第十七話 ミカドの憂慮
草原を三頭の馬が駆けていた。
ケンタを先頭に、後ろにソウマとカレンが続き、それぞれ馬を操っていた。
「ソウマ! 随分馬の扱いが上達したな! みっちり訓練したおかげだな!」
ケンタが後ろを振り返ってソウマに言った。
「うん。まだ完璧じゃないけど。」
ソウマは少し緊張した面持ちで額に汗をかいてはいるが、なんとか他の二人に付いて行っていた。腰に太めのベルトを巻き、ベルトには小袋と短剣を装備、上はフード付きの茶色いマントを羽織っていた。ドラ○エの初期装備のような格好だが、普通の学生だった頃に比べれば見違えていた。
「そうか。かなりの長旅になるから、集中力切らすなよ!」
そう言うケンタの背中には大剣が装備されていた。
ソウマは真剣な面持ちで「うん。」と返事をした。
「カレンはどうだ? 異常なしか?」
「うん、大丈夫。」
カレンが応答した。
「よし。今日はベリメルっていう街まで行って、そこで一泊する。次の日の朝一には出発して、日暮れまでにはルシフェルの住むベリデっていう街に到着する予定だ。いいな?」
「オッケイ。」とソウマ。
「うん。」とカレン。
「よし。あとソウマ。お前は世間じゃお尋ね者だからな。念のため街に着く前にフードを被っとけ。」
ケンタに言われてソウマは「うん。」と返事をしながらフードを被った。
三頭の馬はひたすら草原を駆けていった。
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ホムラの拠点では、ユキオが自身の居室で新聞に目を通していた。
居室には大きな机があり、その上に山のように書類が積まれていた。壁際には棚が置かれ、本がぎっしり並んでいる。さらに剣や小銃、それに大型の猟銃のようなものが壁に立て掛けられ、かなり物騒な内装だった。
「ガレス人間国で移民政策強化か。ベリミットの労働者が大分流れてるみたいだな。」
ユキオは渋い顔をしながらコーヒーをひとすすりした。
その時、居室のドアをノックする音がした。
「どうぞー。」とユキオが言うと、「失礼します。」と言ってミカドが入ってきた。片手にはなにかの書類を持っている。
「ユキオリーダー、少し意見をよろしいでしょうか?」
ミカドはやや険しい表情をしながらユキオに言った。
「なんだ?」
「既に出発してしまった後で言うのもなんですがケンタ達の任務、経験の浅い三人に行かせるのは少々危険だったのではないでしょうか?」
ミカドはユキオを真っ直ぐ見ながら言った。
「そりゃあ……まあな。でもいざとなれば逃げろって伝えてあるし、深追いはしないだろ?」
ユキオは少し言い淀みつつも、楽観的な意見を述べた。
「咄嗟に判断が出来れば良いですが、相手は悪魔です。万が一のことを考え、もっと経験のあるメンバーに行かせるべきだったのでは? と思います。」
ミカドは険しい表情のまま食い下がった。
「例えば誰だ?」
ユキオは不機嫌な顔をしながら聞いた。
ユキオに聞かれたミカドは口を開く前に一度深く息を吸った。
「私やリーダーが直接出向くべきだったのではないでしょうか?」
「俺らがか?」
ユキオは両眉を吊り上げた。「ええ。」と答えるミカドに、ユキオは顔をしかめながら首を振った。
「それは無理だ。見ろ! この書類の山を! 俺はリーダーとしてやらなきゃならない仕事が山ほどあるんだ。一日たりともここを空けられない。」
ユキオは身振り手振りで机の書類を示しながら言い、
「それに手が空いてないのはお前も一緒だろ?」
ミカドにきつい視線を送りながら詰問した。
「ですが……」
ミカドは言い淀んだ。
「それ以上引きずるな。今更三人を呼び戻すことはできない。お前は自分の任務に集中しろ。」
ユキオは厳しい視線をミカドに向けながらそう言い、
「そうだ! グリティエ人間国の調査はどうなってる? お前に任せてたよな?」
と、話題を変えた。
「その件はもう調査済です。」
そう言いながらミカドは手に持っていた書類を突き出し、ユキオはむすっとした顔で受け取った。ミカドは「話は終わっていません。」と言いながらユキオの机に両手をつき、ユキオとの距離を詰めた。
「私は特にソウマ君が心配です。悪魔の襲撃を受けてから日も浅いですし、もしかしたらまだトラウマを抱えているかもしれません。あの子を悪魔の元に向かわせるのは、私は適切ではないと思います。」
ミカドは真剣な表情でユキオに詰め寄った。
「心配し過ぎだ、ミカド。エミリの猛特訓を受けてソウマは強くなったはずだ。それに最悪の事態になったとしても取り返しはつく。ソウマが持ってる情報はもう全部聞き出してあるからな。」
ユキオの最後の言葉を聞いてミカドは片眉をピクリと動かした。
「そうですか。」
ミカドの声は恐ろしく冷たかった。ミカドはユキオに詰め寄るのを止め、両手を机から離した。
「納得したか?」
ユキオは尋ねた。
「はい、長々と失礼しました。」
「いや、構わないぞ。」
「はい、では失礼します。」
ミカドは氷のような口調でそう言うと、ユキオの居室を出て広間に移動した。ミカドは腕組みをしながら壁に寄りかかり、鋭い目つきで床を睨んだ。
「情報はもう聞き出してあるから……ね。」
ミカドは目を細めた。
「大事なのは情報のほうで、ソウマ君はどうなっても関係ないって言い方ね。気に入らないわ。」
ミカドは吐き捨てるように言った。
その時、
「よっほっはっほっ。」
エミリがリズム良く階段を降りて広間に入ってきた。
「あ! ミカドさん! どうしたんですか? そんな怖い顔して。」
エミリはミカドの顔を下から覗き込みながら、不思議そうな顔で聞いた。
「あら、エミリ。気にしないで。何でもないわ。」
ミカドは平静を取り繕った。
「そうですかぁ? ならいいんですけど。」
エミリはまだ不思議そうな顔をしたまま、広間の長テーブルに着席した。
「ねえねえミカドさん! ここに来てちょっとお話しましょうよぉ。」
エミリはテーブルをバンバン叩きながらミカドを誘った。
「ええ、いいわよ。」
ミカドは返事をし、テーブルのほうに歩み寄った。
「は~、ソウマ達大丈夫かなあ。上手くやれてるかなあ。」
エミリは両手で頬杖をつき、足をプラプラさせながら言った。
「ふふ。三人が気になる?」
ミカドは微笑を浮かべ、椅子に座りながら聞いた。
「そりゃ気になりますよ! 特にソウマは初任務だし、なにかやらかしそうで心配です。」
エミリはテーブルを両手でバンバン叩きながら答えた。
「私も丁度同じことを考えていたところよ。でもあなたの手解きは受けているし、三人を信じましょう。」
「はーい。ソウマ達、今どの辺かなあ。」
エミリは斜め上に視線を泳がせながら言った。
「そうねぇ。もう夕刻だから、そろそろベリメルに着くころじゃないかしら。」
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「それじゃ、三人部屋で一泊二日、27,000ビノスだよ。」
木のカウンターに立つ宿屋の店主は言った。
「じゃ、27,000丁度で。」
ケンタは紙幣を店主に手渡した。
ソウマ達三人は宿屋の受け付けの前に立っていた。
「毎度あり~。じゃあこれ、部屋の鍵だよ。」
「ああ、どうも。でもまだいいや。ちょっと出掛ける用事があんだ。」
ケンタは差し出された鍵を受け取らず、店の外を指さしながら言った。
「あいよ。気を付けて行ってらっしゃ~い。」
店主はケンタ達を見送った。
「おう。あんがとな。」
ケンタは礼を言いながら歩き出し、ソウマとカレンはケンタの後に続いた。
三人は宿屋の外の大通りに出た。
外には都会の風景が広がっていた。ヨーロッパのお洒落な町にあるようなカラフルな住居が建ち並び、屋根からは煙突が伸びている。住居以外にも教会やお城のような大きな建物があり、石畳の道は夕方にも関わらず大勢の人通りで賑わい、馬車も激しく往来していた。
「おっと、ごめんよ。」
緑の髪の男性がソウマ達の間を歩いていった。
ケンタは男性を軽く避けてやり過ごしてから、話を切り出した。
「よし。宿も取れたし、これでゆっくり買い物ができるな。しっかしベリメルってのはでけえ都市だな。ええっと、市場はどの辺だったかなあ。」
そう言いながらケンタは地図を広げ、地図に描かれている道路を指でなぞっていった。
「えぇっと……現在地がここだから……」
ソウマも地図を覗き込みながら地理を把握していく。
「あぁ。北があっちだから……こう見るのか? そういや、カレン。お前、ここ来た事あるんだよな?」
ケンタは難しい顔をしながら頭を捻り、助け船を求めるようにカレンのほうを見た。
「……はっ! う、うん…! 私、ベリメルは何度か来たことあるから分かるよ。」
カレンはケンタに話し掛けられるまで余所見をしていた。傍の出店で売られている、黄色い花の髪留めに目を奪われていたのだ。慌てて視線を戻し、ケンタに返事をする。
「お! そうか、助かるぜ。」
「うん。市場はあっちのほう。」
カレンは通りの向こうを指さした。
「あっちか。ありがとな。そのまま道案内頼むぜ。」
ケンタは大通りを歩き出し、カレンとソウマは後に続いた。
「実家のあるラードモアに比べると、ベリメルは凄く都会だなあ。」
ソウマは街を見渡しながら言った。
「ソウマの地元、ラードモアなのか。あそこは田舎町だからな。」
そう言いながらケンタも街を見渡し、
「ベリメルは確か人口九十万くらいの大都市だからな。ラードモアに比べたら完全に別世界だな。」
ニヤッとした顔を向けてソウマに言った。
「うん。すごくびっくりしてる。こんなに大きな都市、初めて来たよ。」
ソウマは苦笑しながら言った。
「あ! そこ。」
カレンが路地を指さした。
「ん? どうした?」とケンタは振り返った。
「あそこを通ると近道だよ。」
カレンはケンタに言った。
「お! そうか。」と言ってケンタは路地に入り、ソウマとカレンの二人も後に続いた。
「道が入り組んでて、なんだか迷子になりそうだね。」
ソウマは左右をキョロキョロしながら言った。
路地はさらに細い路地に枝分かれしていて、建物に挟まれて薄暗く、大通りと違って人通りがなかった。
「う、うん。そうだね。ごめんなさい、余計な提案だったかな……。」
カレンは申し訳なさそうに言った。
「え!? そ、そんなことないよ! 近道出来て助かるよ。」
ソウマは慌ててカレンをフォローした。
「おいカレン。そうやってすぐ自分のこと責める癖、治したほうが良いって前に言ったろ?」
ケンタはたしなめるように言った。
「うぅ……そうだよね……。ケンタ君に言われたこと、私何も出来てない……。私、全然駄目だ……。」
カレンはあっという間に涙目になった。
「だから責めんなっつうの!」とケンタはカレンを叱咤し、「ひい!」とカレンはその剣幕に怯えた。
「カレン……大変な思いをしてるところ申し訳ないんだけど、道はこれで合ってるんだよね?」
増々狭くなっていく前方の路地を指さしながら、ソウマは遠慮がちにカレンに聞いた。
「ぐす……。う、うん……。」
カレンは指で涙を拭いながら返事をした。
「はあ……先が思いやられるぜ。……ん?」
ケンタは頭を抱えながら深いため息をついたが、前方の様子を見て雑談をしている場合ではないことに気付いた。
「しっ! 止まれ!」
ケンタは後ろの二人を制止した。
後ろではソウマがカレンを慰めていたが、ケンタの指示で立ち止まった。
「どうしたの?」と聞くソウマに、ケンタは「静かに!」と制止した。ソウマは前方を警戒するケンタに倣って路地の向こうを見た。
細い路地の奥には巨大な生物がいた。二.五メートルはあろうかという巨躯。凶悪な見た目に巨大な翼。
悪魔が三人の目の前に姿を現した。