは少し照れて頬を赤らめながら言った。


「あはは。大丈夫、笑わないよ。」


「今笑ったじゃん!」


 ミカは恥ずかしそうにしながらソウマに指摘した。

「あ! ごめん……。」と謝るソウマに、「も~。」とミカは頬をぷくっと膨らませた。


「ねえ、ソウマ君はどんなお願い事をする?」


 ミカはむくれっつらを元の笑顔に戻しながら聞いた。


「う~ん、どうしようかなぁ……。僕は──」


 悩むソウマの背後から、何者かが乱暴に肩を組んできた。


「よ~う、ソウマ、ミカ。久しぶりだね~い。」


 ミカよりも背の高い金髪の男の子が、チャラついた口調でソウマ達に話しかけた。


「ああ、シンゴ。おはよう。」


「おはよう、シンゴ君。」


 ソウマとミカは後ろを振り返り、金髪の男の子に返事をした。

 シンゴと呼ばれた男の子は、金髪の前髪を赤いヘアバンドでたくし上げ、ソウマと同じ黒い制服を着ていた。チャラい内面が服装に出ているのか、上着の前ボタンを外し、ズボンの裾はあえて余るよう長めにダボつかせ、あちこち着崩していた。


「楽しかった春休みは惜しまれつつも終了し、今日から憂鬱な新学期が始まるよ~ん。」


 シンゴはおどけた表情をしながら言った。


「そうだね。シンゴは休みはどうだった?」


 ソウマは、隣に並んで歩き始めたシンゴを見ながら尋ねた。


「特に面白いことは何も無しだねぃ。しいて言うなら、新しい靴を買ったことかにゃ。赤い柄に金のラインが入ってるのがポイントさ。」


 シンゴは自分の履いている靴を見せつけるように歩きながら言った。


「へえ、おしゃれだね。」


「感情どこいったんだい? 君は。」


 抑揚の無い返事をするソウマに、シンゴは冗談交じりに言った。


「え? いや、興味が無いとかじゃないよ? 僕、元々こういう喋り方だからさ。ごめん。」


「そんなに慌てなさんな、ソウマ殿。冗談だよ。」


 シンゴはソウマの頭をポンポン叩きながら言った。


「ふふ、相変わらず面白いね、二人共。」


 ミカは口元に手を当て、笑い声を漏らしながら言った。


「お褒めに預かり有難き幸せ! ミカ殿!」


 シンゴはわざとらしく仰々しい言い回しでお礼を言いながら、人差し指と中指を立てておでこに当て、決めポーズをした。


「その独特な言い回しも相変わらずだね。」


 ソウマは感想を述べた。


「おうよ。」


「こうやって皆で集まって登校も久しぶりだよね。あれ? ショウ君は?」


 ミカは辺りを見回しながらソウマに聞いた。


「具合が悪いから休むって。新学期早々ね。」


「そっか。可哀そう。」


 ミカは気の毒そうな顔をしながら言った。


「お二人さん、もう一人忘れてないかい?」


 シンゴはソウマとミカに問いかけた。

「え?」と聞き返す二人に、シンゴは「後ろ後ろ。」と言いながら親指で背後を指した。

 三人の背後を、亡霊のような少年が付いてきていた。亡霊少年は前を歩く三人よりも背が低く、読み途中の本から顔を覗かせ、眼鏡をかけた瞳がソウマ達を見つめていた。目の下のクマは春休み中寝不足だったことを物語り、全体的にボサボサの黒い髪の毛は、彼の出す暗い雰囲気を一層引き立たせていた。前髪は目にかかるくらい長く、チクチク刺さって痛そうだった。ソウマやシンゴと同じ黒い制服を着ているが、サイズが全体的に大きく、自然に萌え袖が出来ていた。シンゴは制服を着崩すために敢えてサイズを大きくしているのに対し、亡霊少年は単純にサイズ感が合っていない様子だった。


「うわあああ!」


 後ろを振り返ったソウマは叫び声を上げて仰け反った。


「おはよ、皆。」


 亡霊少年はボソッと喋った。ソウマの静かな声を、さらにボリュームを絞って音質を悪くしたような声だった。


「おはよう、クースケ君。」


 ミカは怯えることなく亡霊少年クースケに明るい声で挨拶した。

 クースケはシンゴの隣まで歩き、立ち止っている三人に一言、「行こ。」と声をかけた。

「お、おう。」とシンゴが応じ、人間三人と亡霊少年一人は歩き出した。


「クースケよい、なーに読んでるのさ?」


 シンゴはクースケが読んでいる本に興味を示した。


「加護の本。」


 クースケはボソッと答えた。


「加護ぉ? あの御伽噺とかによく出てくるやーつ?」


 シンゴは眉を潜めながら尋ね、クースケは「うん。」と返事をした。


「加護なんてただのオカルトっしょ?」


「ううん、加護はある。」


 クースケはボソボソ声に少し熱を込めて反論した。


「ん? 何の話してるの?」


 クースケの声にソウマが反応した。


「加護だってよ、今読んでる本。」


 シンゴはクースケの本を指さしながら胡散臭そうに言った。


「へえ、加護かあ。都市伝説とかでよく聞くけど、もし本当にあったら面白いね。僕も興味あるなあ。」


 ソウマは加護に興味を示し、クースケはそのことが嬉しかったのか頬を赤らめながら、


「後で貸すよ、この本。」


 と、ボソッと言った。


「え? あ、うん。ありがとう。」


 不意を突かれ、ソウマは少し驚きながらもお礼を言った。


 並んで歩く四人の前に小高い丘が見えてきた。丘の裾野には人口で植えられたであろう規則正しく生えた木々が林を形成し、林の中に丘を登るための林道があった。

 四人は林道に入って丘を登っていった。

 丘の上にはお城のような巨大な建物が建っていて、四人はその建物を目指して歩いていった。


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