第十五話 美しい笑顔の裏側
ソウマとエミリは森の木陰で休憩を取っていた。二人は古い大きな切り株の根元に座り、切り株に背中を預けていた。
エミリはコップの水をゴクゴク飲んで「ぷはあ!」と一息つくと、ソウマのほうに顔を向けた。
「ソウマ凄いよ! あんなにすぐ馬を乗りこなせるようになるなんて!」
エミリはソウマの馬術を褒めた。木陰の中で、エミリの明るい笑顔は一際美しく見えた。
「ありがとう。でも他はからっきしだよ。」
ソウマは頭を掻きながら謙遜した。
「すぐに上達するって! ソウマ、筋いいもん! あたしが保証する!」
エミリは親指を立て、ソウマを励ました。
「だといいんだけど。」
ソウマは自信なさげに言った。
「大丈夫! 自信持って!」
エミリはソウマの背中をバシバシ叩きながら言った。
反動でソウマの持っていたコップの水がビシャビシャと零れた。
「うん、ありがと。」
ソウマは苦笑いしながらお礼を言い、コップの水を一口飲んだ。
会話が途切れ、二人の間に一瞬の沈黙が流れた。
「あのさ……」
沈黙を破るようにソウマはエミリに話しかけた。
「何?」
「ホムラの人達って皆、悪魔の事件に巻き込まれた人達なんだよね?」
ソウマはおずおずと尋ねた。
「そうだよ。」
「その……エミリもそうなの?」
ソウマは遠慮がちに聞いた。
「うん、そうだよ。」
エミリの顔に影が差した。
「いや、あの……ごめん……。聞かれたくない話だって……分かってはいるんだけど……」
ソウマは途中で言葉を切り、俯き気味になった。が、すぐに顔を上げ、再び喋り出した。
「でも、もし話してくれたら、僕も似た境遇のはずだからさ。エミリの気持ち、分かってあげられるんじゃないかなって思って。」
ソウマの言葉にエミリは目を見開いて驚いたが、少しずつ笑顔に変わっていった。
「ありがと。凄く嬉しい。」
エミリは普段から赤い頬を、さらに赤らめた。
「あたしこそごめんね? お互いのこと話そうって言い出したの、あたしのほうなのにさ。なんか、いざ話すとなると、急に緊張してきちゃって……。」
そう言いながらエミリは膝を抱えて体育座りになり、自分の膝に顔を寄せた。
「ソウマのほうは、まだ秘密にしないといけないんだっけ?」
「ううん。ユキオさんは、もう周りにも喋っていいって言ってたよ。」
エミリの質問にソウマは首を振った。
「そっか。」とエミリは言い、そこで一呼吸置いた。
「ソウマは、お友達が死んじゃったんだよね?」
「うん。」とソウマは返事をし、エミリはそこでまた一呼吸置き、やがて顔を少し上げた。
「あたしの場合はね、妹が悪魔に食べられちゃったんだ。」
エミリの言葉にソウマは思わず驚いた顔をしたが、すぐに表情を抑えた。
「そうだったんだ……。」
「うん。実際に見たわけじゃないんだけど、多分……悪魔の仕業。妹はね、よく森に遊びに行ってたんだ。それである日、妹はいつもみたいに森に遊びに行ったんだけど、それっきり……帰ってこなかったの。」
エミリの話をソウマは黙って聞いていた。
「見つかった妹の体は、たぶん相当ひどかったんだと思う。お父さんはあたしに遺体を見せなかった。自警団の人達が捜査したんだけど、熊か狼の仕業ってことになって、捜査はすぐに打ち切られちゃったの。でもその森は熊とか狼が出るような場所じゃなくてね。お父さんは自警団に再捜査のお願いをしたの。でもそれは断られちゃって……多分お父さんはその時、冷静さを失くしてたんだと思う。自警団の人に乱暴して、お父さんは逮捕されちゃったの。それで家はあたしとお母さんの二人になったんだけど、お母さんも精神的に追い詰められちゃって、数年後に自殺しちゃったんだ。」
エミリの話を聞き続けるソウマは、悲痛な感情が表に出ないよう努めた。
「あたし、急に天涯孤独になっちゃってさ、施設に入ったんだけどそこではずっと一人で寂しかった。そんなあたしのところにミカドさんが来てくれたの。それでミカドさんに色々教えてもらったんだ。事件の犯人はきっと悪魔だろうってこととか、ギアス国王が裏で事件を揉み消してるんだろうってこととか。」
エミリは一言一言を噛み締めるように言った。
「で! なんやかんやあって! ホムラに入れてもらって! 現在に至る! って感じかな?」
エミリは暗い表情を急に笑顔に変えながら話の終わりまで言い切った。
ソウマはその笑顔に眉をひそめた。
「やっぱり。」とソウマは呟くように言い、エミリは「え?」と聞き返した。
「初めて会った時から違和感があったんだ、エミリの表情。こっちには分からない所で寂しそうな顔をしてたり、笑ってるんだけどどこかぎこちなかったりさ。もしかして無理してるんじゃないかなって心配してたんだ。」
ソウマは柔らかい笑顔で言った。
「心配……してくれるんだ。」
エミリはソウマを見つめながら言った。
「うん。最初に会った時から、ずっと気になってたんだ。」
「そっか……ありがと。」
エミリは「えへへ。」と頬を掻きながら言った。
「あ! で、でも全然大丈夫だよ! 別に無理なんてしてないし! 昔のことだからもうとっくに乗り越えたし! リーダーもミカドさんもよくしてくれるから寂しくないし!」
エミリはそう言いながら腕をブンブン振り、平気さをアピールした。
「あはは。そういうところだよ、無理してるところ。」
ソウマは優しい笑顔でエミリを指さしながら言った。
ソウマに指摘され、エミリは恥ずかしそうな顔をしながら、振っていた手を下ろした。
「ソウマ……鈍感なようで意外と鋭いなぁ……。」
エミリは両手で抱えた膝に顔を寄せながら、ボソッと呟いた。
「ん? 何?」
「な、なんでもない!」
エミリは顔を見られないようにしながら返事をした。エミリは自分の心臓の音が聞こえ始めていた。
「そっか……。でも僕、ここ数週間ずっとエミリの世話になってきたからさ。ちょっとは恩返ししたいなって思って。まあ、エミリの話をただ聞いただけだから、恩返しにはなってないと思うけど。」
ソウマは申し訳なさそうに頬を掻きながら言った。
(なってるよ……。)
エミリは膝に顔を埋めながら心の中で思ったが、口にはしなかった。
少し間が空いてから、エミリは顔を上げた。
「でもさ、今一番辛いのはソウマでしょ? 友達が襲われたり、自分が犯人にされたり、大変な目に遭ってから日も浅いしさ。だから私はソウマが心配だし、ソウマもあたしのことなんかいいから、もっと自分のことを心配してあげてほしいな。」
エミリは柔らかい笑顔で言った。
その表情を見て何か察した様子のソウマは、穏やかな笑顔をしながら「うん、わかった。」と答えた。
「オッケイ。でも、ソウマの言う通りだね。」
エミリは木々の隙間から見える青空を見上げながら言った。
「ん? 言う通りって?」
「辛い過去とか、苦しい気持ちとか、そういうのを共有出来た気がして、なんだか気持ちが楽になった気がするの。」
エミリはそう言うとソウマのほうを向き、「ありがと。」とお礼を言った。
「あはは。どういたしまして。」
「なんかね、ソウマがここに来てから皆明るくなったっていうか、活気が出てきた感じがするんだぁ。あたしもね、ソウマのそばにいると不思議と元気が湧いて来る感じがするの。」
「本当?」
ソウマは不思議そうに聞いた。
「うん。ソウマが優しくて、皆のことを思ってくれてるからなんだろうね。」
「はは。だと良いな。」
エミリは「うん!」と返事をし、勢いよく立ち上がった。
「よし! そしたら稽古の続き、始めよっか!」
ソウマは「うん。」と返事をすると、エミリの後に続いて空き地に移動し、木剣で稽古を再開した。
二人が稽古を再開したその頃。
一匹の黒猫が拠点の開け放った窓から中の様子を伺い、やがてピョンと跳んで拠点の中へ入っていった。