第十六話 初任務
拠点の広間にホムラのメンバー達が集まっていた。
ユキオは広間の壁を背にして腕組みをしながら立ち、そのユキオの前にはソウマ、カレン、ケンタの三人が立っていた。他にはミカドやエミリが同席していた。
カレンはソウマより少しだけ背の低い、おどおどした雰囲気の女の子だった。桃色の髪をボブくらいの長さに伸ばし、薄ピンク色のワンピースを着ている。ワンピースのスカート丈はドレスのように長く、ふんわりとした生地の袖は手首まである。カレンは不安そうな顔でユキオを見つめ、両手をモジモジさせていた。
ケンタはソウマやカレンより背が高く、若干目つきの悪い、ソウマより少し年上っぽい青年だった。茶色い髪を短く刈り、ユキオの着ている服によく似た革の上着を羽織り、ダボッとしたズボンを履いている。
「初任務……ですか?」
ソウマはユキオに尋ねた。
「そうだ。エミリに鍛えられて、お前も大分成長した頃だと思ってな。記念すべき初任務を任せる。」
ユキオはニッと笑いながらそう告げると、腕組みを解いて人差し指を立てながら話を続けた。
「ルシフェルっていう悪魔を知ってるか?」
「いえ……あんまり……。」と答えるソウマに、
「そいつはな、人間と悪魔のハーフなんだ。」
と、ユキオは言った。
「ハーフ?」と聞き返すソウマにユキオは、
「ああ、そうだ。ベリミットの北端の町に住んでるハーフ悪魔だ。そいつを仲間に引き入れてもらいたい。」
と答えた。
「悪魔を引き入れるんですか?」と驚くソウマに、ユキオは「そうだ。」と事も無げに言った。
「危険じゃないですか? 悪魔を仲間にするなんて……。」
ソウマはユキオの提案を訝しんだ。
「ルシフェルがどういう奴かは下調べしてある。結論から言うと、ルシフェルは人間に危害を加えるような奴じゃない。むしろ比較的人間には協力的で、悪魔が人間を襲うのを止めたりしてるそうだ。」
「そうなんですか……。」
ソウマはまだ半信半疑で、少し不安そうな顔をしていた。
そんなソウマに対してユキオは「まだ不安か?」と尋ねた。
「はい、いくら言われても、悪魔は信用出来ないです。それにそもそも、この組織に協力なんてしてくれるでしょうか? 悪魔の女王を暗殺しようなんて。」
ソウマはユキオの考えを訝しんだ。
「まあ、そこは駄目元って感じではある。でもな、可能性は決してゼロじゃない。悪魔っていうのはな、どうもハーフの存在を忌み嫌うものらしい。それは恐らく人間とのハーフであるルシフェルも例外じゃない。現にあいつは今ベリミット国に住んでるが、それは迫害によってバロア悪魔国を追い出されたからなんだ。だからルシフェルは少なからず悪魔に恨みを持ってるはずだ。どうだ? 若干の希望はあるだろ?」
ユキオは自信を覗かせて薄っすらと笑みを浮かべながら言った。
「なるほど。」とソウマは難しそうな顔で言った。
「ソウマの話を聞いてからちょっと考えたんだ。悪魔は俺達が思ってるよりずっと強い。人間がちょっと頑張ったくらいじゃ追いつけそうにない。となると悪魔に対抗するために一番手っ取り早いのは悪魔を味方にすることだと、俺はそう結論づけた。サブリーダー達も意見は同じだった。な? ヨウイチ、アキラ。」
ユキオは近くに立っている男性二人に話しかけた。
「は、はい、リーダー。目には目を、あ、悪魔には悪魔を、です。」
サブリーダーのヨウイチはどもりながら言った。ヨウイチはとても太った男だった。
「当然の結論でやんす。」
サブリーダーのアキラが言った。アキラは丸眼鏡をかけたガリ勉君のような男だった。
サブリーダー二人の言葉に頷きながら、ユキオはソウマ達のほうに向き直った。
「というわけだ。どうだ? 納得してくれたか?」
「はい……分かりました……。」
ユキオの問いかけに、ソウマは若干気乗りしない雰囲気を出しながらも了承した。
「よし、頼むぞ。ソウマ達の任務を皮切りに、勧誘に応じてくれそうな悪魔にはどんどん声をかける予定だ。ルシフェルはその一人目ってわけだ。ただな……」
ユキオは一旦言葉を切った。
ソウマ、カレン、ケンタは不思議そうな顔をしながらユキオの言葉を待った。
「噂なんだが、ルシフェルは並みの悪魔よりも遥かに強いらしい。うちに入ってくれれば心強いが、もしも機嫌を損ねるようなことがあれば消されかねない。それにガリアドネの息が掛かってる可能性も……まあ、ないとは限らない。やばいと思ったらすぐ逃げろ。いいな?」
ユキオは目の前の三人に顔を寄せ、小声で言った。
三人は真剣な顔で頷いた。
「よし。メンバーは最初に言った通り、ケンタ、カレン、ソウマの三人だ。隊長はケンタ、お前に任せる。」
ユキオはケンタに役職を告げ、ケンタは「ウイッス。」と返事をした。
「いいなー。あたしもソウマと一緒に行きたかったなー。」
エミリは長テーブルに両手をついて寄りかかり、残念そうに言った。
「大勢で押しかけると印象が悪くなるからな。お前は留守番だ。」
ユキオはエミリに言った。
「む~。やだー! あたしもソウマと一緒がいい!」
エミリはブンブン両手を振り回し、わざとらしく子供っぽい声で抗議した。
「あーもう! 駄々をこねるな!」
ユキオはイライラ声でエミリを制した。
ケンタはエミリの様子を見て驚いた顔をした。
「おい、ソウマ。ちょっと来い。」
ケンタはソウマの肩に手を回し、ソウマを部屋の隅に連れていった。
「あれ、どういうことだよ?」
ケンタは親指で背後を指しながら言った。
「あれって、何が?」
ソウマはキョトン顔で聞き返した。
「エミリだよ! お前、いつの間にエミリを攻略したんだ?」
ケンタは小声でソウマを問い質した。
「攻略? 何のこと?」
ソウマは相変わらずキョトン顔だった。
「とぼけんな! さては2人っきりの稽古の時だな! ったく! お前もなかなか隅に置けないやつだな……。」
ケンタは油断ならないとばかりにジト目でソウマを見た。
ソウマはまだケンタの言っている意味が理解出来ず、首を傾げた。
「はあ……まあいいや。明日からの任務、よろしくな、ソウマ。」
ケンタはそう言いながら手を差し出し、ソウマは「うん、よろしく。」と言って握手した。
「あの、ソウマ君、ケンタ君。」
ソウマ達の後ろから蚊の鳴くような女の子の声が聞こえ、ソウマとケンタは後ろを振り返った。
後ろにはカレンが立っていた。ソウマとケンタに見られて、若干モジモジしている。
「わ、私もよろしくお願いします。ソウマ君とケンタ君のサポートが出来るように頑張るね。」
カレンは目を泳がせながら、たどたどしい口調で言った。
「うん。こちらこそよろしく、カレン。」
ソウマは笑顔で返事をした。
「そうだ。ケンタ、ちょっといいか?」
ユキオは部屋の隅のケンタを呼んだ。
「ん? なんすか?」
ケンタは振り返り、ユキオの元に向かった。
「ルシフェル宛に予め手紙を送っといたんだ。ホムラの使者がそっちに行くってな。そしたら返事が返ってきた。ルシフェル本人からじゃなく、代理の執事でカミーユとかいう奴からだが……ご来訪を心よりお待ちしております、だとさ。ほら、持っとけ。ご丁寧に封筒に地図も入ってる。」
ユキオは片手に持った手紙を軽く振りながら話し、話し終えるとケンタに手紙を渡した。
「了解っす。」
ケンタは手紙を受け取りながら返事をした。
「よし。明日の朝一には出発してもらうからな。今日は早めに寝とけよ。んじゃ、解散だ。」
ユキオは解散を宣言し、ホムラメンバーは三々五々、自室に戻っていった。
ミカドは一連の任務の話を、終始不満そうな顔で聞いていた。ホムラメンバーが帰っていく間もその表情は崩さず、壁に寄りかかって腕組みをしたまま、険しい顔で何かを考えていた。